第3話 オタク、ギャルを招く
「それじゃ一旦、家に来てもらっていいか?」
「えっ……?」
さっき倒したミミックスライムたちのドロップ品なんかを一通り回収した後に提案したところ、卯月さんは少し驚いたようにパチクリと目を瞬かせた。
「え~、何なに~? さっきは格好つけたけど、やっぱウチに興味津々って感じ~? ちょっと、困っちゃうんだけど~?」
「いや、普通にモノの受け渡しをしたいだけだが」
「そんなの、この場でパパッとやっちゃえばいい話じゃ~ん。もう、照れちゃって~」
「……? あぁ、まだ気付いてなかったのか」
その反応に一瞬首を捻ってから、思い至る。
「その首飾り、呪われてるからまずはそれを解除しないと外せないぞ」
「呪……えっ?」
俺の言葉を受けて、卯月さんは再度パチクリ。
「これ、呪われてんの……!?」
それから、見開いた目を自らの胸元に向けた。
「変なスライムをどうにか一匹倒したらドロップして、すぐに次々おんなじ奴がいっぱい出てきたから慌てて着けちゃったんだけど……ま、まさかウチ、そのせいで死んじゃっだりする……!?」
「いや、そういうタイプの呪いじゃない。単に外せなくなるだけだ」
「そっか、なら良かった……いや、よくはないけど……んんっ? てか、解呪ってダンジョン管理協会でやるんじゃなかったっけ……?」
ダンジョン管理協会。
ダンジョンが出現した当初、世の中が混乱する中で設立された組織である。
ダンジョン周辺の安全管理、ダンジョン内での揉め事に対する処理、モンスターに関する情報の収集と提供、ドロップ品の買い取りと販売、等々。
その役割は多岐に亘る。
呪いを含む、ステータス異常系への対処もその一つだ。
最近じゃ、ダンジョン内での配信に関するアレコレも請け負っていた。
配信に用いているプラットフォームもダンジョン管理協会が用意したものだし、スパチャの金額制限に関する審査も行ったりしている。
昔は、高額スパチャによる『過激な要求』ってのがまかり通っていた。
そしてダンジョン内において、その手の要求は多くの場合配信者の死に繋がる。
明らかに分不相応な階層へのチャレンジとか無茶な戦い方のリクエストとか、そういうのだ。
逆に、配信者のために身の丈に合わない高額スパチャを連投するケースも相次いだ。
命懸けでダンジョンに挑む配信者の姿はさながら古代コロシアムの剣闘士の如く、中毒性の高いコンテンツってわけだ。
そこで今では、ダンジョン管理協会の審査に応じてスパチャは一定額に制限されていた。
「この時間だと、一般窓口はもう閉まってるから。しかも今日は金曜、次に開くのは明々後日だ。ウチに解呪のアイテムがあるから、そっちでやった方が早い」
なお、ダンジョン管理協会は国が設立したものでありその職員は公務員扱いされる。
幹部なんかは、半数が探索者上がりだったりするけど……それはともかく。
お役所の一つなので、その受付時間は平日の昼のみである。
流石に緊急時の窓口は常に開かれてるけど、命に関わるわけでもない呪いの解除なんかは受け付けてくれない。
あと明らかに人が足りてないせいでやたらと待たされることも多く、自宅に一通りの対応策を揃えている探索者も存在する。
俺もその一人ってわけだ。
「そんなこと言って~、ウチを家に呼ぶ口実だったりするんじゃないの~?」
「そんな、ペット飼ってるからウチ来ない? みたいなノリで解呪を提案する奴いないだろ……」
「ホントかな~?」
そう言っときながら、なんでノリノリな調子なんだよ……まぁ、いずれにせよ。
「来てみればわかるさ」
「……?」
小さく口の端を上げる俺に、卯月さんは頭の上に疑問符を浮かべていたけれど。
◆ ◆ ◆
「……お、おぅ」
実際に俺の家を訪れた卯月さんは、言葉を失った様子で表情が抜け落ちていた。
そうもなろうというものだ。
何せ、俺の家……両親が世界中のダンジョンを飛び回っているために実質一人暮らし状態である戌井家は、俺がダンジョンから持ち帰った品や日々買い漁っているアイテムなどに溢れてちょっとしたダンジョンと化しているのであった。
「それじゃ、空いてるとこに座ってくれ」
「空いてるとこ……? どこ……?」
促すと、卯月さんは不安げに室内を見回す。
なるほど、素人ではそれを見出すのは厳しいのかもしれない。
「ほら、こことか」
「あ、はい……」
かつてソファと呼ばれていたオブジェクトの上に物体が積み重なっていないスペースを見つけ、そこを指し示す。
すると彼女は、恐る恐るって感じで腰を下ろした。
「そんじゃ、これ飲めば解呪されるから」
「あ、はい……」
次いで液体で満たされた小瓶を渡すと、今度も恐る恐る受け取り口を付ける。
「……あっ、意外と美味しい」
しかし、コクリと喉を鳴らすと頬を緩ませた。
「てか、呪いってこんな簡単に解けるもんなんだねー」
「まぁ、現状見つかってる中じゃ最高級のクリアポーションだし。大抵の状態異常系は治してくれなきゃ困る」
「へー? 最高級ポーショんぐふぉっ!?」
コクコクと飲み進めていた卯月さんが、急に咳き込む。
「えっ、最高級って……ちな、いくらくらいなの……?」
「さぁ? 新宿ダンジョンの、えーと……160階くらいだったかな? でドロップしたやつだけど、今んとこ相場が定まってないから何とも」
「150階より先でドロップしたアイテムとか、下手こきゃ家買えるってレベルじゃん……ウチ、そんなの支払えないんだけど……」
「高階層産のクリアポーションって、ドロップしてもあんま使い道ないんだよな。俺含めて、その辺りまで進んでる探索者って大抵状態異常対策は万全だからさ。今はレア度のせいで相場が定まってないだけで、実際市場に出回るようになればそれなり程度の値段で落ち着くと思う。今回の取り引きに付随するオプションみたいなもんだし、いちいちポーション代を請求したりはしないさ」
「それはありがたいんだけど……流石に申し訳ないというか……」
「そんなことより、外せるようになった?」
「そんなことて……まぁ、はい」
指差すと、卯月さんは銀糸の涙飾りを外して差し出してきた。
「……よし」
本物であることはわかっていたものの、間近で確認して俺は満足と共に頷く。
「そんじゃ、お疲れ」
「えっ、マジでこのためだけに連れてきたの……!?」
片手を挙げながら自室の方へと足を向けると、信じがたいって感じの声が返ってきた。
「最初からそう言ってるだろ」
「そうは言っても、何かしら下心があるかと思うじゃん……いや、ていうか、命を救われた上に最高級ポーションまで貰っといてこのまま何もせずには帰りづらいんだけど……」
「前者については別に助けたつもりはないし、後者についてはこっちが勝手にやったことだ。何かしてもらうような筋合いはない」
「それじゃウチの気が済まないっていうか、何かしらのお礼はしたいっていうか……」
「えぇ……?」
なんか、めんどくなってきたな……もう適当に誤魔化しとくとか。
「それじゃ、『お礼』として……ウチの片付けでも、頼むよ」
「……マ?」
ニヤリと悪どく笑って見せると、卯月さんは呆然とした表情で改めて周囲を見回した。
それを横目に見ながら、俺は今度こそ自室へと戻る。
明日起きた時、ちょっとは家の中が綺麗になってりゃ御の字……まぁ、適当なとこで諦めて帰るだろ。
「くぁ……」
ぼんやり考えながら、あくびを噛み締めた。
今日程度の階層なら慣れたもんだけど、ダンジョンである以上は決して油断出来る場じゃない。
一歩間違えば、即座に死が訪れる世界だ。
緊張感を途切れさせることは出来ず、知らぬうちに疲労感は溜まっていく。
シャワーは明日の朝にして、今日はもう寝るか……と、自室に戻るなりベッドへとダイブする。
すると、すぐに眠気が押し寄せてきて。
「……オッケー、ほんならやってやるまでよ!」
夢の世界に落ちる直前、そんなヤケクソのような気合い入れる声を聞いた……ような、気がした。




