Code:112 異変の正体①
ここで、ヴァラムが言っていたことを思い出す。
彼の解析によれば、仮面の集団が現れた場所は例外なく太い地脈の上だった。
(「地脈——地中を巡る魔導粒子の通り道」)
通常、地脈の存在が術式に与える影響は微々たるものだ。
せいぜい、術式の構築がほんの少しだけ容易になる程度。
だが、奴らはそこに固執している。
(「なぜだ? 地脈に何の意味がある?」)
もう一つの鍵を握るのは謎の呪術的模様。
仮面の集団が現れた場所に必ず残されるという、不可解な図形。
既存の魔導陣とは全く異なる、未知の術式体系。
(「もしかすると、地脈と呪術的模様を組み合わせることで、何か特殊な現象を引き起こせるのかもしれない」)
例えば——人工的に顕現門を開くような。
アルトは立ち止まり、DOCで周囲の魔導粒子濃度を精密に測定した。
数値は平均値の約1.7倍。この地にも、それなりの太さの地脈が通っているということだ。
(「条件は合致している」)
『アルトさん、何か見つけましたか?』
「いえ、まだ何も」
答えながら、アルトは再び歩き始めた。
夕闇が徐々に森を侵食し始め、木々の影が生き物のように不気味に揺らいでいる。
仮面の集団——《黒い鉤爪》の残党は、これまで巧妙に正体を隠しながら暗躍してきた。
アルトたちが、彼らの存在に気づいたのはいつも事件が起きてからだった。
(「今回も同じパターンなら——」)
アルトの思考が、ある恐ろしい可能性に辿り着く。
(「既にこの村へ、奴らの手が伸びているかもしれない。警戒しておくべきだな」)
その時、DOCから再びクーレリカの声が響いた。
『アルトさん、村の東側も異常なしです。そちらは?』
「こちらも、今のところは」
『本当に、気をつけてくださいね。何か嫌な予感がするんです』
「分かっています。クーちゃん先輩も、油断しないでください」
『もちろんです。私は天才ですから』
通信を切ると、アルトは歩調を早めた。導力灯の破壊現場まで、もう少しだ。
数分後、アルトは導力灯の破壊現場へ足を踏み入れた。
村人たちが復旧させた新しい導力灯は、眩い蛍光を規則正しく放っている。
光は周囲の草木に反射し、作り出されるのは幻想的な光景。
しかし、すぐ傍らに散らばる旧導力灯の残骸が、破壊の惨劇を生々しく物語っている。
あちこちに転がるのは、飴細工のように捩じ曲げられた金属支柱。
かつて魔導粒子を拡散させていた球体状のパーツは、見るも無残に砕け散っている。
(「目撃者の話では、大きな影、だったな。まずは大型の災魔が暴れた前提で痕跡を調べてみるか」)
アルトは慎重に歩を進めながら、現場に残された痕跡を観察していく。
最初に目についたのは、地面に刻まれた傷跡だった。
膝をつき、その深さと形状を指先で確かめる。
(「……妙だな」)
傷跡は確かに深い。
しかし、その幅が予想よりもずっと細い。
深さは十センチほどあるが、幅は指一本分程度しかない。
まるで巨大な刃物で切りつけたような、鋭利な傷跡だった。
(「大型の災魔の爪痕にしては細すぎる。奴らに、そんな器用に傷を付ける能力はない」)
殆どの大型個体ならば、暴れた後に残る傷跡はもっと広範囲で荒々しいはずだ。
重量のある巨体が地面を引っ掻けば、土は押し潰されながら抉られる。
しかし、この傷跡はまるで鋭い刃で切り裂いたように綺麗な断面を持っていた。
次に、破壊された導力灯の残骸を観察する。
支柱は確かに捻じ切られているが、その破壊の仕方に違和感を覚えた。
(「切断面が小さくピンポイントだ。無造作に破壊した痕跡、ではないな」)
金属の断面を詳しく見ると、引き千切られたというより刃物で切断されたような跡がある。
大型の災魔の中には刃物状の腕や尖った突起を持つ個体はいるが、それで裁断したのなら、破断面はもっと不規則になるはずだ。
周囲の木々の被害状況も奇妙だった。
確かに何本もの木が倒れているが、その切り口を見ると――
(「これも切断されている。しかも、かなり鋭利な何かで」)
太い幹がまるで巨大なカッターで切られたかのように、斜めに切断されていた。
断面は滑らかで、木の繊維が押し潰された形跡がない。
純粋な力で薙ぎ倒されたのではなく、何か鋭利なもので切り裂かれたのだ。
アルトは立ち上がり、破壊現場全体を見渡した。
そして、破壊の中心から少しずつ離れていく。
(「破壊範囲が狭すぎる」)
導力灯を中心とした半径五メートルほどの範囲だけが破壊され、その外側は無傷だった。
大型の災魔が暴れれば、もっと広範囲に被害が及ぶはずだ。
アルトは範囲内に転がった導力灯の破片の一つを拾い上げ、詳しく観察した。
そこにも、鋭利な切断面が見られた。
(「破片まで鋭く切断されているということは……」)
転生前の記憶を辿る。
元Sランク術式師として様々な災魔と戦ってきた経験から、この破壊パターンに似たものを思い出そうとする。
(「鋭利な切断面、狭い破壊範囲……これは大型の災魔とは考えにくい」)
そこまで考えて、アルトはある可能性に思い至った。
(「もし、村人が見た『大きな影』と、実際に導力灯を破壊した存在が別物だとしたら?」)
目撃者が霧の中で見た巨大な影。
しかし実際の破壊痕跡は、大型の災魔のものとは異なる。
つまり――
(「影の主とは別に、もっと小型で鋭利な攻撃手段を持つ何かが、実際の破壊を行った可能性がある」)
それが小型の災魔なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
しかし、この破壊現場が示すのは、目撃証言とその実態が一致しない、不可解な状況だった。
(「もう少し詳しく調べれば――」)
その時、DOCから着信音が響いた。
『アルトさん!』
クーレリカの声が響く。
緊張と興奮が入り混じった声音で。
『村の北側で災魔と遭遇しました! 大型です、身長四メートル超――解析結果は巨兵種と判明!』




