Code:113 異変の正体②
アルトの考察を裏切るかのように、現れたのは大型の災魔、巨兵種だった。
(「大型の災魔、それなら、これらの傷跡は……?」)
しかし今は、その謎を解く時間などない。
『今から交戦を開始します! 村への侵入を阻止しないと――』
「分かりました。すぐに向かいます!」
返答を待たずに通信が切れた。クーレリカはもう戦闘に入ったのだろう。
アルトは破壊現場を一瞥すると、北へと駆け出した。
無心で走りながら、胸中に渦巻く疑念を一時的に封じ込める。
今は、クーレリカの援護が最優先だ。
* * *
風を切る音だけが、木々のカーテンの中に響いていた。
術式翼で樹冠すれすれを滑空していたクーレリカは、DOCの警告音と同時に、地響きのような重い足音を感じ取った。
ドスン、ドスン、ドスン――
大地を踏みしめる音が、打ち鳴らされる太鼓のように規則的なリズムを刻みながら近づいてくる。
即座に術式翼を畳み、樹齢数百年は経つであろう大木の陰に身を潜めた。
呼吸を整え、鼓動を鎮めながら、音の方向へと視線を向ける。
枝葉の向こう、木々の隙間から、それは姿を現した。
全高四メートルを優に超える巨躯が、ゆらりと歩を進める。
岩塊を削り出したような灰色の外殻は、木漏れ日を浴びても一切の光沢を見せない。
城門を思わせる太い四肢が地面を踏みしめる度に、震動が大気を伝わり、小石が跳ね上がる。
落ち葉が舞い上がり、小鳥たちが慌てて飛び立っていく。
頭部と腹部にはそれぞれ巨大な口腔が開いており、不規則に並んだ牙が獰猛な殺意を剥き出しにしていた。
まるで、あらゆる生命を喰らい尽くすために生まれた怪物のように。
巨兵種――災魔の中でも特に破壊力に優れた大型種。
クーレリカは素早くDOCを操作し、アルトへの通信を開いた。
遭遇の報告と、これから交戦に入ることを告げる。
(「大丈夫……大丈夫……私は、天才なんだから……!」)
自分に言い聞かせるように心の中で呟き、深呼吸する。
全身の魔導回路に意識を集中させ、体内を巡る魔導粒子の流れを感じ取る。
そして――木陰から一気に飛び出した。
「術式駆動!」
宣言と同時に、全身を巡る魔導回路が唸りを上げて活性化する。
魔導粒子が凄まじい勢いで収束し、背中から巨大な翼が爆発的に展開された。
「――《天霊の鳳翼》!」
爆風の翼は一度の羽ばたきで大気を打ち、彼女の体は弾丸のように宙へと撃ち出された。
遅れて巨兵種が侵入者の存在に気づく。
金属を引き裂くような咆哮が森に響き渡った。
それは生物の声というより、壊れた機械が発する不協和音に近い。
巨大な腕が振り上げられ、空中のクーレリカを叩き落とそうとする。
唸りを上げて振り下ろされた剛腕。
その一撃は、直撃すれば術式師であろうと跡形もなく消し飛ばす破壊力を秘めていた。
しかし、クーレリカは身体を翻し、紙一重で回避する。
巨腕の一撃は空を切り、その風圧だけが彼女の髪を嵐のように乱した。
そのまま優雅な弧を描いて旋回し、一瞬で巨兵種の背後へと回り込む。
「隙だらけです!」
両手をから風属性の術式矢を瞬時に生成する。
渦を巻く旋風の矢が次々と形成され、まるで流星群のように巨兵種へと降り注いだ。
外殻に着弾する度に小規模な爆発が起こり、破片が飛び散る。
しかし巨兵種の装甲は想像以上に堅牢だった。
表面に無数の傷は刻まれるものの、致命傷には及ばない。
(「硬い……なら、火力を集中して一気に外殻を破壊すれば……!」)
クーレリカの飛翔は、まさに一陣の風だった。
木々の間を縫うように飛び、時に地面すれすれを滑空し、時に天高く舞い上がる。
複雑な三次元機動は、鈍重な巨兵種には到底追いつけない。
巨体が振り向く頃には既に背後に回り込み、腕を振り上げる前に側面へと、その合間にも無数の術式矢が撃ち込まれていく。
しばしの攻防の後、怒りに駆られた巨兵種が、近くに生えていた樹齢百年は超えるであろう大木を引き抜いた。
根こそぎ抜かれた巨木が、凶器となって空中へと投擲される。
だが、クーレリカは華麗なバレルロールで巨木を回避しながら、さらに攻撃の手を加速させていく。
風の矢が巨兵種の関節部を狙い、続けて放たれた雷の矢が外殻の亀裂を穿つ。
一撃一撃は小さくとも、確実にダメージは蓄積されていく。
やがて巨兵種の動きに、明らかな鈍りが見え始めた。
(「今だ!」)
クーレリカは一気に高度を上げた。巨兵種を真下に見下ろす位置で静止し、両手を胸前で組む。
周囲の大気が震え始めた。
膨大な魔導粒子が、彼女を中心に渦を巻きながら収束していく。
風が凝縮されて大気を揺らし、雷鳴が森全体を震撼させる。
まるで自然そのものが、これから起こる天変地異を予感しているかのようだった。
直後、彼女の全身から凄まじい力の奔流が溢れ出す。
風と雷が完璧な調和を保ちながら融合し、一本の巨大な光芒へと形を成していく。
それは神話に登場する女神の弓矢を思わせる、荘厳にして苛烈な輝きを放っていた。
「終わりです――」
深く息を吸い込む。標的を定める。
風と雷が螺旋を描きながら、さらなる力を蓄えていく。
空気中の魔導粒子が共鳴し、まるで天空全体が一つの巨大な術式と化したかのような錯覚すら覚える。
「突き抜けろ――《絶閃の霹靂》!」
衝撃音が、森を引き裂いた。




