表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/302

Code:117 生まれ持った呪い①

 その一言が、引き金となった。

 村人たちの間に、恐慌(きょうこう)が広がっていく。

 ある者は後ずさり、ある者は子供を抱きしめ、そして、ある者は武器を構えた。


 クーレリカは、呆然と立っていた。

 金縛りにあったように、身動きが取れなかった。


 まるで、災魔(ハザード)よりも恐ろしい敵と対峙しているような錯覚すら覚えるほどに。


 積み重なった鉄虫種(クローラー)の残骸から立ち昇る魔導粒子(マギオン)の残光が、夜風に乗って静かに霧散(むさん)していく。

 光を放つ純白の角。その美しさこそが、彼女を異形として際立たせていた。


「亜人……いや、異能(ギフト)だ……」

 

 老人に続いて、誰かが呟いた。

 亜人、それ即ち、異能(ギフト)という呼称が定着する前の差別用語。

 

 しかし、呼び方が変わったところで、偏見を持つ者の意識が変わるわけではない。

 声は恐怖に染まり、まるで悪夢を見ているかのようにさえ聞こえた。

 

天角(てんかく)……まさか、本当に……」

 

 指を差しながら、女性の声が続く。


 クーレリカの脳裏に、幼い頃の記憶が鮮烈(せんれつ)にフラッシュバックした。

 

 ——『呪われた子』

 親戚の家で投げかけられた言葉。冷たい視線。

 まるで汚らわしいものを見るような、露骨(ろこつ)嫌悪(けんお)の表情。

 

 ——『お前のせいで、あの人は死んだんだ』

 八歳の誕生日の一週間後。両親の葬儀で、誰かが言った言葉。

 涙も乾かぬうちに向けられた、理不尽な憎しみ。 


 ——『災いを呼ぶ者』

 ギルドアカデミーの廊下で、すれ違いざまに聞こえた陰口。

 振り返っても、誰も目を合わせようとしない。

 まるで透明人間になったかのような疎外感。


 過去の傷が、次々と蘇る。

 心の奥底に封じ込めていた痛みが、(せき)を切ったように溢れ出してくる。


「だから災魔(ハザード)が……」


 村人の一人が、引き金となる言葉を(つむ)いだ。


「この娘が引き寄せたんだ。異能(ギフト)災魔(ハザード)を呼んだんだ!」


 その言葉が導火線となった。

 恐怖が怒りに変わる瞬間を、クーレリカは何度も見てきた。


 理解できないものへの恐れは、攻撃性という形で表出する。

 それが人間の防衛本能だということも、理屈では分かっていた。

 

 だが、分かっていても——

 

「違います……」

 

 (かす)れた声で否定の言葉を唱えるが、誰も聞いていない。

 村人たちの間に、憎悪の感情が伝播(でんぱ)していく。

 まるで疫病のように、一人から一人へと広がっていく。


「俺の弟が怪我をしたのも……」

「うちの家が壊れたのも……」

「全部、この化け物のせいか!」


 化け物——その言葉が、刃となって心臓を貫いた。

 

 足が、がくがくと震えた。立っているのがやっとだった。

 巨兵種(ティターン)と戦った時の何倍も、身体が重い。


 まるで見えない(くさり)に縛られているかのように、身動きが取れなかった。


 誰かが石を拾い上げた。

 感情を込めるように握り締め、振りかぶる。

 

「呪いを、この村に持ち込むな!」


 投げられた石が、空を切る音を立てて飛んできた。

 避けることもできたはずだった。

 術式(コード)を展開すれば、簡単に回避できる。


 でも、身体が動かない。

 まるで、罰を受けるべき罪人のように、ただ立ち尽くしていた。

 

 鈍い音を立てて、石が額に当たった。

 痛みが走る。温かいものが頬を伝う感触。

 血だと分かっていても、手を上げることすらできなかった。


 視界の端には、小さな男の子が震えながらこちらを見上げていた。

 つい数時間前、集会所で目を輝かせながら「かっこよかった」と言ってくれた、あの子供だ。


 だが今、その瞳に宿るのは好意ではない。

 恐怖と、困惑と、そして——拒絶。


 母親はその子を抱きしめ、クーレリカから距離を取る。

 まるで、伝染病から子供を守るかのように。

 

 つい先ほどまで「ありがとう」と言ってくれた人たち。

 温かい食事でもてなしてくれた人たち。

 子供たちに慕われて、心が温かくなった、あの瞬間。


 全てが、嘘のように消え去っていく。

 

「私は……私は……」


 言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。

 

 弁解? 謝罪? それとも——


 額から流れる血が、視界を赤く染めていく。

 対照的に、白い角が月光の下で異質な輝きを放っている。

 

 他の村人たちも後ずさりながら、石を拾い始めた。

 一人、また一人と。まるで魔女狩りの光景のように、原始的な敵意が場を支配していく。

 

(「もういい」)

 

 心の中で、何かが壊れる音がした。


(「どうせ、いつもこうなるんだ」)

 

 両親が死んだ時も、親戚の家を追い出された時も、ギルドアカデミーで孤立した時も。

 いつも同じだった。最初は優しくしてくれても、正体が分かれば拒絶される。

 

 ギルド【オルフェウス】で、ここまで隠しきれたことが奇跡だっただけ。

 拒絶される相手が、信頼する仲間で無かっただけ、まだマシだ。 


(「私なんて——」)

 

「そこまでだ」


 低く、静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感を持った声が群衆を制した。

 アルトが、いつの間にか村人たちの前に立っていた。


 普段の優しげな表情は消え失せ、代わりに浮かんでいるのは、底知れぬ威圧感を放つ軽蔑(けいべつ)の表情。

 月光を背に受けたその姿は、まるで夜の支配者のようなオーラを放っていた。

 

「下がれ、石を捨てろ」

 

 いつもの敬語ではない、命令口調。

 転生前、焔血王(ブレイズブラッド)として君臨していた頃の、あの口調。

 

 村人たちの手が止まった。

 石を握りしめたまま、アルトの瞳に射竦(いすく)められている。

 その奥に宿る、名状しがたい何かに気圧されて。

 

「ふ、ふざけるな……! お前も同罪だぞ……!」

 

 村人の言葉に、アルトはただゆっくりと視線を巡らせる。

 その視線が向けられた者は、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

 

災魔(ハザード)を倒したのは誰だ? この村を救ったのは誰だ?」

 

 感情を殺した、事実だけを述べる声。

 

巨兵種(ティターン)鉄虫種(クローラー)も、ほとんどは彼女が倒した。村人の死傷者がこの程度で済んだのは、いったい誰のおかげだ?」

「で、でも、呪いが……その異能(ギフト)が……災魔(ハザード)を——」

「証明できるのか?」

 

 その問いかけに、村人は口を(つぐ)んだ。

 

「導力灯が災魔(ハザード)に破壊されたのと、俺らがこの村に来たのは、どっちが先だ?」

 

 理路整然とした反論。だが村人たちの目に宿る恐怖と嫌悪は消えない。

 村長のトルステンが、苦渋(くじゅう)の表情で口を開いた。

 

「分かりました……確かに、助けていただいたことには感謝しています。ですが——」

 

 視線を逸らしながらも、はっきりと言った。

 

「その『呪い』を、これ以上この村に留めないでいただきたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ