第三十七夜 紙コップの中
朝9時42分、幼稚園の送迎バスが来ます。
「おはようございます。」
「おはよう、晴子ちゃん。その紙コップは何?」
先生に紙コップの事をきかれてしまいました。晴子が紙コップの口を手でしっかり塞いで持っていたので、中に虫でも入っているのかと思われたようです。
「中に小人がいるの。幼稚園で皆んなや先生に見せてあげるの。」
予想外の返答に少し困りながらも先生は、紙コップは幼稚園へ持っていけないからお家に置いていこうね、と晴子に言いました。
「お母さん、この紙コップに赤い小人がいるから、絶対に逃さないでね。この子悪さをするから。」
晴子は私にそう言い聞かせながら、紙コップを渡しバスに乗って行きました。
私は子供の想像力は凄いなぁと感心しながらも、紙コップはリビングのテーブルの上に普通に置いておきました。
3時57分、幼稚園バスが来ます。
バスから降りて来てすぐに、晴子は紙コップの事を私に尋ねました。
「ちゃんとリビングのテーブルにおいてあるよ。」
「ちゃんと蓋してある?」
「ううん、息が苦しくなるだろうから普通に置いただけだよ。蓋はしてないよ。」
「駄目じゃん!逃がさないでってちゃんと言ったじゃん。」
晴子に責められて困っていると、先生が私に言いました。
「この位のお子さんには、良くある事なんですよ。大人には見えなくても、子供にとっては本当に見えているみたいですよ。」
先生の言う通り、確かに晴子がふざけて嘘をついてるようには見えなかったので、私も晴子に話を合わせて、きちんと謝りました。
夜になりました。晴子に着替えと歯磨きをしてもらい、私も明日の準備をしていました。
「お母さん、紙コップは?」
「えっ、何で?」
「また小人が出たの。大人の姿で廊下を歩いてたのに、仏間に入ってどんどん小さくなってったの。今仏壇と壁の間にいるから、早くしないと逃げちゃうから!今はまだ赤くないから、捕まえるチャンスなの!」
晴子はそう言って、私から紙コップを受け取ると仏間へ入って行きました。そして、紙コップの口を塞ぎながら両手で持って、仏間から出てきました。
「お母さん、これを外へ捨てたいの。窓開けていい?」
「いいよ。」
私が窓を開けてあげると、晴子が紙コップを振って中身を窓から捨てていました。
「今何か捨てた?」
「だから、廊下を歩いてた女の人の小人だって言ったじゃん。」
「何かへんな埃みたいなのが紙コップから出てきてたよ。窓からゴミを捨てるの良くないよ。」
「ゴミじゃないよ!小人だって。信じてよ。」
そう言って晴子は泣いてしまいました。私は正直どこまで晴子の話に合わせればいいのか分からなくなっていました。
このまま晴子の嘘に話を合わせていたら、晴子が虚言癖になってしまうのでは?と心配になってきました。
「この紙コップね、中で小人が暴れたから、デコボコだよ。」
晴子はそう言って、私にデコボコに変形した紙コップを渡すと、自分のベッドへ行きました。
晴子から受け取った紙コップを見ると、確かに内側から小さい何かで細かく叩いたり押したりしないとつかないような凹凸が、たくさんついていました。
晴子がつけたデコボコだとは思えませんでした。だとしたら、何が紙コップに入っていたんでしょう?
考えても分からなかったので、また幼稚園の先生にでも相談してみようと思い、その日はそのまま私も眠りにつきました。
翌朝いつも通り幼稚園のバス停へ向かおうとすると、晴子は私の車の前で止まり、しばらく助手席側のサイドミラーを見てから私の背中に顔を埋めて動かなくなってしまいました。
「晴子、何?今日は幼稚園に行きたくないの?」
「‥‥シーッ。静かにして。そっとバスの所へ行こう。」
晴子はそーっと私の車の前を通り過ぎ、その後急いでバス停へ向かいました。
「晴子、大丈夫?」
「あのね、昨日窓から捨てた小人が赤くなって車の鏡の所に座ってたの。顔が怒ってた。お母さん、あの車はもう乗らない方がいいよ。」
晴子はそう言うと、バスへ乗り込んで幼稚園へ行ってしまいました。
それから一週間もたたないある日、私の車が故障してしまいました。速度メーターなどの全ての表示が消えてしまいました。整備会社や、メーカーでもなおらないとの事で、買い替えを余儀なくされました。
赤くなった小人が怒って悪さをしたとは思えませんが、車の寿命にしてはまだ早い時期での買い替えに、ショックが隠せません。




