第四十夜 水
八月のとある週末に家族を連れて遊園地へやって来た。息子の幹太も久しぶりのお出かけに喜んでいた。子供達が裸足で遊んでいる水路があった。幹太もサンダルを脱いで水遊びに夢中になっていた。
「幹太、凄いはしゃいでるね。」
「ああ、連れて来て良かったよ。」
ここ何ヶ月かは、週末も仕事が入る事が多かったので、なかなか幹太を遊びに連れてってやれなかったのだ。だから今日は思いきり遊ばせてやるつもりだった。
「咲子、ごめん吐きそうだ。屋内のベンチで横になってくる。幹太を頼む。」
俺は慣れない外の暑さにやられて、突然目眩と吐き気と頭痛に襲われた。
「パパ大丈夫?ママ、僕もパパについてる。」
「幹太、ごめ‥‥。」
幹太に謝ろうとした途端、目の前が歪んで体の血の気がひいてきた。
どうやって来たのか覚えてないが、気がつくと俺は屋内施設の通路の長イスで横になっていた。
妻の手渡してくれたスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「咲子、ごめん。もう1本飲みたい。」
「分かった。幹太、パパに付いててあげて。」
「うん。」
幹太が遊園地のパンフレットを一生懸命に仰いで、俺の顔に風を送っていた。
屋内の涼しいエアコンの風を感じながら、ゆっくりと体を起こした。
「はい。」
咲子からスポーツドリンクを受け取り、すぐに飲んだ。
「はぁ。大分落ち着いた。ごめんな。熱中症かな。もう大丈夫。」
俺たちはそのまま屋内施設で食事をしてから帰った。
その晩だった。
うう、うー、うう、
「パパ、大丈夫?エアコンの温度下げる?」
「咲子、水、水が欲しい。」
「分かった。」
咲子が急いで水をコップに注いで持ってきてくれた。
「おかわり。」
ゴクゴク、
「‥ごめん。自分で飲みに行く。」
俺は飲んでも飲んでも満たされない喉の渇きに恐怖を覚えた。昼間の熱中症の名残なのか?
「パパ、水は一気に飲み過ぎると水中毒おこすわよ。」
咲子はそう言って、俺をまた寝室へ連れて行った。
俺は再び眠ろうとするが、喉の渇きと目眩でなかなか寝付けなかった。すると、急に体が強張ってきた。これが水中毒の症状なのか?
隣に眠る咲子を呼ぼうとしたが、体がピーンと張り、口も動かなかった。
これは‥何だかおかしい。俺の体は一体どうしたんだ?携帯電話で救急車を呼びたくても手が動かない。
うっすら開いた目から、寝室にいる大勢の人影が見えた。俺は心の中で悲鳴を上げた。
怖い!怖い!
「パパ?」
咲子が目を覚まし、俺を読んだ途端にたくさんの人影は消えた。
俺の体の強張りはなくなり、普通に喋って歩けるようになった。
俺は歩いて、水道の水をコップに注ぎ、先程の大勢の人影を供養する気持ちで、ゆっくりと飲んだ。
寝室にあらわれた大勢の人影は、体中が焼け爛れており、耳には聞こえなかったがしきりに熱さと喉の渇きを訴えていたような気がしたのだ。
コップ一杯の水をゆっくりと飲んだ後、俺の喉の渇きはなくなり、今度こそ寝付けそうな気がした。
八月六日の夜の事だった。




