第2話 オタク、コラボを断る
〈 んお? 卯月煌梨じゃん 〉
脳の動作を再開させたのは、耳に届いたそんなコメントだ。
「卯月、煌梨……?」
「あっ、ウチのこと知ってくれてんのっ?」
コメント内の人名らしき部分をそのまま復唱しただけなんだけど、目の前の女性は喜色を浮かべた。
「そうです! 卯月煌梨でっす!」
次いで、なぜか俺から離れないまま目の横にピースサインを持ってくる。
その顔をまじまじと眺めていると、そういえばどこかで見覚えがあるような気がしてきた。
明るい金色の髪に、少し日焼けした健康的な肌。
目鼻立ちのハッキリとした綺麗な顔立ちだけど、そのあけすけな笑みからは人懐っこい印象を受ける。
何にせよ、自分とは縁遠い人間……いつだったか、オススメで流れて来たサムネで見た時も同じ感想を抱いた記憶が朧げながら蘇ってきた。
件の動画の再生まではしていないので、増えた情報は「配信者なんだな」ってことくらいだけど。
〈 卯月煌梨。最近話題のJK配信者。顔の良さが人気の一端である部分は否定出来ないものの、軽い見た目に反して地道に探索者として下積みを重ねてきているというのが多くの応援を集めている理由でもある。現在こそ無所属だが、既に多数の大手事務所から声も掛かっているのだとか 〉
有識者っぽい人からのコメントで、なんとなくの情報は把握出来た。
ただ長文コメントで教えてくれたとこ申し訳ないんだけど、言う程興味があるわけでもないんだよな……。
「最近はウチ、ダンジョン攻略も割と順調だったでしょ? 昨日なんて、なんと135階を踏破しちゃったわけだしさ!」
なので、さも「そこは知ってるよね?」風に話されても困る。
「なんでまー、ちょい調子に乗っちゃった的な? 今日はもう一階下に行ってみっっかーってな感じでこの階層に来てみたら、急にちょ~モンスター強くなってんじゃん? 初手で逃げを選んだらそのまま迷っちゃって、したらなんか急~にどっかからスライムが出てきて! どうにか一匹は倒したんだけど、その後次々にめっちゃ出てくるしさー。そんなのもう、隠れてるくらいしか出来ないわけじゃん」
とはいえ、どちらかといえば知りたかった情報──この状況の原因について──まで本人が語ってくれたのはありがたいところではあった。
「とそこに、キミが現れたってワケ! いやもう、めちゃめちゃ感謝してんだから! ほら、こ~んくらい!」
身振り手振りも交えて説明する、えーと……卯月さん? に対して、俺は。
「そうですか。地上に通じてるワープポート、向こうにありましたよ。それじゃ」
あまり興味がなかったので、サッと手を上げると共に別れを告げて歩き始めた。
「ちょっ、ちょい待ちっ!」
しかし、卯月さんはなぜか俺の服を掴んで引き止めてくる。
「あの、そのっ……! お礼! そう、助けてもらったお礼をしたいんだけどっ!」
どうやら、そういうことらしい。
「いえ、お気になさらず。大したことはしてませんので」
心からの言葉と共に、歩みを再開。
「ちょちょちょ、待って待ってって!」
服を離すどころか、掴む力は更に強くなっているように感じられた。
なんでそんなに必死な感じなんだ……他人に借りを作るくらいなら死ね的な教育を受けてきた系の方か……?
「あーっ……っと」
言葉を探すように、視線を左右に一度ずつ動かす卯月さん。
「オーケー、ぶっちゃけよう」
それから、少し表情を引き締めてそんな風に切り出す。
「実は最近、ウチの配信って伸び悩んでる感じなんだよねー」
そこに浮かぶのは、少し苦みを帯びた笑みだった。
「これまで、背伸び攻略っていうの? イケイケで次の階層階層にってチャレンジしてきて、たぶん視聴者さんもそんなとこを応援してくれてたと思うんだけど。流石に、それも頭打ちっていうか。出来ることと出来ないことがあるじゃん? それで同じ階層でしばらく足踏みしてるうちに、徐々に視聴数が減ってきて……焦って、無茶かなって思いつつもこの階層に挑戦してさ。それで……この通り、ってわけ」
今度は自虐を笑みに乗せて、肩を竦める。
「そこで!」
かと思えば一転、今度は明るく笑った。
「コラボのご提案を、致します!」
なるほど……ようやく、少し話が見えてきたな。
「なんかさっきブツブツ言ってたけど、あれって配信中だったんだよねっ?」
だった、というか……そういや、配信切ってないな。
この一連のゴタゴタが視聴者にも見られてるのかと思うと、心持ちが今すぐダッシュにだいぶ傾いてきた。
「いえ、さっきのはただの独り言です」
とはいえそれも印象悪いよな、という配信者としてのイメージを気にする心が己の足をギリギリで押し止める。
「うっそだー! だって……!」
だって、なんだ……?
見た目に、配信者だってわかる要素なんて……。
「だって……そこ飛んでるの、撮影用ドローンじゃん!」
……あったわ、思いっきり。
「ほらこれ、ウチのチャンネル登録数!」
と、卯月さんはわたわたとタブレット端末を取り出して操作した後に見せてきた。
「こないだ、50万人突破したんだー!」
「へぇ」
少し自慢げな彼女の言葉に対して、素直に感嘆の声が出る。
コメントの情報によると事務所に所属しているわけでもないらしいし、個人でこの数字は大したもんだろう。
ちなみに俺のチャンネル登録者数は、その百分の一にも到達していない。
「ウチとコラボすれば、そっちの配信も伸びること間違いなしだよっ!」
「確かにな」
実際そうなんだろうと、ここも素直に頷く。
「じゃあ……!」
それをどう見たのか、卯月さんは笑顔を輝かせた。
「いえ、お断りします」
「なんでっ!?」
しかし俺がノータイムで固辞すると、愕然とした表情となる。
「俺の『スキル』の特性上、ただ視聴者が増えればいいってわけじゃないんだ。むしろ、変な新規の流入によって既存視聴者が減ったら弱体化するまである」
「あー、ね?」
……あー、ね?
「俺のスキルについて、知ってるのか……?」
「んお!? あー、いやいや! さっき、隠れてる時にね! 色々聞いてたから! アレっしょ、『これがスパチャの力です』って! 視聴者からのスパチャ額によってスキルが強くなる的な!? そういうスキルなのかなーって!」
「うん、まぁ……」
確かに、俺自身が言ってたことではある。
けど、言ってたのって結構前の離れたところでだぞ……?
こんなところから聞こえ……あぁいや、スキル次第では十分あり得るか。
さっき全く気配を感じられなかったことといい、隠密系のスキルなんだろうか……?
「ちな、ウチのスキルは『ガチャ』ってやつね! 完全に運次第だけど、色んな種類の効果を出してくれんの! ガチでお金使わなきゃ発動出来ないのが玉に瑕! あっ、これも知ってたかもだけど!」
もちろん、存じ上げてはいない。
しかし、『ガチャ』か……こういうランダム系のスキルは、運要素が強い代わりに上振れれば強力な効果が期待出来るってのが多い。
上手く使えば、面白そうな……いや、俺には関係ないな。
「さっきも、『ガチャ』の効果で完璧に隠れられてて……」
「そうなんだ。それじゃ、俺はこれで」
「ちょちょちょい、だから待ってって!」
さりげなく立ち去ろうとしたものの、特にさりげなくもなかったために当然失敗に終わった。
「もちろん、タダとは言わない!」
と、卯月さんは俺に向けて手の平を突き出す。
「つっても、『ガチャ』に使っちゃう都合上あんまりお金はないんだけど……他のことなら、何でもするから!」
その目には、真剣な光が宿っているように見えた。
流石に、それを無下にするのも気が引けて。
「……なんで、そこまで?」
とりあえず、素直な疑問をぶつけてみる。
「……ウチね、憧れの人がいるんだー」
一瞬だけ躊躇を挟んだものの、卯月さんは真っ直ぐこちらを見ながらそう話し始めた。
「配信を始めたのも、ダンジョンに潜るのも、その人に近づきたいと思ったから」
その口調に籠る熱が親愛ゆえなのか、あるいは他の類のものなのか。
初対面の俺に、わかるはずもない。
「続けてれば、少しずつでも近づけると思ってた。ていうか実際、ちょっと前まで近づけてる実感だってあったの。でも……」
どこか気まずそうに、卯月さんは視線を逸らす。
さっき言ってた『伸び悩んでる』っていうのは、必ずしも配信だけのことを言ってたわけでもないんだろう。
「そんな中、さっきキミの圧倒的な戦いを見て思ったの! この人の傍で学べば、きっとウチは壁をぶち破れるって!」
まぁ、言わんとしていることはわかる。
「あとぶっちゃけ、あんま世間に知られてなさそうなこのやべぇ人に出てもらえばウチの配信も爆伸びするかもって!」
……まぁ、言わんとしていることはわかる。
「だから……お願いします! ウチと、コラボしてくださいっ!」
再び俺に手を差し出し、真摯な調子で頭を下げる卯月さん。
それを受けた俺は、ふっと頬を緩めざるを得なかった。
そして……。
「お断りします」
「この流れで!?」
普通に断ると、上がってきた卯月さんの目はまん丸に見開かれている。
「いや、なんかこう、あるじゃん! 身の上話したら、あとはもうオッケー的な流れみたいなの!」
「だって、そっちの事情なんて俺には関係ないし……」
「それはそうだけども!」
うがーっ! と頭を掻きむしる卯月さんに、俺は小さく嘆息した。
「そもそも、ダンジョンに潜る奴なんて大なり小なり事情を抱えてるもんだ。そんなもんをいちいち考慮してたら、俺はダンジョンで出会うあらゆる人の願いを叶える必要が生じるじゃないか」
そんな俺を、卯月さんはジト目で見上げてくる。
「……君も、何かしらの事情があってダンジョンに来てるってこと?」
「いや、俺は100%趣味で潜ってるけども」
「だったら今の話なんだったの!?」
再び、卯月さんの目が見開かれた。
「ていうか、趣味だけでダンジョン来てるとかそんな人いんの!?」
「ここにいるが」
「えぇー……? それ、どういうモチベーションなの……?」
「未だに日々新たに発見され続けるモンスター、アイテム、トラップに、ダンジョンの構造そのもの。それらを全部自分の目で確かめ、出来れば誰より早く発見してみたい……そう思うのは、男のサガってやつだろ?」
「ゴメン、ウチ女の子だからそういうのよくわかんない……」
げんなりした様子で、そう言ってから。
「っ……! オトコノコ……! そうか、そういうこと……!?」
何かに気付いたように、ブツブツ呟き始めた。
それから、何やら決意を秘めたような表情で。
「あ、あーっと。さっき言った『何でもする』っていうのはぁ……ホント、『何でも』いいんだけどなぁ……?」
少し頬を赤くしてチラチラこちらに視線を向けながら、襟元をグイッと引っ張ってパタパタとその中に手で風を送る卯月さん。
そんな様を見て、俺は……カッと目を見開くことになる。
「今の言葉に、相違はないな?」
「えっ……? うん、まぁ……」
コラボによって古参が離脱し、スパチャの額が減るというリスクはある。
けど、新規の流入によって増える可能性だって当然存在する。
そして、何より……リスクを許容してでも、欲しいものが見つかった。
「ならさっきの提案を受ける代わりに一つ、欲しいものがある」
「そ、それって……?」
なぜかますます頬を赤くした卯月さんが、ゴクリと息を呑む音が聞こえた。
「『それ』だ」
構わず、俺は卯月さんの胸元を指差す。
「つまり、ウチの……?」
「そう、君の」
次の言葉は、ほとんど同時。
「カラダ……」
「首に掛かっている、スライム殺しのネックレスだ!」
俺の声がダンジョン内に響いてから、数拍置いて。
「……なんて?」
卯月さんがコテンと首を傾けた。
なお。
〈 知 っ て た 〉
〈 もっとこう……! あるだろ……! ここでは言えないこと(規制的な意味で)が……! 〉
〈 ダンオタは、ダンジョンにしか興奮出来ない悲しきモンスターだから…… 〉
〈 つーか、ダンオタ的にそういう入手方法はアリなわけ? 〉
〈 『ダンジョンでゲットした』って事実に相違はないから…… 〉
〈 ダンオタ は スライム殺しのネックレス と ギャル を てにいれた! 〉
コメント欄は、割と盛り上がっていた。




