第八十一夜 潔癖症
俺は、妻の作ったサラダが食べられない。妻がタオル掛けにかけたタオルが触れない。
俺はいつからこんなに潔癖になったのだろう?
高校生の時は大便をした後に手を石鹸で洗わなくても平気な人間だったのに‥‥。
「康介、仕事に行く時間じゃないの?」
「‥‥いや、今日は直接会議に行くからまだいいんだ。」
「ふーん‥。」
「紀子は何か用事があるなら、先に出てって良いよ。俺が戸締り見ておくよ。」
「ううん、良いの。大した用事じゃないから。」
妻はそう言って、携帯電話をいじりながら寝室へ入っていった。
「‥‥紀子、俺やっぱり今から家出るよ。会社で資料作ってから会議会場へ行くんだった。」
「‥分かった、行ってらっしやい。」
俺は寝室で、誰かとLINEのやり取りをし続けてる妻に声をかけて、家を出た。そして、コンビニでコーヒーとサンドイッチを買い、レンタカーを借りて、自宅マンションの入り口が見える公園に車を停めた。
待つ事20分。妻がサングラスをかけて出てきた。マンションから少し歩いたところに黒い車が来ると、妻が迷わずその車に乗りこんだ。そして車は隣の市の方角へ走って行った。
俺もあとを追った。辿り着いたのはラブホテルだった。車から降りる二人の姿をスマホのカメラで撮った。
三時間後、二人がホテルから出てきた。二人はまた黒い車に乗り込むと、回転寿司屋へ入っていった。
俺は店内の二人の様子が見える位置に車を停めて、スマホをカメラモードにして構えた。
相手の顔にズームすると、その顔には見覚えがあった。
同じマンションの住人だった。住人同士でのイベントで見た事がある顔だった。
‥良い男だな。結婚指輪をしてるところを見ると、男も既婚者らしかった。
ここでの写真を何枚か撮ると、俺は家に帰った。
リビングのテーブルにプリントした写真と、離婚届を用意して待つ事二時間。
妻が帰って来た。
「‥あれ、康介仕事は?」
「休みだよ。会議は嘘なんだ。」
「‥は?」
妻は俺の目線の先にある写真や離婚届を見ると、その場に座りこんでしまった。
「‥私のあとをつけてたの?」
「‥朝からずっとな。」
「‥‥浮気したってだけで別れるって言うの?」
「俺は、他の男と浮気するような女を養うために働いてるんじゃない。」
「‥酷い。」
「‥俺がこの家を出るから。このマンションはお前にやるよ。」
「‥私、あなたの子供を妊娠してるのよ。」
「‥へぇ〜、俺半年ぐらい妊娠するような事してないけど?」
「したよ。」
「‥お前にバレないように、途中でやめてたから。」
「‥酷い!だからいつまでたっても妊娠出来なかったのね!」
「でも、妊娠出来て良かったじゃん。‥他の男の子供だけどね。」
「‥!」
妻とはその後すぐに離婚が成立した。俺はマンションを出て行って、古いアパートに住んだ。一人暮らしには丁度いい狭さだった。
‥もし俺が浮気の現場をおさえて証拠を出さなかったら、妻は俺の子だと言って平気で他人の子を出産して俺に育てさせようとしたのだろうか。
妻は俺に不満があったから、不倫をしたのだろうか?
妻のお腹の子には罪はないが、俺だって何の義理もない他人の子を育てるほどお人好しではないのだ。
俺は、仕事から帰るとシャワーを浴びて、二日以上洗ってないバスタオルで体を拭いた。
枕カバーもシーツも、ここに来てからずっと二週間以上替えてないが、平気だった。
いつの間にか俺の潔癖症は治っていた。




