4 不安
エイカたちが警察署を出ると、外は日がすっかり暮れていた。冷たく乾いた風が吹き始めていて、リゲルは身震いをした。
エイカは黙って立ちすくんだまま夜空を見ている。
「大丈夫ですか?」ジスが優しく話しかけた。
「いいえ、大丈夫じゃないわね」
そう言った彼女の声は少し震えていた。
リゲルはエイカにそっと近づいて手を握った。
「ウェンはきっと無事だよ」
リゲルがエイカを元気づけようと精一杯の笑顔で言った。エイカはリゲルを見て頷いた。
「これは……フェイクですね」
「え?」
エイカが振り向いた。
「先程の犯行声明の動画ですよ。あれはAIで生成されたまがい物でした。発信元をたどりましたが、警察署内部からですね。しかも我々がよく知る人物のUNIからです」
「またしても素敵な状況になったわね」
エイカはいつもの皮肉たっぷりの声色に戻った。
「ちょっと刑事さんを揺さぶってみますか?」
ジスが冷ややかな笑顔を作った。
ルカス・シュタイン刑事は会議室の住民を何とかなだめ、夜も遅くなったので明日また来ていただくという約束で彼らを解散させた。住民は文句を言いつつも家族を想い、それぞれ声を掛け合って警察署を出ていった。
ルカスが「フー」っと大きくため息をつき、受付から少し離れた自分のデスクにある彼の全体重を支えられる大きくて丈夫な椅子に、ほとんど倒れ込むようにして座った。ゆっくりと目を閉じて、深呼吸し、再び目を開けた時、目の前にエイカたちが現れた。
「わっ! ウ、ウェン婦人とあなたは確かESIAの……」
「ジセリオスです」「僕は……えっとリゲル、リゲル・ウェンだよ!」
リゲルも背筋を伸ばしてふんぞり返ってみた。
「いったい、どうしましたか? いや、それよりもどうやってここへ入ったんですか」
「シュタイン刑事、話があるの」
エイカが椅子に座るクマのような大男を見おろして言った。
「しかし、今日はもう遅いので……」
ジスがUNIの画面を見せた。
「これが何か、わかりますよね?」
ルカスはキョロキョロと周りを見回して誰も人がいないことを確かめてから
「わ、私は何も知りませんよ、上からの命令でやっただけですし」ルカスの後退した額が汗でテカりだした。巨漢のくせに小心者のようだ。
「上って、ここの署長?」
エイカが訊くが、刑事は首をブンブンと横に振った。
「ダメです。言えません。もし喋ったら……」
刑事の顔を青くなりブルブルと震えだした。
「その様子だと警察関係者でもないわね。おそらく政府の人間ね、違う?」
彼は目をそらした。
「なるほど、図星ですね。毎月、給与とは別に多額の振り込みがありますね。それにあなたは凡庸な業績の割にここ1年で2度も昇格してますね」
「おいおい、あんたアルタリか!? 勝手に私の情報を」
「おっとこれはすごい使い込みですね。なんでしょうか、これは……おやおや、そんなご趣味が」
彼のデスクトップにムチを持った半裸の男女のいかがわしい画像が次々と表示された。
「あなたはまだ見ちゃダメ」そう言ってエイカは両手でリゲルの目をしっかりと塞いだ。
「わかったわかった! やめてくれ、何でも話すから画面を消してくれ!」
刑事は水浴びでもしたのかと思うほど汗びっしょりになった。
「彼らは無事だと聞いてます。爆破を大げさに騒いで一時的に採掘作業をとめるのが目的と言ってました」
ルカスはもはや額か頭皮かの汗を大きなハンカチで拭いながら話した。
「そんな、普通は採掘を止めるだけのために坑道の入口を爆破なんてしないわ」
「私もそう思います。これだけ大騒ぎになっていますから、これが目的でしょうね」
「ちょっと待って、『彼らは無事だと聞いてる』って言ったわよね?」エイカが刑事に詰め寄った。
「ば、爆破前に奥の避難用のスペースに移動している、そういう手筈ですから」
「じゃあ、彼らの仲間が従業員の中にもいるのね? 名前を言いなさい」
「い、いや、そこまでは知らない。本当です!お許しを……」ルカス・シュタインはエイカを拝むよに手を合わせて目をつぶった。それを見てエイカが呆れるように目を天井に向けた。
「これくらいでいいでしょう。彼のデバイスから私が探ったほうが手っ取り早いですし」
「わ、わたしはどうすれば……」刑事はまだエイカを拝み続けている。
「そうね、奴らから次になにか命じられたら実行する前に私たちに連絡してちょうだい。悪いようにはしないわ」
エイカは刑事に笑いかけてそう言った。




