Code:108 イリオル村へ①
* * *
一方その頃。
アルトとクーレリカは、ギルド本館の受付カウンターへ向かっていた。
「訓練に付き合ってくれてありがとうございます。流石はクーちゃん先輩、見事な術式制御の腕前でした」
歩きながらアルトがそう言うと、クーレリカの頬が微かに上気した。
「あ、あれくらい普通です。基礎中の基礎ですから」
早口で返すその声に、隠しきれない喜びの感情が浮かぶ。
普段は年相応以上に背伸びをしている少女だが、褒められると途端に素が出る。
その落差を見るたび、アルトはつい口元が緩んだ。
受付カウンターが見えてきた頃、いつもの位置にマリーの姿があった。
「アルトくん、クーレリカちゃん!」
マリーは二人を見つけると、大きく手を振る。
しかし、その顔にはいつもの人懐っこい笑顔と少し違う、どこか真剣味を帯びた表情が混じっていた。
「任務を受けに来たんだよね?」
「はい、そろそろ更新時間でしたから」
クーレリカが胸を張って答える。
ギルドの災魔討伐任務リストは基本的に、一日に四回更新される。
早朝、午前、午後、そして深夜。今はちょうど、三度目の更新が行われる時間帯だった。
「実は、お願いしたい任務があるんだけど……」
マリーが素早く端末を操作すると、空中にホログラムが展開された。
映し出されたのは、ルーネスハーベン郊外の広域地図。
その一角で、赤いマーカーが不吉に明滅している。
「イリオル村って知ってる?」
「確か、ルーネスハーベン郊外の、田舎の村ですよね」
クーレリカがピンと来ていない様子だったので、アルトが代わりに答えた。
幸い、転生前の記憶に、その村の名はかろうじて残っている。
ルーネスハーベンから見て北東、現在地からは約百キロメートル。
深い森に囲まれた、人口数百人ほどの小さな集落だ。
「そう、そのイリオル村から、緊急の通報があったの」
マリーの表情が少しだけ深刻になる。
指先が空中のデータを操作し、現地の映像が展開された。
映っていたのは、原形を留めない導力灯の残骸だった。
金属の支柱は飴細工のようにねじ曲がり、魔導粒子を拡散させるはずの球体は粉々に砕けている。
力任せに——というより、悪意を込めて破壊したような有様だ。
「これは、導力灯……?」
「酷い壊され方です……」
導力灯は、小さな集落を災魔の脅威から守る生命線だ。
それを失った村は、徘徊する天敵に対して裸同然で晒されることになる。
クーレリカの顔から血の気が引いたのが分かった。
村の人々が今この瞬間も怯えているのだと想像すれば、当然の反応だろう。
「それだけじゃないの」
マリーはさらに画像を拡大した。
そこには、破壊された導力灯の周囲に残された不気味な痕跡が映し出されている。
地面には巨大な爪痕のような溝が深く刻まれ、周囲の木々は根元から折れ曲がっていた。
まるで、何か巨大な存在が暴れ回った跡のように。
「災魔の痕跡、でしょうか」
「うん、その可能性が高いかな。しかも、痕跡の大きさを考えると、おそらくは大型の災魔……」
アルトの眉が微かに動いた。
ホログラムに映る爪痕を見つめる瞳に、一瞬だけ鋭い光が走る。
転生前の経験が、ただの偶然ではないと囁いていた。
「実はね」
マリーが声を潜めた。
周囲に人がいないことを確かめてから、続ける。
「この任務、ジュリアナ司令官から直々に、二人に依頼してはどうかって提案があったの」
「司令官が?」
マリーの浮かない顔とは対照的に、クーレリカの目がきらりと輝いた。
ジュリアナからの指名——それは実力を認められた証に他ならない。
「正直、私は少し不安なんだ。災魔の正体が分かっていないし、大型っていうことは想像以上に強力な個体が現れる可能性もある。本来なら、こういう任務はBランクの術式師に任せることが多いから」
数えきれないほどの任務を捌いてきた受付嬢の勘が、警鐘を鳴らしているのだろう。
カウンターに両手をついて身を乗り出したマリーの目は、冗談の余地がないほど真剣だった。
「それでも、受ける?」
「はい!」
「勿論ですっ!」
間髪入れない即答。
マリーは目を丸くし、「この子たち……」と言いかけて額に手を当てた。
とはいえ、受付嬢が若き術式師たちの意欲を削ぐわけにもいかない。
「分かった。でも、本当に気をつけてね。危険だと感じたら、すぐに撤退するんだよ」
マリーは端末に向き直ると、任務受注の手続きを進め始めた。
「イリオル村までは、通常の交通機関を使うと半日はかかっちゃう。転位ポータルも範囲外だし……でも、村人に被害が及ぶ可能性があるから、迅速に現場に向かわないと」
「それじゃあ……」
「飛行艇、使おっか」
彼女の指が画面の上を滑り、申請フォームが次々と埋まっていく。
「ギルドで所有している専用の飛行艇なら、一時間もかからずに到着できるはず。ちょうど待機中の機体があるから、すぐに準備してもらうね」




