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令和百物語  作者: みるみる
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第八夜 風の強い日


秋から冬へと季節が移り変わる頃、父が入院した。


脳梗塞をおこして半身麻痺状態の父を、デイサービスの看護師さんが不審に思い、僕に病院へ連れて行くように連絡をくれたのだ。


急いで父をデイサービスへ迎えに行き、そのまま救急外来へ駆け込み、父を病院のベッドで寝かせた状態で待つ事数時間。やっと入院手続きが済み、家へ帰宅したのは夜中の一時だった。


僕は急いでシャワーを浴びて布団へ入った。


眠れない。神経が昂ってるのか、なかなか眠れない。眠らなければ、と思えば思うほど眠れない。


「親父が脳梗塞かぁ。」


父には本当に世話をかけてばっかりだったから、大分これまでに無理をさせてしまっていたんだろう。


父は、今まで男手一つで僕をここまでしっかり育ててくれた。僕が小学校へ入る前に母は亡くなっていたので、入学式の準備や遠足や運動会のお弁当等色々大変な事が、数えきれないぐらいあっただろう。


あの頃僕は、夜遅く帰る父の為にご飯を作る事もなく、お風呂掃除をするでもなく、毎日ゲームをやったり、友達と遅くまで遊んでいた。


父は、それでも僕に家事をするように叱った事はなかった。仕事から帰ると、全ての家事を当たり前のようにこなしていた。


僕は、大学を卒業すると、父と同じ警備会社に派遣で就職した。父にはせっかく大学を出してやったのに、とがっかりされた。


けど、僕は満足だった。父と現場が同じ日は一緒に通勤して、僕が早い日は、先に帰って食事を作って父を待った。


働きだしてしばらくすると、早く嫁さんを見つけてくれ、と父はやたらと言ってくるようになった。


「和則、父さんが死んだらお前はひとりぼっちになっちゃうんだぞ。早く嫁さんをもらって家族を作れ。」


「親父、もう子供じゃないんだから、いつでも一人でも生きていけるって。それに、働きだしたから結婚て‥‥まだ早いよ。」


こんなやり取りを何度しただろう。



脳梗塞かぁ‥‥今回ので、もう二度目の脳梗塞だった。


一度目の脳梗塞は職場で僕が最初に気付いた。呂律のまわらない父を見て、おかしいと思いすぐに病院へ行った。長い入院となった。


退院後、父は足腰が弱くなり、少しだけ認知能力も下がった。仕事はやめさせ、地域のケアマネージャーさんと相談して週に二回デイサービスへ行く事にしていた。


デイサービスから帰ってくると、仕事を終えた僕とビールで乾杯した。父のコップは、介護用の大きいカップだったので、


「ビールはやっぱり冷えたグラスで飲みたいなぁ。」


と父はよく言っていた。今度父が退院したら、グラスでビールを飲ませてあげよう。


そう思っていると、敷布団と箪笥の隙間に、水色の作業着と青いスラックスをはいた男の姿があった。


びっくりして、起き上がると消えていた。


バチバチバチ、パンッ。


何かが割れたような音がした。


ああ、またいつもの音か。それに見知らぬ人物が時折家の中に立っている事はよくあった。


そういえば、父と線路の見張りをやっていた時に頻繁に人身事故があったが、その度に父は何かを家に連れ帰ってきてたなぁ。


父が寝る時に、僕の部屋の前を通ると決まって、僕のお腹の上に何かが乗っかってきた。びっくりして飛び起きると大抵はいなくなっていたが‥‥。


もう、本当に毎回怖いので、父が線路の見張りに立つ日は毎回父に塩をまいていた。


そんな事を思い出していると、外の風がさらに強くなってビュービューと激しく風音を鳴らしていた。


カラカラカラカラ、カラカラカラカラ、


風にまった枯れ葉の音にしては、大きな音が聞こえた。いや、枯れ葉じゃなくて下駄の音?


普段から父と僕が寝てる二間続きの和室の外、コンクリート敷きの上を、誰かが下駄らしきものを履いて走っていた。


でもこんな夜中に、しかも強風のなかを誰が走っているだろうか?


カラカラカラカラ、カラ、ピタッ。


足音が止まった。いつも父が寝てる部屋の前でピタッと音が止まった。


カラカラカラカラ、ピタッ。


だが、父がいなかったからだろうか、足音はまた進み始めた。そして止まった。僕の部屋の前で。


バレたか?僕がこの部屋にいるのが分かったのか?そう思っていると、


「わぁ!」


何かが飛び乗ってきた。匂いもない、熱くも冷たくもない、グシャグシャの何かが!


びっくりして飛び起きた。まだ心臓がドキドキしていた。目を閉じていたので、姿が見えなかったのが幸いだ。きっと飛び乗ってきたそいつは、恐ろしい姿をしていたに違いない。


ふと、時計を見た。二時半。


リリリリリーン、リリリリリーン、ブチッ。


家の電話がなって、すぐに切れた。


僕は怖くて和室で寝るのを諦めて、台所へ毛布を持ち込み、電気やテレビをつけた状態で寝ようと試みた。しばらくしてウトウトし始めた頃、ふと、父の気配を感じた。


リリリリリーン、リリリリリーン、リリリリリーン、リリリ‥‥


「はい。あっ、そうですか。すぐに行きます。」


電話は、病院からだった。父の血圧が急低下した為、ご家族にすぐきて欲しいとの事だった。


病院へ着くと、父はなんとか持ち返していた。嫌な予感が外れてほっとした。


「脳梗塞は、繰り返すほど症状は重くなりますので、気を付けて下さいね。一応、血液をサラサラにする薬を出しておきます。」


医師はそう言って、病室を出て行った。


長い時間眠っていた父が目を覚ました。


「和則、俺は家にいたんじゃないのか、ここは?」


「デイサービスから病院へ来て、そのまま入院しただろ。覚えてないの?」


「家へ帰って、ふらふらしてると、台所に和則がいたから、俺もそこへ行ったんだけど。お前が車で出ていくから、追いかけようとしたら、ここにおった。」


「親父、家に帰ってきてたのか!どうりで‥‥。親父、俺を追いかけてきて正解だったな。」


「なんの事か分からん。なんの話だ。」


「あっ、いいや。こっちの話。なんでもない。」



あの時、布団のそばにいたのは父かもしれない。父がいつものように、得体のしれない何かを今回は病院から連れ帰ってきたのだ。


台所で感じた気配も父で間違いない。


父は生死を彷徨いながら、我が家へ来て、僕についてきて病院へ行ったから、意識が戻った。


そんな気がした。



「親父、帰ったら冷えたグラスでビールな。持てなかったら手伝ってやるから。」


「おい、先生に聞こえるから、黙っとってくれ。」


「あっ、でも親父、家に入る前に親父に塩振らせてな。」




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