Code:119 クーレリカの“異能《呪い》”、セティリアの“異能《呪い》”①
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深い夜の帳が、ギルド【オルフェウス】の着陸場を包み込んでいた。
着陸場の冷たいコンクリートに、二つの影が落ちる。
風は穏やかだったが、その静けさがかえって二人の間に流れる重い空気を際立たせていた。
降下用のタラップが、カタンと音を立てて地面に接地する。
アルトが先に降り、続いてクーレリカが降りてきた。
彼女の足取りは重く、まるで足首に付けられた錘を引きずるようだった。
「クーちゃん先輩」
アルトが振り返り、声をかける。
「今日は……その、お疲れ様でした」
その瞬間、クーレリカは逃げるように歩き始めた。
小走りというには遅く、歩くというには早い、不安定な足取り。
返事はない。彼女はただ、逃げるように寮へと向かっていく。
小走りになったその足音が、不規則なリズムを刻んでいた。
やがてその姿は、建物の陰に消えていった。
その後ろ姿を見送りながら、アルトは言葉を飲み込んだ。
今、何を言ったところで、彼女の心に届くとは思えなかった。
背中を見送り、アルトも寮へと足を向けた。
自室への階段を上りながら、今日の出来事を思い返す。
村人たちの怒りと恐怖に歪んだ顔、投げつけられた石、そして——純白の角を晒したまま震えていたクーレリカの姿。
自室に戻ると、アルトはベッドに腰掛け、天井を見上げた。
(「クーレリカの異能……天角か」)
転生前の記憶が、鮮明に蘇ってくる。
この世界における異能所持者に対する差別は、想像以上に根が深い。
転生前、彼は何度もその光景を目にしてきた。
異能を理由に村を追われる者、家族から見放される者、石を投げつけられる者。
今日のクーレリカのように。
特に一般社会では、異能保持者への偏見は日常的だった。
「災いを呼ぶ者」「呪われた血筋」——そんな言葉が、平然と交わされている。
術式師界隈では強い者こそが正義な実力主義のおかげで差別の度合いは少ないとはいえ、それでも完全に無いわけではない。
災魔を惹きつける——程度はさておき、それは学術的にも証明された事実だ。
命がけの職場で、少しでも死ぬ可能性が上がる要素があれば、忌避されるのも無理はない。
理不尽だが、それが現実だった。
その偏見を覆す方法は、たった一つ。
圧倒的な実力で他者を黙らせることだけ。
災魔を引き寄せようが、それを容易く返り討ちにしてしまう実力があれば、少なくとも格下の術式師は口が裂けても差別的な発言などはできない。
今のセティリアが、まさにそうだ。
昔はギルドアカデミーで差別的な態度を取っていたパトリックが、今の彼女に対してはただただ頭を下げて敬服するほかない。
圧倒的に突き抜けた実力は、それほどの実力者を差別すること自体が恥という風潮すら作り上げてしまう。
クーレリカは確かに年齢以上の天才だ。
いずれ、セティリアに迫るほどの力を身に付け、ギルドの中の立ち位置も上がっていくことだろう。
だが、今はまだ、その領域には達していない。
セティリアのように誰もが認めざるを得ない強さを手にするまでは、異能を明かせば差別はあるだろう。
(「下手に動けば、クーレリカをさらに追い詰めることになる」)
正直に言ってしまえば、クーレリカにそこまで肩入れする理由はない。
しかし、異能による差別に苦しむ姿にかつての幼いセティリアの面影が重なって、どうにも放っておけない。
立ち上がり、部屋の中を歩き回りながら、誰に相談すべきか考える。
(「ヴァラムは……こういう件では信用できない」)
彼は、人の心の機微を見透かすことには長けているが、繊細な問題への対応は期待できないし、そもそもデリカシーがない。
むしろ面白がって事態を悪化させかねない。
解決策を提示してくるかもしれないが、その過程でクーレリカが傷付くことは全く考慮に入れないだろう。
(「ミラフィスも違う」)
彼女は優秀で頼りになるが、異能問題の本質的な辛さを理解しているとは言い難い。
善意から的外れな慰めをして、かえってクーレリカを傷つける可能性がある。
異能を持たない者には、どんなに想像力を働かせても、その苦しみの深さは理解できないものだ。
尤も、それはアルト自身にも言えることだが。
(「ジュリアナ司令官はおそらく知っているだろうが、これを相談すべき相手じゃない」)
上官として既に把握している情報を、今更部下が報告しても意味がない。
それに、組織をまとめる司令官としての論理で動く彼女に、個人の悩みを相談するのは筋違いだ。
(「やはり、同じ異能保持者のセティなら——」)
セティリアは異能保持者だ。
魔眼という一目で分かる異能を持ちながら、今では第七部隊の隊長として認められている。
同じ痛みを知る者、そして、それを乗り越えた者。
彼女なら、クーレリカの苦しみを理解し、適切な助言ができるはずだ。
アルトはDOCを取り出し、セティリアに連絡を入れた。
夜遅くにも関わらず、すぐに返信が来る。
『ミーティングルームに来て。まだ、仕事してるから』
簡潔な文面からは、既に事態を察しているような雰囲気が感じられた。
第七部隊のミーティングルームへ向かうと、扉の隙間から灯りが漏れていた廊下には人影もなく、自分の足音だけが静かに響いている。
「入って」
声に促されて扉を開けると、中央のデスクにはデータを投影する近代的なモニターと対照的にアナログな書類の山。
あまり整頓されているとは言えない机上にて、雑務と格闘するセティリアの姿があった。
彼女はアルトの足音に気付くと、書類の隙間からひょこっと顔を覗かせる。
「こんな時間に、どうしたの?」
顔を上げたセティリアの表情には、何かを察したような雰囲気があった。
アルトは言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。




