Code:120 クーレリカの“異能《呪い》”、セティリアの“異能《呪い》”②
「イリオル村での任務で、その……クーちゃん先輩のことで」
やはり、と言わんばかりの様子で、セティリアの手が止まった。
モニターを操作していた指が、ゆっくりと机の上に降ろされる。
その動作は、まるで壊れやすいものを扱うような慎重さに見えた。
「村で、何かあったの?」
言葉は穏やかだったが、その奥には鋭い洞察が潜んでいた。
何かを察しているような、探るような空気が二人の間に流れる。
「災魔は倒しました。でも、その後に……」
アルトは言葉を切った。どう説明すべきか、一瞬迷う。
クーレリカの秘密を、どこまで話していいものか。
彼女の信頼を裏切ることにならないか。
しかし、このまま何もしないわけにもいかない。
そうしているうちに、セティリアが立ち上がった。
窓際へと歩み寄り、外を見る。
息を一つ、そして、核心に触れる。
「ねぇ、アルト」
振り返ったセティリアの表情には、全てを見通しているかのように、確信めいたものがあった。
「見ちゃったんだね、クーレリカの……」
セティリアの右手が無意識に自分の左目——かつて同じ烙印を押された場所——に触れかけて、すぐに下ろされた。
「……異能を」
アルトは無言で、ただ静かに首を縦に振る。
その小さな動作だけで、全てが通じたようだった。
セティリアは深く息を吐いた。
肩が小さく落ち、普段の凛とした姿勢が少し崩れる。
「そう……」
その声には、かつて同じ経験をした者だけが持つ、深い共感が込められていた。
「場所、変えよっか」
静かな声だったが、有無を言わせぬ命令のようでもあった。
二人は人目を避けるように階段を上り、ギルドの屋上へと向かう。
「ここなら、誰も来ない」
扉を開けると、ルーネスハーベンの夜景が眼下に広がった。
街灯が星のように瞬き、遠くで聖堂の鐘が時を告げる音がここまで届いてくる。
だが今は、その美しい景色も、二人の間に横たわる重い空気には似つかわしくなかった。
セティリアは屋上の柵に寄りかかり、しばらく無言で夜景を見つめている。
月光に透けた髪は、まるで銀糸を紡いだかのように美しく輝いていた。
やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「あの子の異能、それを知っているのは、このギルドではわたしとジュリアナ司令官だけ」
風が強まり、セティリアの隊服がはためく。
相変わらず彼女の魔眼は機巧の眼帯に隠れ、その血色を窺い知ることはできない。
しかし、その表情には普段見せないような複雑な感情が渦巻いていた。
「『天角』――」
その単語を口にした瞬間、セティリアの表情がわずかに歪んだ。
苦い薬を飲み込むような、痛みを伴う記憶を呼び起こすような表情。
「純白の対の角。魔導粒子の流れを活性化させ、術式師としての能力を飛躍的に向上させる希少な異能。でも——」
言葉が途切れる。
夜風が二人の間を吹き抜け、遠くから街の喧騒がかすかに聞こえてくる。
「その外見は、あまりにも災魔の特徴を模している。そもそも、異能っていうのは、災魔の外見的特徴に酷似しているの。わたしの魔眼も、そう」
指が機巧の眼帯に触れた。
カチリと小さな音を立てて絞りが解放され、隠されていた魔眼が露わになる。
血のように赤い瞳が、本人とは別の生き物であるかのように、妖しく輝いた。
まるで災魔の眼そのもののような、人ならざる光彩。
「言うならば、生まれながらに災魔をその身に宿した人間。それが、わたしたち異能所持者」
セティリアは視線を逸らすかのように、街の灯りを見下ろした。
その横顔には、普段見せない脆さが浮かんでいた。
若くして圧倒的な才能を認められた天才、《雪月花の氷姫》の異名を持つ彼女の、誰にも見せない素顔。
「わたしも、分かるの」
月光の下で、魔眼がルビーの宝石のように爛々と光る。
「この眼のせいで、どれだけ恐れられたか。どれだけ拒絶されたか」
声に感情はこもっていなかった。
まるで他人事のように淡々と語るその様子が、かえって過去の傷の深さを物語っているようだった。
「異能を持つことの重さ、周りの視線の冷たさ、『呪われた子』と呼ばれる苦しみ……全部、経験してきたから」
アルトは黙って聞いていた。
転生前、まだアルスフリートだった頃、幼いセティリアを守り抜いた記憶が鮮明に蘇る。
あの頃の彼女も、今のクーレリカと同じように苦しんでいたのだ。
「でも、わたしは恵まれていた」
突然、セティリアの声音が変わった。
温かく、優しく、そして少し切ない響きを帯びて。
「大切な人が、わたしのことを受け入れてくれたから」
遠い空を見つめるその瞳に、懐かしむような色が浮かんでいく。
アルトには、それが誰を指しているのか痛いほど分かった。
だが、今はまだ、口にすることはできない。
転生の事実は、明かせない禁忌なのだから。




