Code:118 生まれ持った呪い②
呪い——その言葉に、クーレリカは敏感に反応した。
アルトもそれを察し、右手を上げて彼女の前に壁を作る。
怒りか、異なる感情か。表情からは読み取れない。
「……分かった」
短い返答。そして、振り返る。
クーレリカは、地面に膝をついていた。
ベレー帽を拾おうとして、手が震えて掴めない。
額から流れる血が、頬を伝って地面に赤い染みを作っている。
「クーちゃん先輩」
アルトが静かに呼びかける。
だが、返事はない。虚ろな瞳で、ただただ泳がせているだけ。
まるで、魂が抜けてしまったかのような、抜け殻のような表情。
アルトは屈み込み、ベレー帽を拾い上げた。
埃を払い、そっとクーレリカの頭に被せる。
角を隠すように、丁寧に位置を調整して。
「立てますか?」
優しい声。だが、クーレリカは答えない。
仕方なく、アルトは彼女の肩に手を添えた。
ゆっくりと立ち上がらせ、支えるように肩を貸す。
一歩、また一歩と、広場から離れていく。
背後から、視線を感じる。
憎悪と恐怖と安堵が入り混じった、複雑な感情の視線。
大怪我を負った者の悲鳴が聞こえる。
家を壊された者の怒号が響く。
災魔の襲撃で傷ついた村の、生々しい痛みの声。
その声を聞くたび、クーレリカの身体が丸く縮こまった。
(「私のせい……やっぱり、私のせいなんだ……」)
自責の念が、波のように押し寄せる。
理屈では違うと分かっていても、心が拒絶する。
拒絶されることに慣れすぎて、自分でも自分を拒絶してしまう。
突然、クーレリカの足が止まった。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。
嗚咽が漏れる。肩が震える。
もう、歩けない。これ以上、前に進めない——
その時だった。
温かいものが、両耳を包んだ。
アルトの両手が、優しく彼女の耳を塞いでいた。
村人たちの怨嗟の声が、少しだけ遠くなる。
完全には消えないけれど、直接心を抉るような痛みは和らいだ。
数秒か、数分か。時間の感覚が曖昧になる中、クーレリカはゆっくりと顔を上げた。
涙で霞んだ視界に、アルトの顔が映る。
何も言わない。ただ、静かに待っていてくれている。
「……大丈夫です」
小さな声で、それでも自分の意志で言葉を並べる。
「ちゃんと、歩けます」
アルトが手を離すと、クーレリカは立ち上がった。
よろよろとしながらも、自分の足で立つ。
そして、アルトから逃げるように、先を歩き始めた。
早足で、まるで何かから逃れるように。
振り返らずに、ただ前だけを見て。
飛行艇までの道のりは、行きの数倍は長いように感じられた。
森を抜け、ようやく見えてきた飛行艇。
宵闇に紛れる船体が、今は唯一の避難所のように思えた。
クーレリカは、小動物が巣穴に逃げ込むような勢いで、飛行艇に乗り込んだ。
操縦席から最も離れた座席の隅に身を縮め、毛布を頭から被る。
アルトも静かに乗り込み、自動操縦のプログラムを起動した。
DOCを取り出し、ギルドへの連絡を開始する。
やがて、マリーの明るい声が響いた。
『お疲れ様! 任務完了の報告?』
「はい。災魔の討伐は完了しました」
『さすがだね! クーレリカちゃんも怪我はない?』
アルトが振り返る。毛布の隙間から、怯えた目がこちらを見ていた。
涙に濡れた表情が、必死に何かを訴えている。
「お願い……」
小さく、幼子のように首を横に振るクーレリカ。
「言わないで……」
それは、心の底からの懇願か。
これ以上、自分の異能のことを広めないでほしい。
これ以上、拒絶される機会を増やさないでほしい——
アルトは逡巡した後、通信に向き直った。
「……無事です」
『なんか歯切れ悪いけど……村の被害は?』
「最初のターゲット以外の出現がありました。討伐は完了しましたが、人的被害と物的被害があるようです。灰還師の派遣をお願いします」
災魔襲撃後の事後処理を専門とする彼ら灰還師の仕事は、残骸の処理だけでなく村人の心のケアも含まれる。
今のイリオル村には、それが必要だった。
『了解。すぐに手配するね』
「ありがとうございます」
通信を切ると、飛行艇内に静寂が戻った。
エンジンを始動させる。重低音と共に、船体が浮き上がる。
「クーちゃん先輩」
アルトが振り返る。だが、毛布の塊は微動だにしない。
「ギルドに戻りますよ」
返事はない。ただ、毛布が小さく震えているのが見えるだけ。
仕方なく、アルトは前を向き直った。
窓の外に広がるイリオル村が、次第に小さくなっていく。
広場に集まった村人たちの姿も、もう見えない。
「……ありがとう、ございます」
毛布の中から、消え入りそうな声が聞こえた。
アルトは答えない。ここでは、それが正解だと思ったからだ。
夜風が船体を包み、微弱な振動を伝えてくる。
その揺れが、まるで子守歌のように、疲れ果てた少女を包んでいく。
やがて、毛布の中から規則正しい寝息が聞こえてきた。
泣き疲れて、眠ってしまったようだった。
今夜起きたことは、いずれ何らかの形で表面化するだろう。
隠し通せるものではない。
その時、彼女はどうするのか。
アルトは思案に耽りながらも、静かに息をついた。
【第3章-①完結:あとがき】
ここまでお読み頂きありがとうございます!
本作品を「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、フォロー登録や★評価(トップページ下の「おすすめレビュー」の+ボタンを連打!)していただけると作者がとても喜びます。
第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。




