第10話 ギャル、お嬢様と出会う
今日も今日とて、ウチはオタくんとダンジョンに潜っている。
「と、このように。障壁狐のバリアは10秒に1回0.03秒だけ解除されるから、その隙を狙えば簡単に倒せるんだ」
「またそういうこと言う……! 0.03秒って何……!?」
「いわゆるフレーム数で言うと、2フレ弱だ」
「単位を変えて教えてほしいわけじゃなくて! えーい、とりあえずやってみるけども!」
「あ、ちなみにバリア解除の前後0.1秒間に攻撃を加えるとえげつないカウンターが来るから気をつけて」
「そういうことは早く言ってくれる!? おぎゃー!?」
こんな光景も、いつものことって感じになってきた。
「ぜぇ……はぁ……ど、どうにかいけた……」
「うん、お見事。タイミングは把握出来てきたみたいだな」
「勘が当たっただけなんですけど……」
「勘で当てられるようになったことが重要なんだ」
「そういうもん……?」
驚くべきことに、この状況に慣れてきてることも自覚している。
なんか最近、オタくんの言ってることを「そうかな? そうかも……まぁ、そうかもな……」くらいに思い始めている自分がいるんだよね……慣れって、恐ろしい……。
そんなことを考えながら、オタくんが用意してくれたスポーツ飲料とはちみつレモン──いつも持ってきてくれてる上に、毎回ちょっとずつ味が違うっていうお気遣いっぷり──を口に入れて、これまた当然のようにオタくんが渡してくれた氷嚢で筋肉をアイシングしながら休憩していた時のことだった。
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
「あのあのっ! ダンオタさんと煌梨ちゃんですよねっ!?」
そんな風に話しかけてきたのは、男女二人組。
「あっ、はい。卯月煌梨でーっす!」
「どうも、ダンオタです」
ウチは営業スマイルに切り替え、オタくんもぎこちないながら笑みを浮かべて答える。
「やっぱり! 凄い、本物だ!」
「私たち、お二人のすっごいファンなんですよ~!」
「握手とか、してもらってもいいですか!?」
「あっ、もちろんご迷惑でなければですけどっ!」
お二人さんは、興奮冷めやらぬって表情で捲し立ててきた。
「はいはい、全然オッケーですよ~!」
「いつもご視聴、ありがとうございます」
ウチらは、営業スマイルで握手に応じる。
「ダンオタさん、こないだの配信痺れました! ナイフ一本でクソでっかいモンスターを倒すとか、マジかっけぇです!」
「や、スパチャの力あってこそですよ」
「おっ、スパちかいただきました! ありがとうございます!」
「スパちか……?」
「煌梨ちゃんも、最近ますます強いモンスター倒しちゃって凄いですっ! 憧れます~!」
「あはは、どもども! まぁ倒してるっていうか、倒させられてるって感じだけど!」
「ほらこのネイルも、煌梨ちゃんとおソロにしてるんですよ~!」
「おっ、似合ってんね! 可愛いよ!」
「あはっ、ありがとうござます~!」
そんな感じで和気あいあいと、握手を交わす私たち。
「それでは、失礼します!」
「これからも、応援してますね~!」
最初は若干身構えちゃったけど、良い人たちで良かった~。
「はーい、ありがとね~!」
「今後とも、よろしくお願いします」
最後まで笑顔を見せてくれながら去ってく二人を、私は大きく、オタくんは身体の前で控えめに、それぞれ手を振りながら見送る。
「やー、こういうのって嬉しいもんだね~」
「だな」
「……えっ?」
自分で振っといてアレだけど、オタくんの返答が意外で疑問の声を上げちゃった。
「オタくんにも、そういう感情あったんだ?」
「俺を何だと思ってるんだ」
ウチの言葉に、オタくんはジト目を向けてくる。
「仮にも配信なんてやってんだ、観てもらって嬉しいって気持ちくらいは生まれるさ。そもそも、観てくれる人がいなけりゃスパチャも成り立たないし」
「あー、ね?」
最後のも紛れもない本心ではあるんだろうけど、言い訳みたいに付け足されたのがなんだかおかくってちょっと笑っちゃった。
「まして、有力な配信者からの認知はそこ経由で視聴者が来てくれる可能性もあるしな」
「ん? 有力な配信者って……今の人たちが、ってこと?」
「あぁ、最近名を上げてきてるカップル配信者だ」
「へー? オタくん、よく知ってんね?」
「それなり以上の探索者の配信は、一通りチェックしてるから。特に急上昇してるタイプは、新たな発見があることも多いしな」
ぐむ、ウチのことはチェックしてなかったくせに~。
最初に会ったあの時も、後からアーカイブ観たらコメントで教えてもらうまで明らかにウチのこと知らなかったもんね……。
……まぁ実際、そりゃそうよって話だけどね。
ウチなんて、オタくんの言う「それなり以上」のラインに全然届いてないんだろうし。
視聴者数はともかくとして、探索者としては……ね。
「今の卯月さんなら、チェック項目の上位に来るかもな」
「っ!」
オタくんの言葉が、じんわりと胸の中に広がってく。
だけどウチの内心なんてお見通しって感じなのが恥ずかしいし、何よりこんだけのことでめちゃめちゃ嬉しくなっちゃってるウチ……チョロすぎっ!?
「あー、えー、っと。てか、さっきの二人って付き合ってるんだー?」
そんな恥ずかしさを隠すのも兼ねて、さっきチラッと出てきた情報の中で気になってた点を掘り下げることにする。
「チェック対象に入ってるってことは、オタくん的にそういうのはアリなの?」
「そういうの、ってのは?」
「カップルでダンジョン、的な」
「結局のところ、パーティーを組む上で一番重要なのってお互いの信頼度だからな。恋人関係っていうのは、まぁわかりやすい形ではあるんじゃないか?」
「はえー、そなんだ? ちょっと意外かも? そんな浮ついた感じでダンジョンに挑むなんて許せん、ってタイプじゃないんだ?」
「そもそも、ウチの両親が夫婦でダンジョン潜ってるし」
「えっ、そうなん?」
「言ってなかったっけ? 結婚前から二人で探索者やってて、その結果生まれたのが俺ってわけだからその辺りにとやかく言える立場にはないっていうか」
「はえー、そうなんだー」
初耳なんですけどー。
じゃあウチとオタくんも、もしかしたら……。
「まぁウチの両親の場合は今も上手くいってるから良いけど、破局した場合は地獄だよな」
「デ、デスヨネー」
あっぶな……!
もうちょいで、思ってることポロッと言うとこだったよ……!
……でも、そっか。
そうだよね。
今は、師弟関係? 的な感じだから、一緒にダンジョンに来れてるけど。
ここから『先』に、踏み出そうと思ったら……なんて。
今後のことに、ちょっとだけ思いを馳せたりしていた時のことだった。
「おーほっほっほっ!」
そんな、笑い声……? が耳に届いてくる。
え? なんかアニメでも始まった?
と思って声の方に目を向けると、そこには口元に手を当てながら高笑いを上げている女の子が一人いた。
腰辺りまで伸びたストレートの黒髪はツヤッツヤで、毎日丁寧にお手入れされてることがわかる。
ちょっと吊り目な勝ち気っぽい顔立ちに、自信満々って感じの表情が凄く似合って見えた。
たぶん、歳はウチらと同じくらいだと思うんだけど……見るからに豪華なドレスタイプの鎧とこれまた高そうな円盾を携えた姿からは、『お嬢様』以外の単語が連想出来なかった。
「こんなところで奇遇ですわね」
堂々とした足取りで、お嬢様がこっちに歩いてくる。
「あーっ、と……この子も、最近ウチらのファンになってくれたのかな?」
「……いや」
コソッとオタくんに言ってみると、なんか微妙な面持ちが返ってきた。
「そして!」
そんなウチらに、なんかキッて感じの鋭い目を向けてくるお嬢様。
「初めまして、卯月煌梨様」
「あっはい、はじめまして~」
なんでウチにだけはじめまして?
……あー、いや?
「えっと……オタくんの、お知り合い?」
さっきの反応的にもそういうことかと思って、オタくんに話題を振る。
「わたくしは、龍造寺雅」
するとオタくんが答えるより先に、お嬢様……雅ちん? が、名乗ってくれた。
「『雅なる部屋』の主にして」
雅なる……えっ、急に何……?
……あっ、チャンネル名か!
そういえば、見たことあるかも。
確かウチと同じく、ソロでダンジョン探索やってる系女子……だったよね?
その、雅ちんが自慢げに胸を張って。
「戌亥様の、唯一無二のライバルでしてよ!」
ライバル……ライバル?
「……そうなの?」
オタくんに半歩近づいて、今度もそっと尋ねる。
「諸説分かれるところだな」
「なんで他人事な感じなん……?」
どういうこと……?
と、思っていると。
「というわけで、勝負ですわ!」
ウチらの方を見て、更に目付きを鋭くした雅ちんがビシッと人差し指を突き立ててくる。
「このフロアのボスを先に倒した方が勝者でしてよ!」
そう一方的に宣言した後、雅ちんはウチらの横を通り過ぎてズンズンと進んでいく。
すれ違う直前、こっちに向けられた雅ちんの目は一層鋭くなってるような気がした。
「ちなみに、このフロアのボス部屋は向こうだ」
あとオタくんにそう言われて、ピタリと足を止めた後に90度足の方向を変えてまたズンズンと進んでいく。
最後に垣間見えた横顔は、ちょっと赤くなってる気がした。




