Code:130 異変の真相③
「アドラールは数日前から、重要な仕事があると言って村を離れていたんです」
「タイミングが良すぎる……いや、悪すぎるというべきか」
思わず声が低くなった。
単なる偶然とは思えない、作為的な何かを感じ取ったからだ。
「私も同じことを考えました。まるで、わざと村を離れたような——」
ニコラスは手の甲で何度も額を拭い、声を落とした。
その声が、壁の向こうにまで聞こえることを恐れるかのように。
「実は、導力灯が破壊される前日の夜、私は見たんです」
「何をです?」
深呼吸をする。一度、二度、三度。
これから話すことの重大さに、自分でも震えているようだった。
「村を離れたはずのアドラールが、ひっそりと森へ向かうのを」
アルトは紅茶のカップから手を離し、身じろぎもせずニコラスを見据えた。
「私は夜釣りの準備をしていて、偶然目撃したんです。彼は足音を殺して、しかし迷いのない足取りで森の奥へ消えていきました」
ニコラスの声は、記憶を少しずつ辿るように途切れ途切れになる。
「気になって……後をつけました。そして、森の奥で——」
唇が乾いた音を立てた。
頬の血の気が失せ、両手で顔を覆う。
指の隙間から、絞り出すような声が漏れた。
「彼は、何かの儀式を行っていました」
アルトの背筋が伸びた。指先が、肘掛けの上で止まる。
「地面に奇妙な紋様を描いていて……何とも複雑な模様でした。そして、赤黒い光が——」
恐怖の記憶が蘇り、彼の全身が小刻みに震え始めた。
「それから?」
アルトが続きを促す。
「儀式が終わると——」
ニコラスは唾を飲み込んだ。喉仏が上下する。
「空間に、不気味な門が現れたんです」
決定的な証言だった。
「そう……災魔を生み出す、顕現門のような——」
椅子の肘掛けを握る指に、無意識に力がこもる。
顕現門——災魔が現世に出現する際の通路。
それを人為的に開くなど、禁忌中の禁忌だ。
もしそれが事実なら、アドラールは単なる予知能力者などではない。
災魔を意図的に召喚し、操る異端者ということになる。
そして——その手口に、嫌というほど心当たりがあった。
三年前、今際の際に相見えた白鬼面の男。
あの冷たい眼窩が、記憶の底から浮かび上がる。
「信じられないかもしれませんが、私はこの目で見たんです」
沈黙が、応接室の空気に沈殿していく。
アルトは表情を動かさなかった。
感情を切り離し、状況を組み立てていく。
仮にニコラスの証言が真実なら、この村で起きている一連の出来事は全て、アドラールによる自作自演ということになる。
「すぐに村へ戻って、皆に話しました。でも——」
「誰も信じなかった」
「ええ。三年間村を守ってくれた恩人を疑うはずがないと」
ニコラスの視線が、テーブルの上の自分の拳に落ちた。
三年分の孤立が、そこに凝縮されているようだった。
「むしろ私が、嫉妬から嘘をついていると思われて……」
「村長も?」
その一言で、ニコラスの顔にさらに深い翳りが差した。
「特に村長は……アドラールを息子のように可愛がっていて。私の話を聞くなり、『お前は疲れているんだ』と」
子供の戯言を聞き流すような扱いだったのだろう。
ニコラスの憤りは、その全身から見て取れた。
「そして、先日の災魔襲撃が起きた——と」
アルトは記憶の中から、あの導力灯の破壊現場を思い返していた。
不自然な破壊痕跡、巧妙に仕組まれた演出。
そしてクーレリカが戦った巨兵種。
思考を巡らせる。
ほぼ確定的な状況証拠を、確定した証拠に結びつけるため。
「儀式の最中、アドラールに何か変わった点はありませんでしたか」
ニコラスは目を閉じた。眉間に深い皺が刻まれる。
あの夜の闇の中へ、自ら引き返そうとしているようだった。
「服装とか、持ち物とか……」
「……そういえば」
目を閉じたまま、ニコラスの唇が動いた。
「儀式を始める時、不気味な仮面を着けていました。のっぺらぼうのような——真っ白で、平坦な仮面を」
アルトの全身から、温度が消えた。
穏やかだった瞳が一瞬で研ぎ澄まされ、応接室の空気が張り詰める。
(「やはり……仮面の連中か!」)
すべてのピースが嵌まった。
《黒い鉤爪》——あの仮面の集団が、この辺境の村にまで手を伸ばしていたのだ。
彼は急いでDOCを取り出した。
この重要な情報を、まずはヴァラムに共有し、作戦を立てなくては。
しかし、DOCを起動した瞬間、画面が点滅する。
逆にヴァラムからの着信が入った。
「どうした、ヴァラム? ちょうど連絡しようと——」
返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「少し、まずいことになった」
低く、張り詰めた声。いつもの余裕綽々の態度ではない。
「クーレリカが一人でイリオル村に向かったらしい」
「なんだって……!?」




