表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/300

Code:116 帽子の下の天角

 風が吹き荒れ、雷光が夜空を切り裂く。

 術式矢(アローコード)が次々と放たれ、鉄虫種(クローラー)の硬い外殻を貫いていく。

 一体、また一体と、災魔(ハザード)が地に落ちていく。


 怒りが、クーレリカの力を限界まで引き出していた。

 普段なら慎重に計算して使う魔導粒子(マギオン)を、惜しげもなく注ぎ込む。


 風と雷の術式(コード)が複雑に絡み合い、まるで天災のような破壊力を生み出していく。

 対する鉄虫種(クローラー)たちも、活性化した魔導粒子(マギオン)に触発され、クーレリカ目掛けて飛翔を始めた。


 術式矢(アローコード)の弾幕から逃れた鉄虫種(クローラー)たちが、彼女の柔肌を鋭い(あご)で嚙み千切ろうとする。

 クーレリカはその隙間へ滑り込むようにフリップして(かわ)すが、通常個体よりも巨大で鋭い翅が障害物のように立ちふさがり、制服越しに皮膚を切り裂いていく。


 神経を伝う鋭い痛みで一瞬声が漏れるが、勢い任せの立体機動は止まらない。

 至近距離での戦闘を想定した術式短剣(ダガーコード)を瞬時に展開し、(まと)わりつこうとする両サイドの個体を華麗に一閃。

 

 そのまま加速し、逃げ惑う村人を追いかけていた群れを背後から一掃(いっそう)していく。

 

「はぁ……はぁ……!」


 荒い呼吸を繰り返しながら、クーレリカは次の標的を探す。

 怒りで赤く染まった視界の中、動くもの全てが敵に見えた。

 

 彼女は気づいていなかった。

 頭上のベレー帽が、今にも落ちそうになっていることに。

 髪の中のそれ(・・)に巻いたリボンが、激しい動きでほどけかけていることに。

 

 最後の一群が、広場の奥から現れた。

 一斉に羽を震わせながら襲いかかってくる無数の鉄虫種(クローラー)

 

「これで、終わりです!」


 クーレリカは両手を天に掲げた。

 周囲の大気が震え、膨大な魔導粒子(マギオン)が収束していく。

 風属性と雷属性、そして光属性が融合し、光の雨となって形を成す。

 

「《聖なる風雷の驟雨(サンヴォラージュ)》……貫けぇぇぇっ!」

 

 咆哮(ほうこう)のような掛け声とともに放たれた術式(コード)が空間を埋め尽くし、標的を貫いた。

 三属性が混じり合った術式(コード)の雨は鉄虫種(クローラー)の群れの動きを一瞬で封じ、まるで殺虫剤を振りかけたかのように次々と地面に墜落(ついらく)させていった。


 だが、墜落したのは鉄虫種(クローラー)だけではなかった。

 

「あ……」

 

 全身から力が抜ける感覚、魔導回路(サーキット)(しび)れるような痛みが走り、術式翼(ウィングコード)が推力を失う。

 不安定な精神状態で術式(コード)を連続使用したため、魔導回路(サーキット)がバーストしたのだ。


 意識が遠のきかける中、何とかバランスを取って着地する。

 今の攻撃でほとんどの鉄虫種(クローラー)は一掃したはずだが――

 

 物陰に隠れていた、最後の一体が動いた。

 刃のような羽を広げ、力なく着地したクーレリカに向かって突進してくる。

 

「っ!」

 

 避けようとするが、体が思うように動かない。

 鋭い(はね)の軌道から逃れるように何とか身体を捩じるが、突進する胴体に巻き込まれた衝撃で、クーレリカの体が宙を舞った。

 

 土の絨毯(じゅうたん)に身体を叩きつけられながらも、何とか受け身を取る。

 だが、その先には——隠れている村人たちがいた。


 女性の悲鳴が上がる。子供が泣き叫ぶ。

 追撃しようと鉄虫種(クローラー)が再び羽を広げる。


 けれども、その羽音が近づいてくることはなかった。

 炎の熱波を帯びた銃弾が、夜空を切り裂いたからだ。

 

「ふう、危ないところでしたね」


 遅れてやってきた、アルトの声。

 仮にも焔血王(ブレイズブラッド)の記憶を持つ彼が、この状況下で動けずにいたわけがない。


 躍動するクーレリカの影で、アルトは村人たちを誘導しながら鉄虫種(クローラー)の数を減らしていたのだ。


「大丈夫です。残りは全て倒しました」

 

 残った最後の一体も、五発の術式弾(バレットコード)をまとめて叩き込まれ、地面に落ちて動かなくなる。


 広場に、再び平穏が戻った。

 だが、その静寂は長くは続かなかった。

 

「お、お嬢ちゃん……」

 

 見てはいけないものを見てしまったかのような声が、背後から聞こえた。

 クーレリカが振り返ると、そこには建物や草木の陰から這い出してきた村人たちがいた。

 彼らは皆、一様に青ざめた顔をしていた。

 

「心配をかけてすみません。でも、もう安全ですから……」


 クーレリカが言いかけた時、村人の一人が指を震わせながら彼女を指差した。

 その視線は、彼女の顔ではなく、もっと上——頭の辺りに注がれている。

 

 冷たい風に髪が揺れ、解けて(なび)く感覚があった。

 頬を冷たい汗が滑る。

 

 恐る恐る、頭上に手を伸ばした。

 ふわりとした髪の質感に紛れる、すべすべとして硬質なそれ(・・)の感触。

 

 (こぼ)れる汗と同時に、視線が眼下に落ちる。

 ずっと被り続けていたベレー帽が目に入る。

 

 先ほど、鉄虫種(クローラー)に吹っ飛ばされた時に外れてしまったのだろう。

 

 月光が、それ(・・)を照らし出す。

 

 二本の白い角が、夜空に向かって真っ直ぐに伸びていた。


 純白の、この世のものとは思えない美しさを持つ、しかし同時に人ならざる証でもある、呪われた角が。

 

「あ……ああ……」

 

 クーレリカの手が、ガタガタと激しく震える。

 この状況を、嫌でも認識してしまう。

 

「あれは……まさか……」

 

 村人たちがざわめき始める。

 恐怖と、驚愕と、そして何より——嫌悪の感情が、彼らの表情に浮かび上がる。

 

 少し前までの好意的で親切な表情が、まるで嘘であったかのように。

 

 アルトが一歩前に出た。

 

「皆さん、落ち着いてください。彼女は——」

 

 だが、その言葉を遮るように、一人の老人が叫んだ。

 

「亜人じゃ……亜人の呪いじゃ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ