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Code:114 取り戻されたはずの平穏①

 * * *

 

 森を抜ける風が、焼け焦げた臭いを運んでくる。


 アルトは村の北側へと駆けていた。

 クーレリカが交戦に入ったという連絡から、既に十分ほどが経過している。


 大型の災魔(ハザード)相手に一人で戦うのは危険だ。

 アーカイブに登録された相手とは言え、魔導プラントで現れた術式(コード)を使う災魔(ハザード)のようなイレギュラーが起こらないとは言い切れない。 


 だが、森を抜けた先の景色が目に入った瞬間、アルトの足が止まる。


 地面を抉るクレーターのような(くぼ)みに、巨兵種(ティターン)だったものの残骸が横たわっていたからだ。

 全身を貫く無数の風穴から、魔導粒子(マギオン)薄煙(うすけむり)となって立ち昇り、静かに溶けていく。


 戦闘は、もう終わっていた。


「おお、もう一人の術式師(コーディアン)様も来られたか!」


 振り返ると、村人たちが次々と集まってきている。

 老若男女が入り混じり、恐怖から解放された安堵(あんど)の表情を浮かべていた。


 その輪の中心に、エメラルドグリーンのツインテールが揺れている。


「アルトさん!」


 クーレリカが振り返った。

 勝利の高揚で興奮気味なのか、その様子はいつもより五割増しで誇らしげだ。

 

 村人たちの間を抜けるように駆け寄ってきた彼女は、被ったベレー帽こそ少し傾いているものの、外傷らしい傷は見当たらない。


「私、一人で巨兵種(ティターン)を倒したんですよっ!」


 鼻高々に胸を張るクーレリカ。

 その背後では、村人たちが感嘆の声を上げている。


「信じられん……あの恐ろしい怪物を、こんな若いお嬢さんが」


 年老いた男性が腰を抜かしそうな勢いで、呆然(ぼうぜん)と言った。


「本当にありがとうございます!」


 若い母親が幼い子供の手を引きながら、深々と頭を下げた。

 子供は母親の服の(すそ)を掴みながら、キラキラと光る瞳でクーレリカを見上げている。


「お姉ちゃん、すごい!」


 子供の無邪気な賞賛に、クーレリカの表情が(ほころ)ぶ。

 アルトは緊張を解き、小さく息をついた。


「お見事です、クーちゃん先輩。僕の出番はありませんでしたね」


 穏やかな笑みを浮かべながらそう告げる。

 しかし内心では、名状し難い違和感が鎌首をもたげていた。


(「この短時間で、巨兵種ティターンを……?」)


 DOC(ドック)の戦闘ログを素早く確認する。

 遭遇から撃破まで、わずか二分と少し。あまりにも短い撃破時間。

 

 クーレリカの実力が秀でていることはアルトも認めている。

 風と雷の二属性を自在に操る彼女の戦闘能力は、C2ランクという枠を遥かに超えたものであることも事実だ。

 

 だが、巨兵種(ティターン)は決して弱い災魔(ハザード)ではない。

 大型の災魔(ハザード)の中でも耐久力に優れた種であり、その外殻の硬度は並大抵の攻撃では傷を付けることすら至難の業。


 複数の術式師(コーディアン)で集中砲火を浴びせるか、単騎なら極めて破壊力の高い術式(コード)でも使わなければ、これほど短時間での撃破は困難なはずだ。

 

 それこそ、ランクAクラスの実力でも無ければ。

 

 破壊された導力灯周辺の痕跡も合わせて、疑念は尽きない。

 しかし今、この瞬間にそれを口にすることは——


(「……やめておこう。老害じみた考えだ」)


 仮にも転生前はSランクだった自分が、次世代の活躍に水を差すような真似をするなど、みっともないにも程がある。

 アルトは内心の疑念を封じ込めた。


「本当に凄いですね。一人でこれほどの災魔(ハザード)を」


 素直に称賛を送ると、クーレリカの顔がぱっと輝いた。


「ふふん、これが天才の実力です!」


 そこへ、村長トルステンも駆け付けた。

 これまでずっと険しかった表情も、今は感謝と安堵で潤んでいる。


術式師(コーディアン)様、本当に、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるトルステンに続き、村人たちも次々と礼を述べ始めた。


「命の恩人です」

「これで安心して暮らせます」

「ギルドの方々には感謝してもしきれません」


 その温かい眼差しと心からの感謝の言葉に、クーレリカは少し照れくさそうに頬を掻いた。


「当然のことをしたまでですから」


 格好付けてそう言うも、彼女の表情には隠しきれない喜びが見え隠れしている。


「せめてものお礼に、夕食を振る舞わせてください。粗末なものですが、我々の感謝の気持ちです」

「そうですそうです!」


 前に出てきたのは、恰幅の良い中年女性だった。

 手に持った(かご)から漂う香ばしい匂いが、彼女の生業を物語っている。

 

「焼きたてのパンと、畑で採れたばかりの野菜がたくさんありますから」

 

 他の村人たちも次々と頷き、それぞれが何か持ち寄ろうと家へと走っていく。


「子供たちも、お礼が言いたがっています」


 若い母親の言葉通り、子供たちがクーレリカの周りに集まってきた。


「お姉ちゃん、かっこよかった!」

「怪物をやっつけてくれてありがとう!」

「また来てね!」


 純真無垢な子供たちの言葉に、クーレリカの表情が和らぐ。

 まるで本当の姉のように、優しく子供たちの頭を撫でる。


 結局、二人は村の集会所へと案内された。


 集会所は質素だが清潔で、壁には村の歴史を物語る古い写真が飾られている。

 長いテーブルには、村人たちが持ち寄った料理が所狭しと並べられていった。

 

 採れたての野菜を使った煮込み料理、焼きたてのパン、自家製のチーズ、燻製肉、季節の果物、そして村特産の蜂蜜を使った甘味。


「こんなにたくさん……」


 クーレリカが目を丸くする。


「いやいや、命を救っていただいたんです。これくらいは当然ですよ」


 トルステンの言葉に、村人たちが口々に同意する。

 食事が始まると、集会所は温かい雰囲気に包まれた。

 村人たちは到着時とは打って変わって陽気な様子で、代わる代わる二人に話しかける。


「私の息子も術式師(コーディアン)を目指しているんです。あなた方と比べたらまだまだ未熟者ですが、今日のお嬢さんの戦いを見て、きっと憧れるでしょう」

「うちの旦那も術式(コード)なんて使えないくせに、災魔(ハザード)が出たら大斧で追い払ってやると息巻いていたんです。けれど、本当に出てきたら腰が抜けてしまったみたいで。まったく、情けないったらありゃしない」

 

 子供たちの注目は災魔(ハザード)と戦ったクーレリカに向いているようで、彼女を取り囲み戦いの様子を聞きたがっていた。


「どうやって飛んだの?」

「雷はどうやって出すの?」

「怖くはないの?」


 矢継ぎ早の質問に、クーレリカは得意げに答えていく。

 時に身振り手振りを交えながら、子供たちにも分かるように説明する姿は、まるで本当のお姉さんのようだった。


「君たちも頑張れば……きっと、術式師(コーディアン)になれますよ」


 クーレリカの励ましに、子供たちの瞳が輝く。

 本当は、術式師(コーディアン)になるには生まれ持った適性や資質が不可欠だ。

 

 努力だけではどうにもならない、残酷な現実がある。

 それをクーレリカも十分に理解している。

 

 だが今、子供たちの純粋な憧れの眼差しを前にして、そんな現実を突きつける必要があるだろうか。

 クーレリカは優しく微笑(ほほえ)んだまま、先生のように一人一人の質問に丁寧に答え続けた。


 やがて完全に日が沈み、窓から差し込んでいた光が消える。

 トルステンが立ち上がり、ランプに火を灯した。

 

「どうか今夜は、我が村でお休みください。部屋も用意させていただきます」


 心のこもった申し出だった。村人たちも口々に賛同する。


「そうですよ、ゆっくりしていってください」

「明日の朝食も用意しますから」

 

 しかし、クーレリカは申し訳なさそうに首を振った。


「お気持ちは本当に嬉しいのですが、明日も任務がありますので」


 アルトも静かに続ける。


「それに、ギルドの飛行艇を勝手に一晩置いておくわけにもいきませんから。規則違反になってしまいます」


 実際、飛行艇の管理規定は厳格だ。

 無断で放置すれば、始末書では済まない。


「それは……残念です」


 トルステンの表情に、心底からの落胆が浮かぶ。他の村人たちも同様だった。


「でも、お気持ちは十分にいただきました」


 クーレリカが優しく微笑む。


「皆さんの温かいおもてなし、忘れません」


 外に出ると、村人たちが玄関前に集まっていた。

 それぞれが手にした松明の灯りが、温かな光の輪を作り出している。

 

「本当にありがとうございました」

「お元気で」

「また必ず来てくださいね」

「今度はゆっくり泊まっていってください」


 口々にかけられる言葉。握手を求める手。子供たちの「バイバイ」という声。

 全てが、この村の温かさを物語っていた。

 

 二人は何度も振り返りながら、飛行艇の着陸場所へと向かう。

 

 久しぶりに、後味の良い任務だった。

 災魔(ハザード)を倒し、人々を救い、感謝される。術式師(コーディアン)の理想的な仕事の形だ。

 

 そんな感慨(かんがい)(ひた)りかけた、その時だった。


 DOC(ドック)が突如、けたたましい警告音を発する。


 幾重(いくえ)にも重なった違和感の正体が、その(かお)(のぞ)かせるように。

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