Code:116 帽子の下の天角
風が吹き荒れ、雷光が夜空を切り裂く。
術式矢が次々と放たれ、鉄虫種の硬い外殻を貫いていく。
一体、また一体と、災魔が地に落ちていく。
怒りが、クーレリカの力を限界まで引き出していた。
普段なら慎重に計算して使う魔導粒子を、惜しげもなく注ぎ込む。
風と雷の術式が複雑に絡み合い、まるで天災のような破壊力を生み出していく。
対する鉄虫種たちも、活性化した魔導粒子に触発され、クーレリカ目掛けて飛翔を始めた。
術式矢の弾幕から逃れた鉄虫種たちが、彼女の柔肌を鋭い顎で嚙み千切ろうとする。
クーレリカはその隙間へ滑り込むようにフリップして躱すが、通常個体よりも巨大で鋭い翅が障害物のように立ちふさがり、制服越しに皮膚を切り裂いていく。
神経を伝う鋭い痛みで一瞬声が漏れるが、勢い任せの立体機動は止まらない。
至近距離での戦闘を想定した術式短剣を瞬時に展開し、纏わりつこうとする両サイドの個体を華麗に一閃。
そのまま加速し、逃げ惑う村人を追いかけていた群れを背後から一掃していく。
「はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、クーレリカは次の標的を探す。
怒りで赤く染まった視界の中、動くもの全てが敵に見えた。
彼女は気づいていなかった。
頭上のベレー帽が、今にも落ちそうになっていることに。
髪の中のそれに巻いたリボンが、激しい動きでほどけかけていることに。
最後の一群が、広場の奥から現れた。
一斉に羽を震わせながら襲いかかってくる無数の鉄虫種。
「これで、終わりです!」
クーレリカは両手を天に掲げた。
周囲の大気が震え、膨大な魔導粒子が収束していく。
風属性と雷属性、そして光属性が融合し、光の雨となって形を成す。
「《聖なる風雷の驟雨》……貫けぇぇぇっ!」
咆哮のような掛け声とともに放たれた術式が空間を埋め尽くし、標的を貫いた。
三属性が混じり合った術式の雨は鉄虫種の群れの動きを一瞬で封じ、まるで殺虫剤を振りかけたかのように次々と地面に墜落させていった。
だが、墜落したのは鉄虫種だけではなかった。
「あ……」
全身から力が抜ける感覚、魔導回路に痺れるような痛みが走り、術式翼が推力を失う。
不安定な精神状態で術式を連続使用したため、魔導回路がバーストしたのだ。
意識が遠のきかける中、何とかバランスを取って着地する。
今の攻撃でほとんどの鉄虫種は一掃したはずだが――
物陰に隠れていた、最後の一体が動いた。
刃のような羽を広げ、力なく着地したクーレリカに向かって突進してくる。
「っ!」
避けようとするが、体が思うように動かない。
鋭い翅の軌道から逃れるように何とか身体を捩じるが、突進する胴体に巻き込まれた衝撃で、クーレリカの体が宙を舞った。
土の絨毯に身体を叩きつけられながらも、何とか受け身を取る。
だが、その先には——隠れている村人たちがいた。
女性の悲鳴が上がる。子供が泣き叫ぶ。
追撃しようと鉄虫種が再び羽を広げる。
けれども、その羽音が近づいてくることはなかった。
炎の熱波を帯びた銃弾が、夜空を切り裂いたからだ。
「ふう、危ないところでしたね」
遅れてやってきた、アルトの声。
仮にも焔血王の記憶を持つ彼が、この状況下で動けずにいたわけがない。
躍動するクーレリカの影で、アルトは村人たちを誘導しながら鉄虫種の数を減らしていたのだ。
「大丈夫です。残りは全て倒しました」
残った最後の一体も、五発の術式弾をまとめて叩き込まれ、地面に落ちて動かなくなる。
広場に、再び平穏が戻った。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
「お、お嬢ちゃん……」
見てはいけないものを見てしまったかのような声が、背後から聞こえた。
クーレリカが振り返ると、そこには建物や草木の陰から這い出してきた村人たちがいた。
彼らは皆、一様に青ざめた顔をしていた。
「心配をかけてすみません。でも、もう安全ですから……」
クーレリカが言いかけた時、村人の一人が指を震わせながら彼女を指差した。
その視線は、彼女の顔ではなく、もっと上——頭の辺りに注がれている。
冷たい風に髪が揺れ、解けて靡く感覚があった。
頬を冷たい汗が滑る。
恐る恐る、頭上に手を伸ばした。
ふわりとした髪の質感に紛れる、すべすべとして硬質なそれの感触。
零れる汗と同時に、視線が眼下に落ちる。
ずっと被り続けていたベレー帽が目に入る。
先ほど、鉄虫種に吹っ飛ばされた時に外れてしまったのだろう。
月光が、それを照らし出す。
二本の白い角が、夜空に向かって真っ直ぐに伸びていた。
純白の、この世のものとは思えない美しさを持つ、しかし同時に人ならざる証でもある、呪われた角が。
「あ……ああ……」
クーレリカの手が、ガタガタと激しく震える。
この状況を、嫌でも認識してしまう。
「あれは……まさか……」
村人たちがざわめき始める。
恐怖と、驚愕と、そして何より——嫌悪の感情が、彼らの表情に浮かび上がる。
少し前までの好意的で親切な表情が、まるで嘘であったかのように。
アルトが一歩前に出た。
「皆さん、落ち着いてください。彼女は——」
だが、その言葉を遮るように、一人の老人が叫んだ。
「亜人じゃ……亜人の呪いじゃ!」




