第13話 ギャル、ピンチを招く
「卯月様! 次はそちらでしてよ!」
「合点承知よー!」
雅ちんが青色の鱗を叩いた直後、タイミングを合わせて黄色の鱗を斬りつける。
これで、何度目のチャレンジだったか……けど、今度こそは完璧だったと思う。
『っ……!』
ウチと雅ちんは、息を呑んでストーンブルの動向を見守る。
【ブォォォォォォォォォォ!】
怒りを表すように、大きな咆哮を上げるのはこれまでと一緒。
今までのパターンだと、そのまま激しい攻撃を繰り返してくるって感じで……今回もその気配を感じて、ウチらは咄嗟に身構える。
【ブ……ォ……】
けど、ストーンブルは抜けるような息を吐き出した後にゆっくりと崩れ落ちて。
地面に倒れ伏すと同時に、光の粒子となって消えていった。
『………………』
それを見届けることしばらく、ウチと雅ちんは示し合わせたわけでもないのに同時に視線を合わせる。
「っしゃ! 撃破ー!」
「やりましたわね!」
それから、これも同時に歓声を上げた。
ふっふっふー、かつてない一体感を感じるってやつだね。
「おっと、みんな勝利のスパチャありがと~!」
自分の端末に目をやると、何人かの視聴者さんたちからのスパチャメッセージが届いてた。
いつもホント、感謝でーっす!
「んふふ……そんじゃせっかくだし、久々にアレいっちゃいますか~?」
格上を倒した気分の高揚も相まって、ニンマリと笑みが浮かんでくる。
「勝利のガチャタ~イム!」
ウチの言葉に、馴染みの視聴者さんたちからは囃し立てるメッセージが飛び交った。
「……戦闘が終わったこのタイミングで、ですの?」
一方の雅ちんは、疑問の目を向けてくる。
「ウチのガチャって、ドロップアイテム倍増とかそういうのも出るからねー。それにバトル中じゃないなら、多少変な効果が出ても大丈夫っしょ?」
「なるほど、一応リスクとリターンを鑑みるというマインド自体は存在しましたのね」
「あはは、ウチのことなんだと思ってんのさー」
笑いながら、雅ちんへとパタパタ手を振って。
「まぁ、前にはドロップアイテムが全部大爆発して危うく死にかけたこととかもあったけどねー。言うてそんなの一回だけだし、だいじょぶだいじょぶ」
「……は?」
「そんじゃ、ガチャスタート!」
張り切って、スキルを発動させる。
「何が出るかな、何が出るかな~?」
「ちょっ、今何と……」
やっぱ、この瞬間が一番ワクワクするとこあるよね~。
元々ガチャ芸人みたいな感じで売ってたこともあって、コメント欄も盛り上がってる盛り上がってる~。
「さぁ、結果は! ………………あっ」
ウチの頭の上に出現した虹色のボックスがグルグルと回転し……パカッと開いた後に出てきた文字列を見てウチの頬は引きつった。
そこに表示されてるのが、バカにするみたいに無駄に派手な色で彩られた『ハズレ』の文字だったから。
「……『ガチャ』にそんな結果、存在しますの?」
あるんだなぁ、ウチの『ガチャ』には。
まぁ、ウチも見るのはこれで二回目だけど。
そして前回出た時っていうのが、まさにさっき言ったドロップ大爆発事件の時だった。
あの時、たまたまゲットしてた脱出アイテムをギリで使ってなきゃたぶん普通に死んでたよね……。
い、いやいや。
あん時のが、ハズレの中でもハズレだったって可能性もじゅーぶんにあるわけだし?
そんなそんな、まさかスキルが持ち主のことしょっちゅう殺しに来るなんてことないっしょー。
………………ないよね?
えーと、今回の効果はっと……。
「……『超高難度ボス出現☆ 一気にレベルアップのチャーンス☆』?」
なーんか、『☆』がちょいイラッとくるわー。
あとこの世界のダンジョン、レベルとかそういう概念ないっしょ。
ウチが、ぼんやりそんなことを思ったのとほとんど同時。
『……っ!?』
ゾワリと背が震えて、さっき以上に頬が引き攣ったのを自覚する。
雅ちんと同時に振り返った先は、ストーンブルが消えた向こう側。
暗くて先が見通せない通路の奥から、猛烈に嫌な気配が漏れ出してくるように感じられた。
その気配が濃くなってくるのに合わせて、『それ』はゆっくりと姿を表す。
二階建ての一軒家くらいの、でっかい体躯。
それに見合ったおっきい頭部には、やっぱりクソデカい角が二本反り立ってる。
見た目のシルエットだけで言えば、さっきのストーンブルとそんなに変わらないと言えた。
だけど、そのサイズと禍々しさは段違い。
相手がこの階層に相応しくないのか、ウチらが本来この階層に相応しくなかったのか。
ウチじゃ判別は付かないけど、間違いなく言えるのは一つ。
◆ ◆ ◆
勝てません、わね。
もしも一人であれば、辞世の句でも読み始める頃合いでしょうか。
けれど、この胸に絶望感が去来することはありません。
幸運なことに、今この場には──
「ジュエリーブルかー。確かに、このフロアで出るような相手じゃないな」
そんな気楽げな声と共に、わたくしたちの前にこの上なく頼もしい背中が現れます。
「はいはーい、ダン簡チャンネルのダンオタでーす。今回は第130層から、ジュエリーブルが出現したので緊急で動画を回してまーす」
わたくしたちのとっては死の象徴のような存在であっても、彼にとっては配信ネタが一つ現れた……程度のものなのでしょう。
「うお、ダンジョン配信マニアさん早いですねー。いつもありがとうございます。たまたま全裸待機してた? はは、風邪にお気をつけてー」
何の気負いも感じられない平常通りの声が、知らず強張っていたわたくしの身体を解きほぐしていきます。
それはあの日、初めてお会いした時と同じように。
わたくしがまだダンジョンに挑み始めで、直孝様の存在も知らなかった頃。
順調にダンジョンを攻略していたわたくしは──それが両親の買い与えてくれた装備のおかげであるという自覚さえほとんどなく、愚かしくも己の力を過信して──実力に見合わない階層へとチャレンジしていました。
そこで、直孝様を初めてお見かけしたのです。
一見すれば頼りなそうにも思える彼が強大なモンスターと対峙する様は、無知なる者からすれば危機に陥ってるように見えました。
自身の力量を誤認していたわたくしは、彼を助けるべくモンスターに挑み……逆に助けられる結果になったことは、言うまでもありません。
そこで初めて己の未熟さに気付いて恥じ入ったわたくしに、直孝様は馬鹿にするでもなく優しく接してくださって。
丁寧にアドバイスまでくださった彼のことが気になって情報を集める中で、ダンジョン配信を行っていることを知り……全ての動画をチェックする頃には、すっかり虜になっておりました。
とはいえ、その時点ではあくまで理想のお手本としてのもの。
特別な感情はあっても、そういう意味ではありませんでした。
けれど直孝様の配信を日々視聴し、端々の情報からその動向を予測して極力ダンジョン内でもご一緒出来るよう画策しているうちに………………いえ、今は物思いに耽っている場合ではございません。
直孝様の戦われる姿を、一瞬たりとも見逃さないようにせねば!
「続いてスパチャも、ありがとうございます。早速、利用させていただきましょう」
そうおっしゃると同時に、直孝様の右手に小ぶりの盾が出現します。
せいぜい広げた手の平より少し大きい程度のそれは、目の前の強大なモンスターと比すれば本来は如何にも頼りなく感じられようというもの。
けれど、そんな風には少しも思えません。
「もう少し視聴者が集まるのを待つべき? あー、そうかもしれませんね。じゃあ今回は、粘りコースでいってみましょう」
それは、他ならない直孝様ご自身の存在感の大きさゆえなのでしょうか。
「ジュエリーブルは、先手必勝で頭を潰すのが一番手っ取り早いんですよ。でもそのためにはブレスの起こりモーションに合わせる必要があって、ちょっとタイミングがシビアなんですよね。その点、今回お見せする粘りコースはとても簡単です」
そのお言葉を聞いた時、恐らくわたくしと視聴者の心は今一つとなったことでしょう。
「それでは、実際にやってみましょう」
どうせ、簡単なわけねぇ……と。
「まず、ジュエリーブルの足がギリギリ届くいっぱいの距離で陣取ります。これ以上離れるとブレスが飛んできますし、もう少し近づくと今度は頭突きメインになるので注意してくださいね。あ、万一そうなった場合、頭突きはその場で回避、ブレスが来たら全力で離れましょう。もちろん、頭潰しが出来る人はそっちでもオッケーでーす」
事もなげにおっしゃりますが、この時点で一般的には無理ゲーでしてよ。
何しろ、直孝様と対峙するジュエリーブルは前後左右と素早く移動し続けております。
これと一定の距離を保ち続けるということが、まず普通は不可能と言えましょう。
なお言うまでもなく、頭突きを避けたりブレスに攻撃を合わせるには高度な技術が必要です。
ダメだったらこれでOKなどと、簡単に出来るのは一握り……というか、わたくしが知る限りではお一人しかいらっしゃいませんわ。
「はい、前足攻撃来ましたねー。これで前提はオッケーでーす」
前提とやらをクリアた上で、飛んでくる踏みつけの一撃もまた常人に耐えられるものではありません。
それを、直孝様は子供のげんこつを往なすが如き軽やかさで受け止めます。
「ちなみにこの前足攻撃、パッと見では一回に見えるかもしれませんけど三発入ってるんで一応注意してくださいね。初撃を受け止める時に力を込めて身体を固めると二発目以降で潰される可能性が高いんで、トントントンッて感じでリズム良く受けていきましょう」
……どうやら、一撃ですらなかったらしいですわ。
「はい、じゃあこのまま十秒くらい耐えまーす。初撃より後は、三連から五連がワンセットで来るんで注意して合わせてくださいねー」
言われた上で見て凝視しても一撃にしか見えない、連撃? を、直孝様は受け止め続けます。
そこだけ切り取るとバレーのトス練習でもしているようにも見えますが、現地たるここではズズン! ズズズン! と重い衝撃が響きまくっているので脳がバグりそうになりますわね。
「はい来ました、硬直タイム。この隙に、腹に向けて一直線に行きまーす」
硬直……硬直? してました? 今? どこで?
わたくしには、これまでと変わらない一撃(ではない連撃)を往なして飛び出したようにしか見えませんでしたけれど。
「そして、ここで一発入れまーす」
そう言いながら、直孝様がジュエリーブルの腹部へと盾を叩き込みます。
気合いの欠片も感じられない声だったにも拘らず……爆音と共にジュエリーブルが大きく仰け反ったことから強力な一撃であったことが伺え、またも脳がバグる思いです。
ただ直孝様の動画を見る際には基本的に脳がバグりっぱなしになりますので、今更とも言えますわね。
「はいっと、これで終了です」
ジュエリーブルの行く末を見届けることさえなく、直孝様は撮影用ドローンに向き直ってらっしゃいました。
その後ろでジュエリーブルが光の粒子となって消えていく光景は、まるで後光が差しているようにも見えます。
「皆さん、見えましたかね? この盾、攻撃力アップの効果が付いてるんですけど……ほらこうして、インパクトの瞬間にトゲが出るようになってるんですよ」
直孝様が盾をポンと叩くと、確かに表面から幾百本もの細かい針が飛び出してきました。
「このトゲが、攻撃力を増してくれるんですね」
……今回の場合、トゲとか関係なく殴り付けた衝撃で吹き飛ばしたようにしか見えませんでしたけれど……きっと、わたくしの見聞の狭さゆえですわよね。
「そう、つまり」
あ……!
来ますわよ、例のあれが!
「これが、スパチャの力です」
来ましたわーーーーーーーーーーーーーーーー!
はい、今日の『スパちか』いただきました!
はぁっ、この時のために視聴してるまでありますわ……!
………………おっと、今日は画面越しではなくリアルでしたわね。
いけないいけない、
いつまでも見惚れている場合ではありませんわ……。
いつか、直孝様の隣に胸を張って立てる程の実力を身につけるその時までは。
誰にも……わたくしのこの想いは、悟られるわけに参りません。




