11 失踪
いつもと同じように日が昇り、コルドバ・タウンは清々しい秋の快晴だった。
少し寝不足気味のリゲルがキッチンに降りてくると、ウェンが朝食の用意をしていた。
「おはよう、リギー!」
ウェンがボウルに生卵をカシャカシャと器用にかき混ぜている。
「おはよう。あれ? ウェン、帰ってきたんだね。ドクターは?」
「あいつは今日は夜まで学会で隣街のマインツだ」
「ふ~ん」
そっけないリゲルの返事にウェンはまた肩をがっくりと落とした。
「まだ、俺のこと怒ってるのか?」
「え? 違うよ。ちょっと寝不足なだけ」
リゲルはトースターに食パンを2枚放り込んでテーブルに着いた。
ウェンがフライパンのカリカリに焼き上がったベーコンを皿に乗せて、今度はボウルの溶き卵をフライパンに広げた。
リゲルがカバンからUNIを取り出して昨日のニュース動画を再生した。
〈コルドバ警察は昨日のモンテ・シルヴァ鉱山坑道西口で起きた爆発は作業用機器から漏れ出した引火性のガスによる事故だと発表しました。また事故発生時の犯行声明的な映像が拡散しましたが、生成動画によるイタズラだということがわかりました。その間、作業員たちは避難所にて待機していたために、けが人も出なかったということです。〉
「なんで、こんな嘘つくの?」
リゲルがトースターから出してきたばかりの食パンをほおばりながら言った。
「なんでだろうな。現場監督が作業員全員に口止めしてたよ」
ウェンが焼き上がったエッグベネディクトを先程の皿に盛り付けると、リゲルの前に差し出した。「あ、もう行かないと」リゲルはそう言うとカバンにUNIを詰め込んで逃げるように駆け足でドアを開けて行ってしまった。
「『パパ、行ってきま~す! 早く帰ってくるね~』」「おう! リギー待ってるからな、いってらっしゃい! ……ハァ」
ウェンの一人芝居と深く長いため息が、空っぽの家に寂しく響いた。
スクールバスがエルドラ中等学校に到着して、廊下は生徒たちの声でいっぱいになった。
「昨日の事故、リゲルのパパは大丈夫だった?」
ロニー・グリムが心配そうな顔で話しかけた。
「うん、別になんとも無かったみたい」
他人事のように返したのでロニーが顔をしかめる。
リゲルはちょっと気まずくなって視線をそらすと、いつもと違うことに気がついた。いつもだったら騒がしくしている前の席の女子のひとりが、あからさまにうつむいている。
「あの子、どうしたんだろう」
リゲルはすっと立ち上がって彼女に近づいた。気がついて彼女が顔を上げる。「え? 何?」彼女は涙を拭いながらリゲルに言った。
「あ、ごめん。泣いてたの? 確かエミリーだよね、大丈夫?」
「親友のオリビアがいなくなったの……」
エミリー・クラウスは柔らかい栗色の三つ編みをいじりながら答えた。
「いなくなったって、どういうこと?」
「わからないの。昨日の夜はUNIで話してたのに、今はずっと繋がらない。同じバスの子に聞いても『知らない』って……」エミリーはそう言ってまた大粒の涙をこぼした。
リゲルが少し困った様子で居ると、ロニーが彼女にハンカチをそっと差し出した。
「きっと体調が悪くて休んでいるだけじゃない?」
ロニーがいつも以上に優しい口調で言った。
「でも……」
エミリーが何かを言おうとした時、担任のムベンガ先生が教室に入ってきた。
「少し時間が早いですが、みんなにお知らせがあります。オリビア・フォーゲルは家庭の事情で引っ越しをすることになったそうです。急なことだったので、親しかった友達にはごめんなさい、との伝言です。さみしくなりますが、新しい場所で彼女とその家族に神の祝福がありますように」
ムベンガはカトリックらしく十字を切った。
エミリーはその日、ずっとUNIを見つめてうつむいたままだった。
「オリビア・フォーゲルです。タイプAの新たな被検体です」
白衣に医療用のマスクをした女性が、同じく白衣でマスクをした大柄な男性に向かって話した。目の前にはチェンバーがあり、十代の金髪の少女がゆっくりと呼吸をしていた。
「またタイプAか。まぁいいさ、数は多いほうがいい。ところで彼女の家族はきちんと『もてなして』いるのだね?」
男がそう言うと、女性は目を細めた。
「ええ、処置済みです。後数日もすれば自分たちに娘がいたことも忘れてしまうはずです」
それを聞いて男は満足気にうなずいた。
「素敵なことじゃないか。すべての重荷から解放され、幸せになれるんだ。私にもいつか同じ処置をしてもらいたいものだよ」
そう言って男が低い声で笑った。
オリビアのチェンバーには『29』と番号がつけられており、その部屋には同じような十代の少年、少女が眠らされた状態で並べられていた。
「ドクター・ヴェガの理論は本当に正しいのでしょうか?」
女性が腕組みをして尋ねた。
「さあな、奇跡を無理やり起こすようなとんでもない理論だからな。もしかして君には懸念があるのかね? それとも罪悪感かな?」
「いいえ、全く。こんな恵まれた子供たちも大嫌いですし、もしこの子達がリローデットなどになった日にはもっと忌み嫌いますわ」
女性は眉一つ動かさずにそう言った。
「恐ろしい女性だね、君は」
男は目を細めてまた低い声で笑うと、その声が不気味なほどに部屋中を反響していった。




