5 信号
警察署を出たジスたちは自宅に帰ってきた。リゲルが寝室に行ったのを確認してから、エイカがジスに話をし始めた。
「あのシュタイン刑事の言葉、全部信じられたらいいんだけど、ウェンのことが心配だわ」
エイカはキッチンでコーヒーを淹れながら言った。
「そうですね。先ほど刑事が言っていた避難所というのがおそらくこれですね」
ジスはそう言って坑道地図を彼女に見せた。
「この細い線は何?」「送電線だと思います。坑道内は昔ながらの有線で……あ!」
ジスは何かひらめいたように声を出した。その声に驚いてエイカがコーヒーを吹き出しそうになった。
「電線です。大昔はこれを使って通話をしていたんです」
「つまり通信装置になるの?」
「はい、原理的には可能ですが、しかしどうやってそれを相手側に知らせるかが──」
「モールス信号だ」
その声でふたりが振り向くと、そこにはリゲルが立っていた。「リゲル、眠ってたんじゃ……ああ、あなたね、ニール」
ニールはゆっくりと頷いた。
「リゲルがまた呼び出したんですか?」
「いや、今回は私の意思だ。もちろん彼に体を借りる許可はちゃんと取ったから安心してくれ」
「そんなことまで……いいえ、それは今はいいわ。ところで何なの? モールス信号って」
「トンとツーという長短2種類の組み合わせをアルファベットに見立てた2元式のコードです」
ジスが説明した。
「一応、今でも実用性はともかく軍隊経験者なら必須項目に入っている……いや、私の時代では入っていた」
ニールが古い記憶をたどるような表情で言った。
「今でも必須項目ですよ」
「ジス、警察と現場での救助作業中の消防隊に直ぐに知らせましょう」
エイカは残ったコーヒーをシンクに捨てると、また出かける準備をした
「はい。我々も現場に向かいましょう。助かりましたよ、ニール」
「老人の知恵も時には役に立つもんだな」
ニールは少年の顔とは思えない深い表情で笑った。
数時間前――
モンテ・シルバ鉱山 坑道西口Dライン
採掘用の装置が発する熱で坑道内の温度は30℃近くまで上がる。採掘と鉱物の運搬作業自体はほとんどがL1(Level 1)程度のAIが搭載されたマシンが自動で行うのだが、会社の規則としてマシン1台ごとに人間の監督者を付けなければならない。よって、坑道内は人とマシンでかなり混み合っていた。
ウェンは今日が初日だが、この手の単純作業には彼のお気楽な性格でも少しフラストレーションを感じていた。
「その顔、新人だな。俺もここに来た当初はそんな顔してたよ」
ウェンに話しかけたのは彼と年齢の近そうな30代なかばの中肉中背のアジア系男性だった。
「俺、そんな変な顔してたのか?」
「いやいやすまん。俺はケンだ。ちなみにあんたが来るまでは俺がこの班の新人だったんだ」
そういって、ウェンの方をポンと叩いて、ドラゴンの見事なタトゥーの右腕で握手をした。
「俺の名はカーマインだ。これも妻子を養うためさ」
「なんだそれ、古臭いやつだなぁ」
そう言ってふたりはガハガハと笑った。
「こら、そこのふたり、私語は控えて仕事に集中しろよ」
少し離れてこちらを見ていた丸みのある体格のダリオ・ゴンザレスがこちらを睨みつけて言った。
ダリオはポケットのUNIが振動したのに気がついて画面を確認した。
「おーい! 全員今直ぐ作業を止めて奥の避難所に集合しろ! 急げ!!」
彼の太くよく通る声は、採掘マシンの騒音でさえもかき消すほどだった。
坑道内の作業員は全員が足早に移動した。
避難所はかなり広いスペースで休憩室も兼ねているが、しっかりと分厚い金属の補強された壁と、万が一には30人ほどが数日間しのげるだけの飲料水とスナック菓子が常時保管されている。
「ええと、……18、19、そこにふたりと俺を合わせて22人。よし、これで全員だな」
ダリオがそう言った瞬間、地鳴りのような低い音とともにギシギシと金属の壁が響き渡り、天井の照明が明滅した。




