Code:115 取り戻されたはずの平穏②
赤い光が高速で明滅する。
魔導粒子の反応値が急激に跳ね上がっていく。
その方向は——村の広場。
「これは……!」
クーレリカのDOCも同じ反応を示している。
彼女の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「新たな災魔……それも、かなり大きい反応です!」
二人が振り返るより早く、悲鳴が聞こえてきた。
最初は一人。女性の甲高い叫び声。
次に男性の怒号。そして子供の泣き声。
瞬く間に、恐怖の合唱が夕闇を引き裂いていく。
つい先ほどまでの温かく平和な光景が、一瞬にして恐怖に塗り替えられた。
あの優しかった村人たちが、今は恐怖に怯えている。
「急ぎましょう!」
クーレリカが先に駆け出した。
術式師としての使命感が、彼女を突き動かしている。
アルトも続く。
叫び声を頼りに、全速力で村へと向かう。
村人たちの悲鳴は、次第に大きくなっていく。
舗装されていない道を蹴る音が、規則正しく夜に響く。
アルトとクーレリカはイリオル村の広場へと一心不乱に駆けていた。
災魔が既に出現し、村人に襲い掛かっている。
一刻の猶予もない。
(「私のせいだ」)
風を切って走りながら、クーレリカの意識は別の場所を彷徨っていた。
早鐘のように打ち続ける心臓。
内側で滞留する黒い想念が、底なし沼のように彼女を飲み込もうとする。
(「また、私のせいで——」)
脳裏に浮かぶのは、幼い頃から聞かされてきた言葉の数々。
『呪われた子』『災いを呼ぶ者』『異形の落とし子』——それらの言葉が、走るリズムに合わせて頭の中で反響する。
両親が死んだあの日も、きっと私のせいだった。
異能を持つ者は、災魔を引き寄せる。
学術的にも証明されている、紛れもない事実。
その「呪い」という偏見から逃れたくて、自らの実力でその「呪い」を払拭したくて、術式師の道を選んだ。
しかし、「呪い」の侵食をそう簡単に振り払うことは敵わない。
同じ異能持ちで、実力的にも人間的にも尊敬するセティリアですら、「呪い」に屈して敬愛する師を失ったのだから。
この村で起ころうとしていることも、また同じ。
私がここに来たから——
「クーちゃん先輩」
隣を走るアルトの声に、はっと現実に引き戻される。
「呼吸が乱れています。大丈夫ですか?」
優しい気遣いの言葉。
そんなもの、何の救いにもならない。
「……なんでもありません。気にしないでください」
平静を装いながら、クーレリカは呼吸を整えた。
思っていたことなど、言えるはずもなかった。
アルトも一瞬、何か言いかけたが、結局何も言わずに前を向いた。
村の広場へと続く道に差し掛かると、異様な静寂が二人を包んだ。
先ほどまで聞こえていた虫の音も、風に揺れる木々の葉擦れも、全てが消え失せている。
「これは……」
アルトが速度を落とさずに目を細めた。
広場の入り口、石造りのアーチの向こうに、何かがある。
月光に照らされて、地面に黒い筋が幾つも走っているのが見えた。
二人は慎重に広場へと足を踏み入れる。
そして、その正体を目にした瞬間、アルトの表情が一変した。
(「導力灯の場所で見た痕跡と同じ……」)
爪痕。鋭利な刃物で切り裂かれたような深い溝が、辺り一帯に無数に刻まれている。
(「……巨兵種じゃない。別の災魔か?」)
アルトが短く状況を分析し、クーレリカに振り返る。
「広場に入ります。警戒を」
だが、その言葉が終わる前に、クーレリカの視線は頭上へ向けられていた。
月光を反射してチカチカと光を放つ、金属質の羽。
広場の中央、噴水の周り、建物の軒下——至る所に、異形の虫たちが蠢いていた。
羽が異常に発達した、まるで刃物の塊のような災魔の群れ。
「鉄虫種……? いや、この形状は……」
アルトがDOCを起動させ、解析を開始する。
数秒と経たずに表示された解析結果は予想通り、一般的な小型災魔として知られる鉄虫種だ。
だが、その容貌は異常だった。
転生前の記憶を辿っても、これほど羽が肥大化した個体など見たことがない。
(「仮面の連中の仕業、なのか……?」)
確信はない。あくまで導き出される可能性の一つ。
点と点が繋がりそうで、繋がらない。
だが、今は推測に時間を費やしている場合ではない。
目の前の脅威を排除することが先決だった。
「クーちゃん先輩、まずは——」
振り返った時、アルトは息を呑んだ。
クーレリカの瞳が、燃えるような怒りに染まっていたからだ。
ベレー帽の下から覗く翡翠色の双眸は、まるで親の仇を前にしたかのように鋭く、危険な様相を呈している。
(「私のせいで、村人たちが」)
広場の奥、建物の陰から聞こえる悲鳴。
血の匂いが、夜風に乗って漂ってくる。
その瞬間、理性の糸が切れた。
「許さない……!」
叫びとともに、クーレリカが地を蹴った。
術式翼が一瞬で展開され、翼が彼女の背を包む。
アルトが止める間もなく、彼女は鉄虫種の群れへと突撃していった。
「クーちゃん先輩!」
だが、その声は届かない。
怒りに我を忘れたクーレリカは、まるで嵐のように広場の空へ飛び出した。




