第4話 ギャル、オタクに名付ける
翌朝、目覚めは悪くなかった。
昨日の探索と配信が快調だったからか、今朝はいつもよりどこか空気が美味しく感じるような気さえする。
気分良く自室を出て、リビングへ……んんっ?
なんか……ウチの廊下って、こんな歩きやすい感じだったっけ……?
そんな曖昧な疑問と共にリビングへと到達すると同時。
「っ!?」
寝ぼけ眼を、かっ開くこととなった。
「ふっ……どうよ?」
そんな俺を迎えるのは、疲労困憊な様子ながらもドヤ顔を浮かべている卯月さん。
そんな彼女の背後にあるのは、見慣れたリビングの姿……では、なかった。
堆く積まれていたダンジョン産のアイテムの数々は、整理されて部屋の端に規則正しく並んでいる。
時の経過に任せるまま降り積もっていた埃の類も、今は一切見当たらない。
彼女はどうやら『お礼』をやり遂げたらしく、これには素直に感嘆する他なかった。
俺としては、実現可能だなんて到底思ってなかったんだから。
無茶振りしてやれば、諦めて帰ると思ってたんだ。
それを、一晩で我が家を見違える程に生まれ変わらせるとは……。
「にひっ」
俺の驚きを見て取ったか、卯月さんの笑いはしてやったりといった雰囲気だった。
「朝ご飯も用意してるよんっ」
存在は認知していたものの久方ぶりに表面を見た気がするリビングのテーブルには、焼き魚にだし巻き卵、ほうれん草の和物、味噌汁、漬物、茶碗に盛られたご飯と、しっかりとした朝食まで用意されていた。
「ささっ、食べよ食べよっ」
「あぁ、うん……」
未だ脳の働きが鈍いことを自覚しつつ、促さるまま席に着いて。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
元気の良い卯月さんに少し遅れて、俺も手を合わせる。
「……美味い」
おずおずと箸をつけて食べ始めると、思わずそんな感想が口を衝いて出た。
「んへへ~」
視線を上げると、卯月さんの嬉しそうな笑顔が目に入る。
「ウチ、お父さんもお母さんもいないからさ~。しゃーなしで始めた感じだけど、今じゃちょっとした特技ってやつよ」
両親が『いない』というのは家を空けているという意味なのか、あるいは……気にならなかったわけじゃないが、そこに踏み込むような関係じゃない。
「ありがとう、本当に美味しいよ」
だから、口にしたのは率直な本心だった。
「ん!」
卯月さんの笑顔が、ますます輝いて見える。
「……ていうか、こんな食材にウチにあったっけ?」
そんな折、ふと疑問が舞い降りてきた。
「なーんもなかったよ」
俺を半眼で見ながら、卯月さんは頬を含まらせる。
「冷蔵庫の中、ダンジョンで使うドーピングアイテムとかポーションとかしかなかったんだけどー? 普段、何食べてんの?」
「主にコンビニ飯かな」
「えー? 身体に良くなくなーいっ?」
「そこはまぁ、サプリとかで補完してるから」
「そんなんじゃ元気出なくない?」
「いや、別に……」
「……良かったらだけどさ。ウチが、今後も……」
……ん?
当然ながら、我が家の冷蔵庫に材料がなかったってことはこの料理は……。
「もしかして、これって朝から材料買ってきてくれた?」
「ん? そりゃそうっしょ」
「悪い、それじゃ材料費を……」
「いいっていいって。うん……まぁ、ていうか、その点で言うとウチの方が遥かに支払うべき金額が大きくなるわけだし……」
「確かに、それもそうか。お互い、勝手にやったことだしな」
「それはそうなんだけど、言い方よ。てか、さっきの話なんだけどー」
「……なんだっけか?」
「もうっ!」
そんな風に。
随分と久しぶりに誰かと食べた朝食の席は、穏やかに(?)過ぎていった。
◆ ◆ ◆
「ごちそうさまー!」
「ごちそうさまでした」
卯月さんに少し遅れて、俺もまた手を合わせる。
「さて。それじゃ、早速ダンジョンに潜ろうか」
「おーっ! これからよろしくね、オタくんっ!」
張り切った様子で立ち上がる卯月さん。
……それはいいんだが。
「……オタくん?」
確かめるまでもなく、俺への呼称ではあるんだろうけども。
「え、ダメだった? ナオタカくんだから、オタくん……言いやすいし、良くない?」
「うん、まぁ、うん……」
それ自体は確かに普通にニックネームとしてあり得る部類なんだけど……なんかこう、ハンドルネームに近い響きをリアルで呼ばれると妙な気恥ずかしさがあるよな……。
これに関しては、安直なのを付けてしまった俺にも否はあるんだけど……。
「じゃ、オタくんで決定ね!」
曖昧に濁した俺の返答を肯定と取ったらしく、なんか決定されてしまった。
「あ、ウチのこともあだ名で呼んでくれていいよ?」
「……あだ名って、どんな?」
即座に否定するのも気が引けて、とりあえず尋ねてみる。
「キラりんとか、キラキラとか。まー言うて煌梨って呼ばれることも多いから、それでもいいよ?」
「それじゃ行こうか、卯月さん」
言外に固辞して、この話題は打ち切ることにした。
「別に、煌梨でもいいのになー?」
どこか不満げな卯月さんの声は聞こえなかったことにして、俺は足早にダンジョンへと向かうのだった。
……ところで俺、卯月さんに対して名乗ったっけ?




