第三十六夜 黒猫のクロ
家の近所で飼われていた猫の話です。
そのお宅で最初に飼われた猫は雄の黒猫で、名は「クロ」といいました。10年近く生きましたが、家の近くのT字路で車に轢かれて亡くなりました。
それからすぐにそのお宅は、先代と同じ黒猫が欲しくて、知り合いから雄の黒猫を譲って貰ったそうです。黒猫だからという理由だけで、名はやはり「クロ」と付けられたようです。
けれども残念な事に、その猫も何年か後に、先代のクロと同じく交通事故で亡くなりました。場所も先代のクロと同じT字路でした。
それからしばらくの間、そのお宅では猫は飼わなかったそうです。
それでも、猫好きなそのお宅はどうしても猫が飼いたくて、今度は白地に黒のブチがある雌の猫を飼いました。
名前は「タマ」にしました。
タマはとても人懐っこい猫で、近所でも人気でした。特に子供達はタマを見かけると、構い続けてなかなか離れなかったほどです。
このタマは、何年か後に老衰か病気で動物病院へ入院し、家族に見守られながら安楽死で世を去りました。
その何ヶ月か後に、そのお宅は猫がいないと寂しいからと言って、再び猫を飼いました。
黒猫の雄で、名は「クロ」にしたそうです。
そのお宅のご主人の意向だそうです。奥さんは「クロ」と名付けるのを躊躇ったそうです。
何となく縁起が悪そうな気がしたから、との事です。
ご主人も奥さんも、クロがなるべく家から出ないように、戸締まりをしっかりしていたそうです。
ですが、ちょっとした隙をついてクロは逃げ出してしまったそうです。
飼い始めてからまだ一年も経っていなかったそうです。
クロが逃げてからは、毎日一階の縁側のガラス戸を少し開けておいたり、猫の鳴き声がすると勝手口のドアを開けて辺りを見回したり、毎日散歩をしたついでにクロを探していたようです。
それでも一年以上もたつと、さすがに諦めたようでした。
「飼い猫は、死に際を飼い主に見せないらしいから、きっとどこかで亡くなっているのかもしれない。」
ご主人は寂しそうにそう呟いていました。
それから数年後に、ご主人と奥さんが仕事で隣の県へ行った時の事です。
最後に飼った黒猫のクロを、そこでみかけたのだそうです。
ご主人が、「クロ」と呼ぶと、「ニャー」と言って答えたそうです。
クロはそのまま去って行ったようですが、そのお宅のご夫婦は、大変喜んでいました。
一緒に暮らせないのは寂しいけど、生きててくれて良かった、と話してくれました。
果たして、ご夫婦が見た黒猫が本当にクロなのかは分かりません。
ただ、クロではないと言い切れない自分もいました。




