第18話 オタク、語る
地上に戻る目処が立っていないとはいえ、サバイバル面での不安というのはあまりなかった。
「狼系の毛皮で布はカバー、ワーム系の牙は釘、ビートルの系のツノがトンカチ代わりになる。何より、トレント系が出てくれるのがありがたいな。おかげで木材には困らない」
ダンジョンによっては出現するモンスターがほぼ単一種ってところもあるんだけど、幸いにしてここの生態系は多種多様って感じだ。
しばらく、このフロアの調査がてら狩りを続けた結果。
「うっし、ログハウスの完成っと。これで、とりあえず寝床はどうにかなるだろ」
それなりに立派なログハウスを、満足の心持ちと共に見上げる。
ダンジョン内には、モンスターが寄り付かない場所……いわゆる安全地帯が存在する。
数フロアに一箇所程度のそれが、たまたま俺たちの迷い込んだ階層にあったのは僥倖だった。
「いや、うん……うん……? なんで完成出来てんの……?」
「ダンジョンに長期滞在することも少なくないし、必要に応じて身につけた技術だな」
「そういう場合、普通はテント等に頼るのですけれどね……」
「マジックバッグにも制限がある以上、荷物は少ないに越したことはないから」
なぜか、二人は引き気味の様子だけども。
「まぁともかく、これで住むところはオッケーとして……」
卯月さんが表情を改めて、思案顔となった。。
「食べ物は、どうしようね?」
本来なら、住居より先に解決すべき喫緊の課題と言えるだろう。
「幾つか、『肉』の類もドロップしてる。めちゃめちゃ確率が高いわけじゃないけどレアって程でもないから、基本はそれ頼りかな」
「そっかぁ……何も食べるものがない、ってことはないんだね」
ホッとした口調ながらも、卯月さんの表情にはどこか陰が落ちているように見えた。
……なるほどな?
「肉だけじゃなくて主食も欲しいな、ってとこか?」
「えっ……? いや普通に、モンスターの肉って食べれんの? と思って……」
察したつもりだったが、全然違った。
「モンスターがドロップするお肉は大抵の場合食える、というのが定説でしてよ。というか結構美味しくて、高級食材として取引されがちです」
「そなの?」
「適切な処置をすれば、って前提ではあるけどな。ただ、系統ごとに大体は共通してるからそれさえ覚えてればそんなに難しいことでもない」
「ほーん、じゃあ安心だね」
卯月さんが、ようやく相好を崩す。
「……それはそれとして、主食も欲しくないか?」
「なんでそこをゴリ押ししてくんの……? そりゃ、あるに越したことはないけどさ……いや、そう言うってことはまさか……?」
俺に向けられる視線が、訝しげなものから期待の色が宿るものへと変化していった。
「ふっ……こんなこともあろうかと」
マジックバッグに手を入れる俺は、ドヤ顔になっていることだろう。
「これを、持ってきてるんだな」
「そ、それは……!」
見開かれた卯月さんの目が釘付けとなる、俺の手にあるものは。
「呪われた、食パン!」
かつて非難しか向けられなかったそれに、今は希望の視線が向けられている。
「……呪われた食パン、と聞こえましたが?」
一方、龍造寺さんの表情は訝しさに満ちていた。
さもありなん、というところではあろう。
「あのね、この呪われた食パンは一日に六センチずつくらい伸びてくんだ。だから毎日、一人当たり六枚切りのやつ一枚分くらいは食べれるよっ」
「いや、え……? 呪われ……食パン……食べ……? 何を言ってますの……?」
「?? どの部分がわかんない?」
「何もかもわかりませんけれど!?」
混乱の極みにある龍造寺さんに、卯月さんが説明することしばし。
「な、なるほど……色々と言いたいことはありますけれど、とにかく安定した食料の供給があるというのはありがたい限りですわね」
言葉通り色々と飲み込んだ様子ながらも、納得はしてくれたみたいだ。
「まさか、オタくんの収集癖がこんな形で役に立つとはね……」
「むしろ、こんな時のために収集してたわけだしな」
「それはウソだよね?」
「……まぁ、うん」
調子に乗っているとピシャリと刺され、俺のドヤ顔は終了となる。
「とにかく、飯にしよう。ここに来てから気を張り詰めっぱなしだったし、お腹すいたろ」
そんな俺の言葉を合図にしたかのように俺たちの腹が一斉にグゥと鳴った。
二人が少し赤い顔を見合わせる様に頬を緩めながら、俺はさっき狼と戦う時にも使ったナイフを取り出して肉の処理を始める。
「あ、ウチもやるよ」
「わたくしも」
「そんじゃ、これで頼むよ」
申し出てくれた二人に、俺のと同じ種類のナイフを手渡した。
「……ん? なんかこれ、見覚えがあるような……?」
「こちら、何かしらの付随効果はございまして?」
「いや、今関係あるようなのは何もない」
ナイフの模様を見つめて卯月さんが眉根を寄せる一方、龍造寺さんへと簡潔に答える。
「なら、普通のナイフとして使えばよろしいのね」
「あぁ。そんで処理方法だけど、まず骨に沿って肉を切り分けていく。その際、血溜まりがあったら確実に除去するように。あとは筋膜を剥ぎ取って、筋の部分も今は調理できないから全部取ってくれ」
「概ね、普通の動物の解体と同じですのね……骨や筋はともかく、ドロップ品なのに血溜まりなんてあるものなんですの?」
「どうも、倒した時の肉の状態がそのまま反映されるみたいなんだよな」
「変なところだけキッチリしてますのね……」
「毛皮が付いてない状態でドロップしてくれるだけ有情じゃないか?」
そんな雑談を交わしながら、肉を処理していく。
「……てか、オタくんってなんでそんなサバイバルに慣れてんの? ログハウスだって、普通は材料があっても作れないよね?」
同じく処理する手元に視線を落としながら、卯月さんからそんな疑問が投げられた。
「元々、俺の両親はダンジョン探索者だった……って、話はしたっけ?」
「ん、前にチラッと聞いたよ」
「直接的に言及されたことこそございませんが、配信でもそれを示唆するようなことは何度か口されてましたわね」
なるほど、それなら話は早い。
「俺は、そんな両親からダンジョンのことを聞かされながら育った」
「あー、ね? やたらダンジョンに詳しいのは、そのおかげなんだ?」
「そういうわけ。たぶん、俺にも探索者になってもらいたかったんだろうな。昔から、色々と手ほどきも受けてた。サバイバル技術も、その一環だ」
「その……戌亥様のご両親は、今……」
「や、普通に健在だよ」
気まずげな調子の問いにあっさり答えると、龍造寺さんはホッと息を吐いた。
確かに、今の言い方じゃもう亡くなってるみたいだったかもな。
「ただ、俺が小学生の頃に怪我が原因で探索者は引退してさ。それからは、探索者向けのガイドとして世界を飛び回ってるよ。俺のことは放ったらかしで、な」
俺の顔には、苦笑が浮かんでいることだろう。
「話を戻すと……昔からダンジョンのことを色々と教えてもらってはいたけど、俺自身はダンジョンに言うほど興味なかった」
「そうなん?」
相槌なのかただの感想なのか、卯月さんの意外そうな声。
「あぁ。中学に入って初めてダンジョンに潜ったのも、両親が熱心に勧めてくるからってだけだった。まー当時から結構な頻度で仕送りが遅れることがあったんで、自分でも稼げた方が良いだろうって必要に駆られた部分もあったけど」
いずれにせよ、大して乗り気じゃなかったのはよく覚えてる。
「で、初めてダンジョンに挑んだ時に発現した固有スキルが『スパチャ』で」
あの時の、テンションのダダ下がりっぷりも。
「何しろ、配信しないことには始まらないスキルだからな。とりあえず配信セットを揃えて、ダンジョン配信を始めてみた。とはいえ知っての通り、最初から視聴者が来てくれる程甘いもんじゃない。当初は、文字通りに視聴者皆無だったよ」
「そ? ウチの時は、最初からちょっとは人が来てくれたけど」
「卯月さんは美人だし、華があるからな」
「ん、あ、おぅ」
配信者が可愛い女子という時点で、一定の割合は存在するだろう。
しかし、それが大した特徴もない男オタともなれば話は違った。
「ダンジョン探索って面でも、そこそこのところで行き詰まってさ。あんまり楽しさも感じられないし、もうやめよっかなって思ってたんだよ。仕送りの遅れをカバーする程度の資金繰りなら、バイトでもどうとでもなるし。そんな時だった」
これもまた……あるいはこれが、一番鮮明な記憶として残っている。
「たまたまウチの配信に辿り着いたらしい視聴者から、コメントをもらったんだ。内容は別に、何でもないもんだった。『頑張ってください、応援してます!』ってさ。その後しばらくして、スパチャもしてくれた」
つっても、システム上最下限の額だ。
それでも、俺にとっては人生初のスパチャだった。
「それ以来、彼……なのか、彼女なのかは知らんけど。その人は、継続的に配信に来てくれるようになった。そうすると俺も、その期待に応えたいってダンジョン探索に身を入れるようになり始めてさ。自主的にモンスターの生態やダンジョンに関する論文なんかも読み漁るようになって……ダンジョンに詳しくなるにつれて、探索も進むようになっていった。それに従って少しずつ視聴者も増え始めて……やがて現在に至る、ってわけだ」
……思ったよか、長々と語ってしまった気がするな。
なんとなく話を振っただけで、卯月さんもそんな大して興味もないだろうに。
そう思って目を向けると、案の定というか。
卯月さんは、顔を背けて自分の髪をイジっていた。
龍造寺さんも、別に興味なんてなかったろう。
「なるほど、それが戌亥様のジ・オリジンでしたのね!」
と思ったら、なんか思ったより食いついてた。
「ぐむむ……! けれど出来ることなら、このわたくしこそが戌亥様の初スパチャの実績を解除したかったですわぁ……!」
いえいえ、貴女のスパチャもいつも助かってますよエレガンスドラゴンさん。
……ただこの人、一応俺の視聴者あることは隠すスタンスじゃなかったっけ?




