Code:109 イリオル村へ②
* * *
アルトとクーレリカが向かった先は、ギルド本館の屋上だった。
扉を開けた途端、強い風が二人の髪を激しく揺らす。
眼下には午後の陽射しを受けて煌めく都市の景観が広がり、遠くにはルーネスハーベンの象徴的な尖塔群が天を貫くように聳え立っていた。
屋上の中央には、流線型の美しいフォルムを持つ飛行艇が鎮座している。
銀白色の機体表面には複雑な紋様が刻まれ、時折虹色の光を反射させていた。
クーレリカが飛行艇に近づくと、その足取りが少しだけ硬くなる。
何度か深呼吸をして、肩の力を抜こうとしているようだった。
「どうしたんですか、クーちゃん先輩?」
アルトが声をかけると、クーレリカは肩をびくりと震わせた。
「へ、平気です! 全然緊張なんてしてません!」
慌てて取り繕いながら、胸を張って見せる。
「こほん、これがギルド専用の飛行艇です。アルトさんは初めてですよね?」
胸を張って説明を始めようとする彼女の姿に、アルトは黙って見守った。
転生前、アルスフリートとして飛行艇の搭乗回数は数えきれない。
多少なりとも型番が違えど、その操作系統も隠された機能さえも熟知している。
だが今は、知らないふりをすることにした。
「はい、初めてです。クーちゃん先輩は何度も?」
「ふふん、私は過去に五回も搭乗経験がありますから!」
得意げに指を開いて見せるクーレリカ。
その様子がどこか微笑ましく、アルトは素直に頷いてみせる。
「それは頼もしいです。色々教えてください」
「任せてください! まず、この飛行艇はですね——」
クーレリカは機体の周りを歩き始めた。
機体表面の紋様を指し示しながら、熱心に解説を続ける。
「この模様が、魔導技術を用いたステルス迷彩システムなんです。災魔の魔導粒子探知能力を欺くことで、空中でも認識されません」
表情を引き締めたまま、言葉を重ねる。
「災魔に認識される乗り物は、この世界では法律で飛行が禁止されているんです。簡単に撃墜されてしまいますからね。だから、登録されたこういう特殊な飛行艇だけが、唯一空を飛ぶことを許可されているんですよ」
「なるほど、そうだったんですね」
アルトは感心したように相槌を打つ。
別に知らないことでもないが、素直に聞き役に徹した。
「ただし、完全な迷彩を維持するために、飛行速度はそれほど速くありません。まあ、地上を走る車と比べたら早いですけど」
「へぇ、そうなんですか」
相槌を打ちながら話に聞き入るアルトの様子に気を良くしたのか、クーレリカはさらに饒舌になっていく。
「内部はもっとすごいんですよ! 基本的には完全自動操縦システムで、目的地を入力するだけで最適ルートを算出してくれます」
そう言いながら、タラップから機内へと足を踏み入れる。アルトもその後に続いた。
機内は思いのほか広く、左右に並ぶ座席は柔らかな革張りで、長時間の移動でも疲れにくい設計になっている。
天井には照明が埋め込まれ、まるで高級ホテルのラウンジのような落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「ここが操縦席です」
クーレリカが最前部を指差す。
そこには複雑な計器類と、空中に浮かぶホログラムディスプレイが整然と配置されていた。
「基本は自動操縦ですが、搭乗メンバーの最低一人は手動操縦の訓練を受けている必要があるんです。私は既に免許を取得済みですから」
そう言いながらも、クーレリカの指先は無意識にスカートの裾を握っていた。
「手動操縦の経験は豊富なんですか?」
「そ、それは……訓練では何度も操縦しましたけど、実際の任務では……」
言葉を濁すクーレリカ。
これまでは経験豊富な他のメンバーと一緒だったため、自分が操縦する必要はなかった。
しかし今回は、もし何かあれば自分が操縦しなければならない。
その責任の重さに、肩がカチカチに強張る。
「でも、問題ありません! 訓練の成績は優秀でしたから!」
強がりを言いながら、操縦席に座ってみせる。
小さな体が大きな座席に沈み込んでいる様は、どれだけ背伸びしても隠せない年相応の幼さを際立たせていた。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか」
クーレリカが端末を操作すると、機体全体が重低音を上げ始める。
エンジンが起動し、機体を包む紋様が次々と輝き始めた。
『目的地:イリオル村。推定飛行時間:五十分。天候:良好。自動操縦システム、起動します』
機械音声のアナウンスと共に、ゆっくりと浮上を始める飛行艇。
重力から解放される独特の浮遊感に、クーレリカは思わず座席の肘掛けを握りしめる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! 何度も乗ってますから!」
強がりを言いながらも、離陸の瞬間の緊張は隠せない様子だった。
飛行艇が安定した高度に達すると、クーレリカは急に背筋を伸ばした。
操縦席に座り直し、計器類を確認するような仕草をしてから、高らかな声で宣言する。
「視界良好、発進しますっ!」
まるで本物のパイロットのように格好をつける姿に、アルトは思わず吹き出しそうになった。
それを堪えながら、愛想よく応じる。
「了解です、クーちゃん機長!」
「き、機長!?」
予想外の呼び方に、クーレリカの目がきらきらと輝き始めた。
一瞬驚いた表情から、徐々に誇らしげな笑みへと変わっていく。
「そ、そうですよね! 今日は私がリーダーですもんね!」
急に調子に乗り始めたクーレリカは、操縦席で偉そうに腕を組んでみせる。
「えへん! 機長の指示には絶対服従ですよっ!」
「はは、分かりました。クーちゃん機長の命令とあらば」
アルトは苦笑しながらも、優しい兄のような口調で応じる。
「でもクーちゃん機長、離陸が終わるまでシートベルトはちゃんと締めた方がいいですよ」
「あっ、そうですね……って、今はそういうのはいいんですってばぁ!」
二人の軽快なやり取りが機内に響く中、飛行艇は滑らかに旋回し、目的地へ向けて加速を始めた。
* * *
その頃、黒い霧に包まれた空間では——
「奴らの次の実験場所は——」
ジェイミーが劇的な間を置いてから、ゆっくりと告げる。
「イリオル村よ」
イリオル村——つい先ほど、アルトとクーレリカが向かったばかりの、その村の名前だった。




