13 ご近所さん
リゲルたちは午後の授業が終わると、いつもとは違うバスに乗ってオリビア・フォーゲル宅がある、イースト・タウンの住宅街に到着した。バスの運転手が見知らぬ生徒に首を傾げていたが、特に怪しまれることもなかった。
「日が落ちるのが、こんなに早くなったんだね」
ロニーが薄紫色になった空を見上げて言った。
「こっち」エミリーがそう言って、赤い屋根に濃い緑の縁取りがされた絵本に出てきそうな家を指さした。そして、待ちきれずに駆け出した。
白いフェンスのゲートは何かで無理やりこじ開けられたようになっていた。
〈売り出し物件〉と書かれている玄関の張り紙を見て、エミリーは凍りついた。
「やっぱり、引っ越したんだな」
ヨナスが呟いた。
「ねえ、ちょっと? あなたたちそこで何してるの?」
ピンクの派手なジャージ姿の中年女性がリゲルたちに声をかけた。
「私、エミリー・クラウスと言います。ここに住んでたオリビアの同級生です。フォーゲルさんたちは引っ越ししたんですか?」
エミリーが女性に詰め寄るようにして話しかけた。
「ああ、オリビアの友達なのね。私も今朝知ったばかりだから、よく分からないのよ。私はお隣のイリーナよ。こんなところで立ち話もあれだから、みんな私の家にいらっしゃいな!」
イリーナ・ニューマンは若くして夫に先立たれた未亡人だった。子供は居なかったが、たくさんの犬と猫に囲まれて暮らしていた。彼女が玄関のドアを開けると大型犬が2匹に中型犬が3匹、小型犬が4匹が彼女とその小さなお客たちを大歓迎した。
「うわーあはは……すごい数ですね」
彼らの中でも、とりわけ犬を飼っているロニーが大人気だったために犬たちにもみくちゃにされていた。エミリーは少しびっくりした様子だったが、かわいらしい小型犬を見つけると抱き上げて夢中になってかわいがっていた。
しかし、リゲルとヨナスは小動物の群れに完全に硬直していた。「ごめんなさいね。ワンちゃんは苦手? 大丈夫よ、この子たちは噛まないわ。めったにね」そう言って、イリーナは甲高い声で笑った。それを聞いてふたりは震えながらも苦笑いしている。
「フォーゲルさんとこにも、ワンちゃんがいるのよね。それで奥さんのアンナとはよくお話してたのよ」
イリーナは子供たちのためのジュースを冷蔵庫から出して手早くコップに注いで子供たちに手渡してから、大袋に入ったクッキーを皿にバラバラと乗せてテーブルの真ん中に置いた。先ほどの犬たちがクッキーの匂いに誘われてテーブルに近づこうとしたが、イリーナが指で別の部屋に行くように指示すると、まるで兵隊のように一斉に目的地へ向かっていった。
「確か、名前はリッキーだよね? でも、具合が悪くて動物病院に入院してるってオリビアから聞きました」
「ええ、そうなの。ロングヘアのワンちゃんはよくあるんだけど、皮膚にアレルギーがあってね……あれ? おかしいわね。リッキーちゃんはまだ動物病院に入院してるのに、自分たちだけ先に引っ越しちゃったのかしら? なんてね……きっと、あとから引き取りに来るわよね?」
彼女がそう言うと子供たちは黙り込んでしまった。
「あの、イリーナさん。変なことをお聞きしますが、このあたりではよくあるんですか? その……人が急にいなくなる、とか」
リゲルが含みのある言い方で訊いた。
「そうねぇ。実をいうと、このところ続いてるわね」
イリーナはこんな話を彼らにすべきかどうか悩んでいるような口調で言った。
「詳しく聞かせてください」
リゲルが少し強めの口調でそう言ったので、しかたなく彼女は話し始めた。「3つ隣に住んでたバークさん一家も、1カ月前に突然いなくなったの。私はあんまり親しくなかったから詳しくは知らないんだけど、いなくなる日の深夜に怪しい黒いトラックが止まってたって、そんな噂もあったわね」
「おばさん、バークって、フィン・バークの家族のことか!?」
それまで大人しくクッキーばかり食べていたヨナスが急に声を荒げた。
「え? ええと、どうだったかしら。バスケットゴールがあったからスポーツ好きのお子さんがいたようだけど──」
「フィンは俺と同じバスケ部だったんだ! あいつ急に学校に来なくなって、数日後にメッセージが届いたんだけど、『家族で別の街に引っ越すことになりました。今までありがとうございました』って……仲が良かった俺に敬語なんて、全然フィンらしくないって思ってたんだ。クソッ! なんであの時俺は気が付かなかったんだ」
そう言ってヨナスは大きくため息を吐いてうつむいてしまった。
「それって、今回のオリビアのと関係あるのかな」
エミリーは真剣な眼差しで言った。
「あなたたち、ちょっと先走りすぎよ。もしかしたら何か複雑な事情があったのかもしれないし……あら大変、お外がこんなに真っ暗。きっと、ご家族が心配なさっているわ。待ってて、今タクシーを呼んであげるわね」
イリーナはそう言うとUNIを操作した。
「あと、これが私のIDね。ご両親に必ず見せてね。それから、これはリッキーちゃんが入院中の動物病院の連絡先。フフフ、きっと私が止めてもあなたたちはフォーゲルさんのこと調べるんでしょ? でも、何をするにしても、むちゃをしちゃだめよ。いいわね?」
そう言って、エミリーの手をギュッと握った。「ありがとう、イリーナさん。突然お邪魔して、ご迷惑かけてたらごめんなさい」
「何言ってるの?私のほうから家に呼んだんじゃないの。そんなの気にしなくていいの。私も久しぶりに若い子たちと話せてすごく楽しかったわ。また、いつでも来てね!」
彼女はまた甲高い声で笑ってそう言ったが、内心は子供たちが帰ってしまうのが少しさみしく思えた。リゲルたちにもそれは伝わっていた。
程なくしてからタクシーが来たことを彼女のUNIが通知し、帰り際にはまた動物たちの盛大な見送りを受けてから、リゲルたちはイリーナ宅を出てタクシーに乗り込んだ。




