第8話 オタク、指輪を買う
卯月さんの訓練に付き合うようになって、しばらく。
「おっ。こないだのオタくんの配信、また伸びてんじゃん」
俺の動画の再生数は、明確に増えていた。
チャンネル登録数も日に日に増加しており、今や卯月さんと関わる前の倍近くまで膨れ上がっている。
「コラボ効果、ってやつか」
他に原因も考えられないし、間違いないだろう。
とはいえコラボと言いつつ、実のところ俺たちは合同で企画なんかをやってるわけじゃない。
ただ初日からこっち、卯月さんは基本的に俺とダンジョンに潜る際にも配信を回している。
俺も特に気にせず立ち回っているので、彼女の配信に映り込むこともままあった。
その程度で俺の配信まで伸びるとは、流石に持ってる視聴者の数が違うな。
「コラボ効果っていうか、単に今まで見つかってなかったのが見つかっただけっていうか……やってることがやってることなんでぇ……」
「? 普通にダンジョンを攻略してるだけだろ?」
「うん、まぁ、うん……オタくん的にはそうなんだろうね……」
「……?」
歯切れの悪い返答に、俺は軽く首を捻ることとなる。
「あ、それよかさっ」
どこか誤魔化すような調子で、卯月さんは話題を変えるようだ。
「オタくんはなんか心配してたけど、コメントも別に荒れたりしてないじゃん?」
「あぁ、ありがたいことにな。元々、卯月さんのファン層の民度が高いおかげだと思う」
「まー、ウチのファンの人たちに変な人がそんなにいないっていうのも事実ではあるんだろうけど……」
なんだ、ここでもやっぱり歯切れが悪いな?
「ま、おかげさまでウチの動画も伸びてるしさ」
またも何かを誤魔化した気配はあったけど、言いたくないことっていうなら追及はしないでおこう。
「それは何よりだよ。別に、俺は何もしてないけど」
「あはっ、そんなわけないじゃん。伸び始めたのは、明らかオタくんと一緒にダンジョン行くようになってからなんだしさ」
「多少なりともお役に立ててるなら幸いだ」
「立ってる立ってる立ちまくりよー」
嬉しそうに笑う卯月さんを見ていると、素直にやって良かったと思えてくる。
それから。
「オタくんの動画も一緒に伸びてるし、言うことナシってね!」
そう言う卯月さんの顔は、さっき自分の動画に言及していた時よりも嬉しそうに見えて。
「……なんで他人事を、そんなに自分のことみたいに喜べるんだ?」
ふと、そんなことを尋ねてしまった。
「ん? そんなの、決まってんじゃん?」
すると卯月さんは、言葉通り当然とばかりの表情で。
「ウチは……オタくんの、ファンだからね?」
こっちを真っ直ぐ見ながら、はにかむものだから。
「……そりゃどうも」
今度は俺の方が、歯切れの悪い返答になってしまったのだった。
♥ ♥ ♥
オタくんの動画が伸びてるのは事実で、ウチがそれを本心から嬉しく思ってるのも事実。
ただ、オタくんは自分の動画の伸びをウチのおかげだって思ってくれてるらしいけど。
それに関しては、明らかに事実誤認だと思う。
まぁ、ウチの配信にオタくんが映り始めたのがきっかけと言えばそうなのかもしれないけど。
完全に、オタくんのことを今まで知らなかった層がザワついてるって感じだよね。
言うて、130階とかも結構な深層よ?
それをオタくんは、1階を歩いてるみたいな気楽さでサクサクモンスターを倒しちゃってるからね。
相変わらずオタくんは、「スパチャの力です」とか言ってるけど。
その度にウチがツッコミを入れてるから、ある程度は客観的にもヤバさが伝わってると思う。
ウチの動画が伸びてるのは、明らかオタくんを見に来てる人たちのおかげだよね。
今んとこ、オタくんが出てる動画を探そうとすると、オタくんのチャンネルよりウチの方が先に出てくるから。
でも、すぐにそれも逆転するんじゃないかな。
それを悔しいとか、どうにかしたいなんてことは全く思わない。
ウチとしては、オタくんの動画が伸びてくれる方が嬉しいまであるからね。
だって……ウチは、オタくんのファンだから。
それも、紛れもない事実だもんっ。
♠ ♠ ♠
……ちなみに。
これらのやり取りは、我が家の食卓にて行われている。
ダンジョン探索を終えればウチで夕食の席を設けるというのも、いつの間にかすっかり恒例のこととなってしまっていた。
戌亥家の方が、ダンジョンから近いというのも理由の一つではある。
けど、それ以上に大きいのは……。
「ちな、今日のお魚は竜田揚げにしてみたんだけど……どうかな?」
「うん、美味い。ダルタルソースも凄くマッチしてる」
「んへへー、実はそのタルタルも手作りなんだよー」
「マジか、凄いな」
「オタくん、あんまりお魚好きな方じゃないじゃん? だから食べてもらえるよう、色々工夫してんだよねー」
「……そりゃどうも」
「野菜もしっかり食べなよー? こっちのサラダも、特製ドレッシングなんだから!」
このように、卯月さんによる俺の栄養管理が常態化しているというのが理由の二点目。
初日に朝食を作ってもらって以来、なんだかんだとずっと食事の用意してもらっている。
というのも、それまでの俺の食生活を聞かれて素直に答えた──基本はコンビニ弁当……なら良い方で。カップ麺で済ますことも多かったし、ダンジョン帰りで疲れてる時なんかは食事自体を抜くこともそれなりにあった──結果、「これからはウチが作るから!」と妙に張り切った様子で断言されてしまったのだ。
あとこれに関しては別に申告もしてないのに、いつの間にやら好き嫌いまで概ね把握された上で対策まで打たれている現状である。
君は俺のお母さんか……。
「あとさー」
それから、もう一点。
「ウチが買い出しに行ってる間に、まーた余計なもん買ってんじゃん」
卯月さんがジト目を向ける先に、理由の三つ目が存在する。
「余計なもんじゃなくて、必要なものだ」
断言しながら、テーブルの端に鎮座しているアクセサリ……ハニワ的な意匠があしらわれた指輪へと俺も目を向けた。
卯月さんが夕飯の材料を買いに行ってくれている間に、俺はダンジョン管理協会に行ってドロップ品の換金や必要な物資の補給を行う。
これも、いつの間にか恒例の役割分担になっていた。
そして件のハニワ指輪は、本日の補給物資として購入したものだ。
そう……あくまでこれは、必要な物資なのである。
「なんとこのハニワ的な指輪は、持ってるとモンスターの毒を防いでくれる………………こともある、代物なんだ」
「ほーん?」
最後の方がちょっと声量小さめになった俺へと向けられるジト目が、更に細められた。
「こともある、ってことは防いでくれないこともあるんだよね?」
「流石に、完全耐性の装備なんて市場には出回らないさ」
「どの程度防いでくるか、っていうのはわかってるの?」
「30%程度、ってところか」
「低くない?」
「それが明暗を分けることもままある」
「それはそうなんだろうけどさ……ちな、値段はいくらだったの?」
「16万」
「高くない!? ちょっとしたゲーミングパソコンとか買えんじゃん!?」
「状態異常防止系アイテムはレアだし、むしろ破格だと思うが」
こういったやり取りにも、最近は慣れてきた感があるな。
「大体、オタくんさ。毒だってわかってる攻撃食らう時とかあんの?」
「そりゃ、昔はそれなりにあったさ」
「一番最近だと、いつ?」
「二年前」
「もはや、今はないって言ってるよね?」
「それはまぁそう」
「……はぁ」
悪びれもせず言う俺に、卯月さんは溜め息を吐く。
「や、それでもね? オタくんがこういうのを買っちゃうの自体はわかるよ? ダンジョンの全部を自分の目で確かめたいっていうの、アイテムも含んでるんだもんね?」
前にチラッと言っただけなのに覚えてくれているとは、少し意外だった。
「だ・け・ど!」
卯月さんの記憶力に感心していると、少し緩んでいた彼女の表情が再び険しくなる。
「それはあくまで、1個目の話ね!? 同じの、何個買ってんの!?」
叫びながら卯月さんが指す先では、ズラッとハニワ指輪が陳列していた。
カウントするまでもなく、その数は。
「今回買ったので、11個目だな」
「なんのために!?」
「このハニワの優れたところは、効果が乗算で累積していくところなんだ。11個全部装備すれば、なんとのその防止率は98%以上。それを当てにしすぎるのは危険だけど、まぁ防いでくれることを前提として動いても問題ない数字になる」
「さっき、そもそも毒になるような攻撃食らうことなんてないって言ってたじゃん!?」
「うん……? ……あぁ、そういうことか」
ここでようやく、お互いの認識に齟齬があることに気付く。
「それは、卯月さん用に買ったやつだよ」
「……んえ?」
その齟齬を解消すべく返すと、卯月さんはちょっと珍妙な声を出した後に固まった。




