Code:121 クーレリカの“異能《呪い》”、セティリアの“異能《呪い》”③
* * *
セティリアの意識は、過去へと遡っていた。
――幼い頃の記憶。
幼い頃の自分が、涙を流しながら問いかける姿。
「おにいちゃんは、どうしてわたしを嫌わないの? 死ぬのが、怖くないの?」
泣きはらした赤い目。震える小さな肩。
自分の存在そのものを呪うような、痛々しい表情。
そして、赤髪の青年——アルスフリートは、しばし考えるような素振りを見せてから、いつものように笑った。
大きな手が、優しく彼女の頭を撫でる。
温もりが伝わってきて、凍りついていた心が少しずつ溶けていく感覚に包まれる。
「安心しろ、お前のためなら死んでやるよ」
その言葉は冗談めかしていたが、その表情も声音も瞳も輝きも、本気だった。
本当に、自分のために命を投げ出す覚悟があるのだと、幼いセティリアにも分かった。
——本当にそうされるとは、思ってもみなかったが。
その時はそう言ってくれたことが嬉しくて、セティリアはアルスフリートに抱きついた。
初めて、自分の全てを受け入れてくれる人に出会えた喜びで、声を上げて泣いた。
「それじゃあ、わたしはもっと強くなるから。おにいちゃんを、絶対に死なせないために」
小さな決意。それが今のセティリアを作り上げた原点だった。
* * *
――現実に引き戻されたセティリアは、複雑な表情でアルトを見つめた。
「異能が持つ"呪い"、それは根拠のない迷信じゃないの。ほんの僅かでも、災魔を引き寄せる力があって、ほんの数パーセントでも、死ぬかもしれないリスクは上がってしまう」
冷たい夜風が二人の間を吹き抜ける。
セティリアの声が、感情を押し殺したように続く。
「差別する人たちは、怖いんだよ。死ぬことが、少しでも死ぬ可能性を上げることが。だから、少しでも死に近づく理由を排除したがる」
眼下に広がる街の灯り、それは生きることに必死な人々の営みの証。
その中で異質な特徴を持つ者たちは、常に疎外され続ける。
それが、この世の摂理なのだ。
「わたしは、それを理不尽だとは思わない。仕方のないこと、ただ、それだけ」
セティリアの呟きは、風に乗って夜空に溶けていった。
しばらくの沈黙の後、彼女はアルトに向き直った。
「あなたが嫌だったら、指導役は変えられるよ」
突然の提案に、アルトは眉をひそめた。
「その代わり、このことは誰にも言わないって約束して」
その申し出は、クーレリカを守るための配慮だった。
もしアルトが異能を理由に彼女を拒絶すれば、さらに深い傷を負わせることになる。
だから、穏便に距離を置く選択肢を与えようとしているのだ。
しかし、アルトの答えは即座に返ってきた。
「下らない提案ですね。異能の呪いなんて、僕には関係ない話だ」
きっぱりとした口調。迷いのない、確信に満ちた声。
「クーちゃん先輩は優秀な術式師です。それ以外の理由で判断するつもりはありません」
そして、夜闇を照らす星空の光を背に受けながら、アルトは堂々と言い切った。
「僕は、死ぬことを恐れていないので」
その言葉に、セティリアが怪訝な表情を浮かべた。
災魔と戦うことは怖くない、死ぬことは怖くない、怖れ知らずの粋がったニュービーがよく口にする言葉。
無論、大抵はすぐに現実を知り、思想を改めるか、改める間もなく戦場に散るか。
だが、アルトの声音はまるで実体験に基づいているかのような、セティリアさえ納得させてしまうような確信に満ちていた。
「もし、クーちゃん先輩が指導役の解任を申し出たというなら、言っておいてください」
風が強まり、アルトの桃色の髪を激しく揺らす。
その姿はほんの一瞬だけ、かつてのアルスフリートと完全に重なって見えた。
「あなたのせいで死ぬほど、僕は弱くない、と」
その瞬間、セティリアの瞳が大きく見開かれた。
死を恐れない覚悟。それは、かつての師と同じ——いや、それ以上に深い何かを感じさせる言葉だった。
(「この目は、本当に死ぬことを恐れていない。まるで、おにいちゃんみたいに——)
一度死を経験して、その向こう側から戻ってきたような、そんな異質な雰囲気さえ漂わせている。
セティリアは無意識に一歩後ずさった。
アルトの中に、説明のつかない深淵を垣間見たような気がしたのだ。
「アルト、あなたは……」
問いかけようとして、言葉を飲み込む。
聞いてはいけない何かがある。そんな直感が、彼女の口を閉ざさせた。
長い沈黙の後、セティリアは複雑な表情で俯いた。
「……分かった。クーレリカには、そう伝えておく」
そして、小さく付け加える。
「でも、死を恐れないことは決して良いことじゃない。覚えておいて」
その一言は、風に乗って消えていく。
アルトは何も言わず、ただ視線を返すだけだった。
「明日からもまた、任務があるでしょう? 今日は早めに休むように」
「はい、そうします。セティリア隊長も、ですけどね」
「……善処する」
自分が言われるとは思っていないかったのか、セティリアは誤魔化すように背を向け、足早に立ち去っていく。
その後ろ姿は、どこか寂しげで、そして——かつての師の面影を追い求めているようにも見えた。
アルトは一人、屋上に残された。
(「セティ……」)
心の中で、かつての呼び名を呼ぶ。
転生という禁忌を犯してまで蘇った自分。死を経験し、その先から戻ってきた存在。それゆえに死を恐れない——いや、恐れることができない。
昔は違った。アルスフリートであった頃は、歴戦の中で恐怖の感覚は希薄になれども、確かにそれはあった。
しかし、二度目の生を与えられた自分には、普通の人間が持つ根源的な恐怖が欠落している。
痛みは感じても、終わりへの畏れはない。
それは強さなのか、それとも人としての何か大切なものを失った証なのか。
転生の代償は、思っていたよりも重い。
死の向こう側を知る者は、もう二度と、生者の側には完全には戻れないのかもしれない。
見下ろす街の灯りが、まるで無数の魂のように揺らめいていた。




