表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/302

Code:118 生まれ持った呪い②

 呪い——その言葉に、クーレリカは敏感(びんかん)に反応した。

 アルトもそれを察し、右手を上げて彼女の前に壁を作る。

 怒りか、異なる感情か。表情からは読み取れない。

 

「……分かった」

 

 短い返答。そして、振り返る。

 クーレリカは、地面に膝をついていた。


 ベレー帽を拾おうとして、手が震えて掴めない。

 額から流れる血が、頬を伝って地面に赤い染みを作っている。

 

「クーちゃん先輩」

 

 アルトが静かに呼びかける。

 だが、返事はない。虚ろな瞳で、ただただ泳がせているだけ。


 まるで、魂が抜けてしまったかのような、抜け殻のような表情。

 アルトは屈み込み、ベレー帽を拾い上げた。

 

 (ほこり)を払い、そっとクーレリカの頭に被せる。

 角を隠すように、丁寧に位置を調整して。

 

「立てますか?」


 優しい声。だが、クーレリカは答えない。

 仕方なく、アルトは彼女の肩に手を添えた。

 ゆっくりと立ち上がらせ、支えるように肩を貸す。

 

 一歩、また一歩と、広場から離れていく。


 背後から、視線を感じる。

 憎悪と恐怖と安堵(あんど)が入り混じった、複雑な感情の視線。

 

 大怪我を負った者の悲鳴が聞こえる。

 家を壊された者の怒号が響く。

 災魔(ハザード)の襲撃で傷ついた村の、生々しい痛みの声。


 その声を聞くたび、クーレリカの身体が丸く縮こまった。

 

(「私のせい……やっぱり、私のせいなんだ……」)

 

 自責の念が、波のように押し寄せる。

 理屈では違うと分かっていても、心が拒絶する。

 拒絶されることに慣れすぎて、自分でも自分を拒絶してしまう。

 

 突然、クーレリカの足が止まった。

 膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。

 

 嗚咽(おえつ)が漏れる。肩が震える。

 もう、歩けない。これ以上、前に進めない——

 

 その時だった。

 温かいものが、両耳を包んだ。

 アルトの両手が、優しく彼女の耳を塞いでいた。


 村人たちの怨嗟(えんさ)の声が、少しだけ遠くなる。

 完全には消えないけれど、直接心を(えぐ)るような痛みは和らいだ。


 数秒か、数分か。時間の感覚が曖昧になる中、クーレリカはゆっくりと顔を上げた。

 涙で(かす)んだ視界に、アルトの顔が映る。

 何も言わない。ただ、静かに待っていてくれている。

 

「……大丈夫です」

 

 小さな声で、それでも自分の意志で言葉を並べる。

 

「ちゃんと、歩けます」


 アルトが手を離すと、クーレリカは立ち上がった。

 よろよろとしながらも、自分の足で立つ。

 そして、アルトから逃げるように、先を歩き始めた。

 

 早足で、まるで何かから逃れるように。

 振り返らずに、ただ前だけを見て。

 

 飛行艇までの道のりは、行きの数倍は長いように感じられた。

 森を抜け、ようやく見えてきた飛行艇。

 宵闇(よいやみ)に紛れる船体が、今は唯一の避難所のように思えた。

 

 クーレリカは、小動物が巣穴に逃げ込むような勢いで、飛行艇に乗り込んだ。

 操縦席から最も離れた座席の隅に身を縮め、毛布を頭から被る。

 

 アルトも静かに乗り込み、自動操縦のプログラムを起動した。

 DOC(ドック)を取り出し、ギルドへの連絡を開始する。

 やがて、マリーの明るい声が響いた。

 

『お疲れ様! 任務完了の報告?』

「はい。災魔(ハザード)の討伐は完了しました」

『さすがだね!  クーレリカちゃんも怪我はない?』


 アルトが振り返る。毛布の隙間から、(おび)えた目がこちらを見ていた。

 涙に()れた表情が、必死に何かを訴えている。

 

「お願い……」


 小さく、幼子のように首を横に振るクーレリカ。


「言わないで……」

 

 それは、心の底からの懇願(こんがん)か。

 これ以上、自分の異能(ギフト)のことを広めないでほしい。

 これ以上、拒絶される機会を増やさないでほしい——


 アルトは逡巡(しゅんじゅん)した後、通信に向き直った。

 

「……無事です」

『なんか歯切れ悪いけど……村の被害は?』

「最初のターゲット以外の出現がありました。討伐は完了しましたが、人的被害と物的被害があるようです。灰還師(レクイエマー)の派遣をお願いします」

 

 災魔(ハザード)襲撃後の事後処理を専門とする彼ら灰還師(レクイエマー)の仕事は、残骸の処理だけでなく村人の心のケアも含まれる。

 今のイリオル村には、それが必要だった。

 

『了解。すぐに手配するね』

「ありがとうございます」

 

 通信を切ると、飛行艇内に静寂が戻った。

 エンジンを始動させる。重低音と共に、船体が浮き上がる。

 

「クーちゃん先輩」

 

 アルトが振り返る。だが、毛布の(かたまり)は微動だにしない。

 

「ギルドに戻りますよ」

 

 返事はない。ただ、毛布が小さく震えているのが見えるだけ。

 仕方なく、アルトは前を向き直った。


 窓の外に広がるイリオル村が、次第に小さくなっていく。

 広場に集まった村人たちの姿も、もう見えない。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 毛布の中から、消え入りそうな声が聞こえた。

 アルトは答えない。ここでは、それが正解だと思ったからだ。


 夜風が船体を包み、微弱な振動を伝えてくる。

 その揺れが、まるで子守歌のように、疲れ果てた少女を包んでいく。

 

 やがて、毛布の中から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 泣き疲れて、眠ってしまったようだった。

 

 今夜起きたことは、いずれ何らかの形で表面化するだろう。

 隠し通せるものではない。


 その時、彼女はどうするのか。

 アルトは思案に(ふけ)りながらも、静かに息をついた。

【第3章-①完結:あとがき】


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

 本作品を「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、フォロー登録や★評価(トップページ下の「おすすめレビュー」の+ボタンを連打!)していただけると作者がとても喜びます。


 第1部完結(250話予定)までノンストップで毎日投稿しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ