Code:117 生まれ持った呪い①
その一言が、引き金となった。
村人たちの間に、恐慌が広がっていく。
ある者は後ずさり、ある者は子供を抱きしめ、そして、ある者は武器を構えた。
クーレリカは、呆然と立っていた。
金縛りにあったように、身動きが取れなかった。
まるで、災魔よりも恐ろしい敵と対峙しているような錯覚すら覚えるほどに。
積み重なった鉄虫種の残骸から立ち昇る魔導粒子の残光が、夜風に乗って静かに霧散していく。
光を放つ純白の角。その美しさこそが、彼女を異形として際立たせていた。
「亜人……いや、異能だ……」
老人に続いて、誰かが呟いた。
亜人、それ即ち、異能という呼称が定着する前の差別用語。
しかし、呼び方が変わったところで、偏見を持つ者の意識が変わるわけではない。
声は恐怖に染まり、まるで悪夢を見ているかのようにさえ聞こえた。
「天角……まさか、本当に……」
指を差しながら、女性の声が続く。
クーレリカの脳裏に、幼い頃の記憶が鮮烈にフラッシュバックした。
——『呪われた子』
親戚の家で投げかけられた言葉。冷たい視線。
まるで汚らわしいものを見るような、露骨な嫌悪の表情。
——『お前のせいで、あの人は死んだんだ』
八歳の誕生日の一週間後。両親の葬儀で、誰かが言った言葉。
涙も乾かぬうちに向けられた、理不尽な憎しみ。
——『災いを呼ぶ者』
ギルドアカデミーの廊下で、すれ違いざまに聞こえた陰口。
振り返っても、誰も目を合わせようとしない。
まるで透明人間になったかのような疎外感。
過去の傷が、次々と蘇る。
心の奥底に封じ込めていた痛みが、堰を切ったように溢れ出してくる。
「だから災魔が……」
村人の一人が、引き金となる言葉を紡いだ。
「この娘が引き寄せたんだ。異能が災魔を呼んだんだ!」
その言葉が導火線となった。
恐怖が怒りに変わる瞬間を、クーレリカは何度も見てきた。
理解できないものへの恐れは、攻撃性という形で表出する。
それが人間の防衛本能だということも、理屈では分かっていた。
だが、分かっていても——
「違います……」
掠れた声で否定の言葉を唱えるが、誰も聞いていない。
村人たちの間に、憎悪の感情が伝播していく。
まるで疫病のように、一人から一人へと広がっていく。
「俺の弟が怪我をしたのも……」
「うちの家が壊れたのも……」
「全部、この化け物のせいか!」
化け物——その言葉が、刃となって心臓を貫いた。
足が、がくがくと震えた。立っているのがやっとだった。
巨兵種と戦った時の何倍も、身体が重い。
まるで見えない鎖に縛られているかのように、身動きが取れなかった。
誰かが石を拾い上げた。
感情を込めるように握り締め、振りかぶる。
「呪いを、この村に持ち込むな!」
投げられた石が、空を切る音を立てて飛んできた。
避けることもできたはずだった。
術式を展開すれば、簡単に回避できる。
でも、身体が動かない。
まるで、罰を受けるべき罪人のように、ただ立ち尽くしていた。
鈍い音を立てて、石が額に当たった。
痛みが走る。温かいものが頬を伝う感触。
血だと分かっていても、手を上げることすらできなかった。
視界の端には、小さな男の子が震えながらこちらを見上げていた。
つい数時間前、集会所で目を輝かせながら「かっこよかった」と言ってくれた、あの子供だ。
だが今、その瞳に宿るのは好意ではない。
恐怖と、困惑と、そして——拒絶。
母親はその子を抱きしめ、クーレリカから距離を取る。
まるで、伝染病から子供を守るかのように。
つい先ほどまで「ありがとう」と言ってくれた人たち。
温かい食事でもてなしてくれた人たち。
子供たちに慕われて、心が温かくなった、あの瞬間。
全てが、嘘のように消え去っていく。
「私は……私は……」
言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。
弁解? 謝罪? それとも——
額から流れる血が、視界を赤く染めていく。
対照的に、白い角が月光の下で異質な輝きを放っている。
他の村人たちも後ずさりながら、石を拾い始めた。
一人、また一人と。まるで魔女狩りの光景のように、原始的な敵意が場を支配していく。
(「もういい」)
心の中で、何かが壊れる音がした。
(「どうせ、いつもこうなるんだ」)
両親が死んだ時も、親戚の家を追い出された時も、ギルドアカデミーで孤立した時も。
いつも同じだった。最初は優しくしてくれても、正体が分かれば拒絶される。
ギルド【オルフェウス】で、ここまで隠しきれたことが奇跡だっただけ。
拒絶される相手が、信頼する仲間で無かっただけ、まだマシだ。
(「私なんて——」)
「そこまでだ」
低く、静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感を持った声が群衆を制した。
アルトが、いつの間にか村人たちの前に立っていた。
普段の優しげな表情は消え失せ、代わりに浮かんでいるのは、底知れぬ威圧感を放つ軽蔑の表情。
月光を背に受けたその姿は、まるで夜の支配者のようなオーラを放っていた。
「下がれ、石を捨てろ」
いつもの敬語ではない、命令口調。
転生前、焔血王として君臨していた頃の、あの口調。
村人たちの手が止まった。
石を握りしめたまま、アルトの瞳に射竦められている。
その奥に宿る、名状しがたい何かに気圧されて。
「ふ、ふざけるな……! お前も同罪だぞ……!」
村人の言葉に、アルトはただゆっくりと視線を巡らせる。
その視線が向けられた者は、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「災魔を倒したのは誰だ? この村を救ったのは誰だ?」
感情を殺した、事実だけを述べる声。
「巨兵種も鉄虫種も、ほとんどは彼女が倒した。村人の死傷者がこの程度で済んだのは、いったい誰のおかげだ?」
「で、でも、呪いが……その異能が……災魔を——」
「証明できるのか?」
その問いかけに、村人は口を噤んだ。
「導力灯が災魔に破壊されたのと、俺らがこの村に来たのは、どっちが先だ?」
理路整然とした反論。だが村人たちの目に宿る恐怖と嫌悪は消えない。
村長のトルステンが、苦渋の表情で口を開いた。
「分かりました……確かに、助けていただいたことには感謝しています。ですが——」
視線を逸らしながらも、はっきりと言った。
「その『呪い』を、これ以上この村に留めないでいただきたい」




