12 光と影と、その間に
ヌール・アル・サマワート星域
第二惑星ジャンナト ナハール
ナハールシティ・スペースポート
古きイスラーム建築の特徴と、近代的で流線を多用した幾何学的なデザインがそこらかしこに見られる。ここは文化的に多様な都市であるため、西洋と東洋の混在した人々で溢れていた。都市の中心を流れる大きな川とその周りにある緑地帯が、水と自然の豊かさを映し出している。
艶のある明るい紺色の生地に細かい模様がテクスチャされたドレスが明らかに上流階級を思わせ、しっかりとまとめ上げたカーリーヘアにはパールの髪飾りが目立っている中年の黒人女性が、シャトルのドアからゆっくりと歩き出した。
「とても暑くて、不快だわ」
それがパウラ・ミランダー婦人の第一声だった。彼女は眉間にシワを寄せたまま歩き続けた。
スペースポートを出るとUNIでタクシーを呼び、南地区のダラン雑貨店へ向かった。タクシーを降りると、目の前には銀行の看板を無理やり『ダラン雑貨店』とペンキで書き換えただけの古いビルがあった。
「本当にここであっているのかしら」
ミランダーはそう言って、入口に近づくとギシギシと異音をたてて自動ドアが開いた。
窓口には痩せた20代のヒスパニック男性が肘をついている。
「お約束は?」
男はぶっきらぼうにそう言った。
「約束はしていないわ。私はアル・サフィア孤児院の院長、パウラ・ミランダーです。ここの責任者に会えるかしら?」
男は少し怪しむような表情をして、UNIを取り出した。
「ママ? よくわかんねぇ、孤児院の先生だって言ってるぜ。……ああ、わかった」
男は「ちょっと、そこで待ってな」と言うと奥へ行ってしまった。
仕方なくミランダーはゆっくりと歩きながら壁にかかった絵画を見ていた。それは素朴な風景画だったが、その独特な力強いタッチのせいで彼女は見入ってしまった。「いいだろ? その絵」ミランダーはその声の主の方を見ると、初老で大きな体格の女性がニッコリと笑っている。
「アタシはマルセラ・コルテス。あんたがパウラ・ミランダーだね。彼女の情報をあんたに教えたのはこのアタシさ」「彼女、ここにいるの?」
「いるわよ」少女の声が聴こえて、マルセラの後ろから小さな少女が現れた。「あとは、お仲間同士でどうぞ。アタシは奥に引っ込んでるからね」マルセラはユッサユッサと大きな体を揺らしながら奥へと消えていった。
「初めまして。アヤ・ヒビノ・ファーガソンよ」
お昼休みのチャイムが鳴り、生徒たちが食堂に集まってきた。リゲルとロニーもそれぞれトレーを持って、給食の列に並んだ。
リゲルが空いたテーブルを探そうとぐるっと見回すと、エミリー・クラウスが隅っこのテーブルにひとりで居るのが見えた。ロニーがヨナスのいるテーブルからこちらを見ているが、リゲルはどうしても彼女を放ってはおけなかった。
「となり、いい?」
リゲルがそう言うと、エミリーは少しだけ口角を上げた。
「オリビアからメッセージとかあった?」
「ううん、ビデオもテキストメッセージも何度やっても『受信できません』ってなるの。それにムベンガ先生にも聞いてみたんだけど、個人情報だからって教えてくれなかった。嫌な予感がするの! 私、変なのかな?」
エミリーは心配で食事もままならない様子だった。
「そんなことないよ。僕も嫌な予感が当たることがあって──」
「やあ。エミリー僕たちも一緒に座ってもいい?」
ロニーが半ば強引にふたりの間に割って座った。
それを見たヨナスが「コラッ、レディに失礼だろ? 初めまして、俺はヨナス・チャペル」そう言ってまるで貴族のように大げさにお辞儀をしたので、エミリーはその様子を見てクスクスと笑った。リゲルもそれを見て、少しだけホッとした。
「あのね、提案があるんだけど」
ロニーがかしこまってそう言うと「え? 私に聞いているの?」そう言ってエミリーが目を丸くした。
「うん。今日の放課後、みんなでオリビアの家を調べに行かない?」
「ロニー、いい考えだな。近所の人とかが詳しいこと知っているかもしれない」
ヨナスも乗り気だ。
「実は私一人で彼女のお家に行くつもりだったの。みんな、ほんとにいいの?」
エミリーの顔がみるみるうちに明るくなった。その顔を見てリゲルが断ることなどできるわけがなかった。
「決まりだね」
リゲルがそう言うと「イェーイ!」とロニーとヨナスが大声でガッツポーズを上げたので、食堂で他の生徒たちの注目を浴びてしまった。それを見てエミリーがアハハと笑ったので、リゲルはとても嬉しい気持ちになった。
マインツ・シティ
ニュー・ケルン科学技術大学
第3ホール前
学会が終わる頃には夕暮れ時になっていた。テラスには招待者向けの豪華なディナー・ビュッフェが用意されていた。エイカはひとりで来ていたために、飲み物を少しだけ頂いたらすぐに家に帰ろうと思っていた。
「エイカ? ドクター・エイカ・サガラじゃないか?」
懐かしい声に彼女は驚いて振り向いた。
そこには明るいグレーのスーツを着こなした背の高いガッシリとした体格の中年男性が立っていた。
「アーロン! 久しぶりね。こんなところで会うなんて」
アーロン・ブラガは彼女に近づいてハグをした。
「相変わらず君は美しいね」「あなたの白髪もなかなか素敵よ」
ふたりはそう言い合って笑った。
「10年、いや11年ぶりかな?」
アーロンは白髪の混じった短い顎髭をしゃくりながら話した。
「そうね。あなたはずっと地球にいたの?」
「ああ、ず~っとね」
彼はそう言っておかしな顔をしたのでエイカも思わず微笑んだ。
「おかげで、今ではなんとこの僕が病院長だよ?信じられないだろ」
「凄いじゃない。それで、奥さんは……スーザンは元気?」
エイカがそう訊くと、アーロンは目をそらした。
「3年前に離婚したんだ。君は、まだ彼と?」
「ええ。紆余曲折ありつつも、だけどね」
エイカはそう言って笑った。
涼しい夜風が通り過ぎて、アーロンは大きく深呼吸した。
「あの時、君がもし──」そう言いながら彼女の肩に手を回そうとした。「やめて」そう言ってエイカがアーロンの手を振り払って距離を取った。
「私はあの時の選択を後悔していない。過去は過去。あなたもそうするべきよ」
エイカが彼に目も合わせずに言ったため、アーロンは黙り込んだ。
「もう遅いから、行くわね。元気そうでよかったわ」
アーロンは物惜しい表情で見つめたが、彼女にはもう効果がなかった。
「そうか。それじゃあ、いつかまた」
「さようなら、アーロン」
エイカはそう言うと振り向きもせずに去って行った。
「イヤだねぇ、未練タラタラじゃないかブラガ先生」
アーロンの隣で大柄な男が低く不気味な声で笑った。
「フン。これはご高名なドクター・ダニエル・ピアソンじゃないですか! いい大人が盗み聞きなんて下品ですね。そんなことよりも、例の件は順調ですか?」彼は汚いものを見るように、軽蔑の眼差しで言った。「まさか。順調とはまるで言えないな。なんせ、被検体が少なすぎるものでね」
「あれだけ何度も同じ場所で人を……その、誰かに不審に思われているのでは?」
アーロンが人目を気にして声をひそめた。
「人なんてどこかしらでいなくなっているんだよ、常日頃からね。その数が10人でも10万人だろうが、自分にとって関心のない『他人』であれば誰も気にはしない。人間というのは大昔から、そういう身勝手な生き物なんだよ。君もよく知っているだろう?」
そう言ってピアソンはまた不気味な低い笑い声をアーロンの耳元で囁くと、ゆっくりとテラスを出て闇に消えていった。




