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Code:128 異変の真相①

 * * *


 翌日、午前中の出来事。


 朝の出撃ラッシュが引いた後のロビーは、嵐の去った浜辺のように静まり返っている。

 受付カウンターでは、マリーが端末を叩きながら時折、欠伸(あくび)を噛み殺していた。


 そこへ、術式師(コーディアン)の隊服とは明らかに異なる身なりの男がロビーに足を踏み入れた。


 二十代半ばの青年。

 着ているのは仕立ての良い旅装だが、肩口に付いた汚れがここまでの距離を物語っている。


「失礼します」


 青年は律儀に一礼してから、まっすぐカウンターへ歩み寄った。


「私はイリオル村から参りました、ニコラスと申します」


 田舎の出と名乗りながら、背筋の伸びた所作はむしろ都会の書記官を思わせる。 

 言葉遣いにも相応の教養が(うかが)えた。


 マリーは営業スマイルを浮かべながら、内心で疑問を浮かべた。


 イリオル村——昨日、アルトとクーレリカが災魔(ハザード)の討伐に赴いた土地だ。

 任務は完結したはず。今更何の用だろう。


 ごく(まれ)にだが、被害が出たことへの逆恨みでクレームを持ち込む者もいるため、マリーは少しばかり身構えた。


「イリオル村……ああ、昨日の」

「はい」


 ニコラスは深く頷いた。表情の奥に、切迫した何かが透けている。


「昨日、災魔(ハザード)を倒してくださった術式師(コーディアン)の方にお会いしたいのですが」

「ご用件は?」

「……村人たちの、非礼を詫びに参りました」


 マリーの愛想笑いが止まった。

 村人に怪我人が出たとは聞いていたが、何かトラブルがあったのだろうか——いや、それ自体は珍しくない。


 しかし、苦情ではなく謝罪。このパターンは記憶にない。


「少々お待ちください」


 マリーはDOC(ドック)を取り出し、最初にクーレリカをコールした。

 呼び出し音が一度、二度、三度——やがて画面に「応答なし」の文字が冷たく点滅する。


(「なんか、昨日からずっと落ち込んでるみたいだけど……大丈夫かな」)

 

 小さく唇を噛み、続けてアルトへ繋いだ。


「アルト君、ちょっと受付まで来てもらえる? イリオル村の人が来てるんだけど」


 イリオル村、という名前を聞いて、通信の向こうでアルトの声が一瞬止まる。


「……分かりました。すぐ行きます」


 短い返答を最後に通信が切れた。

 訓練場にいたアルトは、タオルで首筋の汗を拭い、足早に受付へ向かった。

 

 ギルドの応接室は、高い天井から吊り下げたランプの灯りが柔らかく落ちていた。 

 銀のトレイの上で、紅茶が二つ、薄い湯気を立てている。

 

「アルト様、突然の訪問、失礼いたします。私はニコラスと申します」


 向かい合って座る前に、ニコラスが深々と頭を下げた。

 九十度——いや、それ以上か。

 額が床に触れそうなほど深い。垂れた黒髪が顔を完全に覆い隠した。


「昨日は、村の者たちが大変失礼なことを……本当に申し訳ございませんでした」

 

 肩が細かく震えている。

 握りしめた拳の中で、爪が掌に食い込んでいるのが見えた。

 恥と悔恨(かいこん)を、そうやって身体に刻みつけているようだった。

 

 アルトは軽く目を見開いた。

 てっきり苦情を持ち込まれるものと身構えていたのだ。


 昨日の村人たちのあの敵意を考えれば、そう予想するのは当然だろう。

 だが、目の前の青年の様子は、あの時の村人たちとは少し、いや、だいぶ異なっていた。


「あなたは、あの場にいなかったようですが」


 アルトはそれとなく、推理するように尋ねる。

 ニコラスはゆっくりと顔を上げた。

 口元に浮かんだ笑みは、苦い。


「帰ってきて事情を聞き、愕然(がくぜん)としました。まさか命の恩人に、あんな仕打ちをするなんて」


 表情に色濃く浮かぶ後悔は、少なくとも作り物には見えなかった。

 転生前の記憶も含め、長年術式師(コーディアン)として培った直感が「嘘はない」と告げている。


「座ってください。それで、今日はどんなご用件で? まさか、謝罪のためだけに遥々(はるばる)ここまで来たわけではないでしょう」


 アルトは穏やかに促した。

 済んだことを責めても始まらない。

 紅茶に口をつけ、カップ越しに相手の挙動を観る。


 ニコラスは深く息を吸った。

 重荷を肩から下ろすように、ゆっくりと語り始める。


「実は——ギルドにご相談したいことがあって参りました」


 言葉を選びながら、慎重に。

 一つ間違えれば、取り返しのつかない事態を引き起こしかねない——そんな緊張感が(ただよ)っていた。

 額に汗が浮かび、何度も口元を手で拭う。


「どういった内容ですか」


 アルトはテーブルに肘をつき、指を組んだ。


「三年前から、村に奇妙なことが起きているんです」

 

 ——三年前。

 アルトの背筋が自然と伸びた。

 椅子に座り直し、指先が無意識にテーブルを叩く。


 その年はアルスフリートが命を落とした年だ。

 勿論、それだけなら偶然でしかない。

 脳裏に仮面の集団がよぎったが、先入観は意識して振り払った。


「ちょうど三年前の秋でした」


 ニコラスは(かばん)から古い手帳を取り出した。

 (しわ)のついた紙面に、びっしりと文字が詰まっている。

 ある日付のところで指が止まった。


「アドラールという男が、村にやってきたのです。歳は三十代くらいで、物腰は柔らかく……いつも黒いローブを羽織っていて、一見すると学者のような風貌(ふうぼう)でした」

「ええ、それで」


 先を促す声には、隠しきれない緊張が混じっていた。

 アルトの指が、テーブルの下で拳を作る。


「彼はイリオル村に着くなり、村長のトルステンにこう言ったそうです」


 手帳のページを(たぐ)り、当時の記録を確認する。


「『この村は太い地脈の上にある。数年以内に大規模な災魔(ハザード)襲撃で壊滅する恐れがある』——と」


 地脈の流れと災魔(ハザード)の出現には一定の相関がある。

 だが、それを年単位で予測する技術など存在しない。


 莫大(ばくだい)な予算を注ぎ込んでいるギルドの研究部門ですら「長期予測は不可能」と結論づけている。

 その前提を踏まえれば、詭弁(きべん)もいいところだ。

 

 ——そして、"地脈"というワード。

 ヴァラムが推測した、仮面の集団の行動原理とも符合(ふごう)する。

 一気に、キナ臭い雰囲気が充満してきた。


「彼は言ったそうです。『それを防ぎたければ、私を雇え』と」

 

 声音や表情から察するに、少なくともニコラスにとっては不本意だったらしい。


「なるほど。それだけ聞けば、脅迫(きょうはく)に聞こえますね」


 アルトの声も低くなっていた。

 弱い立場の者を脅して利を得る——最も唾棄(だき)すべき手口だ。


「私もそう思いました。村人たちも、同意見の者が多くいました」


 ニコラスは苦々しく目を伏せた。

 当時の村の会議を思い出しているのだろう。

 

 老人たちの怒りの声、若者たちの不安な表情、そして最終的に下された決断を。

 

「最初は誰も信じませんでした。しかし——」


 言葉を切って、窓の外に視線を逃がした。

 声が、(ささや)きに近くなる。

 まるで、壁に耳があることを恐れるように。


「彼には、災魔(ハザード)の出現を予知する力があったんです」

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