8 昔話
テッサの会社のミルカ・ジョーンズ・デザインは、彼女がミリーを誘った当初、従業員はミリーを合わせて6人しかいなかったが、それから数年で会社はどんどん大きくなり、300人を超える従業員を抱えるほどに成長した。
しかし、ザクセン公国との鉱山権争いが悪化し戦争にまで発展した。
そんなある日の早朝、ミリーはいつも通り早くに出社し、彼女のデスクにあるディスプレイの電源を入れた。先日取り掛かり始めたとある大企業のビルの内装のデザインのドラフトが表示されている。
椅子に座りUNIを取り出すと、ニュース速報が次々と表示された。早くもこの戦争で死傷者が出ているエリアがあるらしく、崩壊した建物と苦虫を噛むような表情の政治家たちが交互に映る。
「こんな様子だと、この案件もなくなりそうね」
そう呟いて水槽のように透明なガラスの敷居で囲まれた社長室に目をやると、そこにテッサの姿が見えた。
ミリーはノックしてドアを開けると
「珍しいじゃない。こんな朝早くから出勤だなんて」
テッサはその声にハッとした様子でミリーを見た。
その表情には不安が宿る。
「テッサ、何かあったの?」
「昨日の夜遅くに父から連絡があって、母の病状が悪化したらしいの。だから直ぐに行かないと……」
ミリーはそう言いながらデスクにあるいくつかの書類とUNIをバッグに詰め込んだ。
「半年前に寛解したって言ってたのに、医師が見逃したのかしら」
ミリーがそう言うと、一瞬テッサは固まった。そして「そう、医師のミスよ」と言うと、急いで部屋を出ようとした。しかし、途中で立ち止まり荷物を下ろすとミリーにハグをして
「ごめんなさい」
そう言うと、再びバッグを持ってこちらを振り向きもせずに行ってしまった。
数時間後、警察が令状を持って会社のありとあらゆる機器を押収していった。ミリーは警察からの事情聴取で彼女がザクセン出身でスパイ容疑が掛けられていたことを聞かされた。
ミルカ・ジョーンズ・デザインの建物と資産はすべて当時の政府によって差し押さえられてしまったため、ミリーも職を失ってしまった。いくつかの職を転々としたが、戦況が悪化したためエタリからの要請で半ば強制的にアーヘン・ハーゲン公国のエルデン・カッセル・シティに送還された。
多くの高層ビルが並ぶこの都市では見た目の近代化だけではなく、文化的にも進んでおり彼女が理不尽な扱いを受けることもなかった。
5年後――
ミリー・ファイはエルデン・カッセル・シティでも大手のデザイン事務所でトップデザイナーの地位にいた。複雑な人間関係にも慣れ始めていた頃だった。
それでもランチはひとりで過ごすことが多く、その日も会社の近くのカフェへ向かっていた。
「ミリー」
聞き覚えのある声に彼女は振り向いた。
そこには10歳くらいの男の子を連れたテッサ・ジョーンズの姿があった。
「テッサ、無事だったのね。一体今までどこに居たの?」
ミリーがそう言うと、彼女は悲しく微笑んだ。
「話したいことがたくさんあるのだけど、上手く話せる自信がないわ。その前に、私の息子のマイカよ」
「こんにちは、私はミリー・ファイよ。あなたのママの友達」
ミリーが中腰になってマイカに話した。
「僕はマイカ・ソロモン。11歳」
「ソロモンは、夫の姓なのよ……あの時、私が逃げたのはすべて夫からこの子を守るためだったの。そして、これを、あなたに預かっていてもらいたいの」
そういって、テッサは周りを気にしながら小さなメモリカードを差し出した。
「これは?」
「とある土地、と言うか鉱山の権利書よ。お願い! あなたしか信じられる人がいないの」
テッサは涙ぐんでいた。
「なにか事情があるのね。わかったわ」
ミリーはそう言って、彼女の手をしっかりと握った。
「ありがとう。あなたのことを思わない日はなかったの。全て片付いたらまた会いに来るから」
テッサはそう言って、不思議そうに彼女を見つめるマイカに微笑みかけて、足早に去っていった。




