第58話 運搬クエスト
切り株に並んで座った状態で、カズハは俺にもたれかかったまま寝息を立てている。
こういうシチュエーションは未経験なので、どう扱ったらいいかよく知らない。
でも、部屋の中ならともかく、この森のなかで、疲れてるのなら寝かせておこう、というわけにもいかないだろう。
起きるまでどれくらいかかるかわからないしな。
数時間寝られると、さすがにモンスターに襲われる確率が上がる。
それに、俺が離れるとカズハも倒れてしまう。
布団や寝袋もないし、地面に寝かせるわけにもいくまい。
森の奥から小さな物音が聞こえた気がした。
耳を澄ませば、それは足音のように聞こえる。人間よりは小さそうだが、複数いるようだ。
一旦本拠地に戻るしかないか。
さて、どうやって運ぼう。
まず、プレイヤーはアイテムボックスなどにしまえない。意識の有無にかかわらず。
乗り物は持っていない。
というわけで、おんぶか、もしくは抱っこ……いわゆるお姫様抱っことかいうやつだ。
もちろんゲーム内でも現実世界でもやったことはない。
起きるなよ……。
右腕をカズハの脇の下から背中に回し、左腕は両足を揃えさせて左腕を膝の後ろに回す。
ええと、お姫様抱っこってこれでいいんだよな。
まあ、いいか。起きる前に本拠地に戻れば。
幸い、木を切りながら進んだせいで、本拠地からはまだそんなに離れてはいない。
そのままゆっくりと持ち上げる。思ったより軽い。
というか、ゲーム内のアバターは本物よりも体力があるはず。今の職業は戦士なので、その補正もあるのだろう。
現実世界だと持ち上げられないんじゃないかなあ。
そのまま本拠着へと引き返す。
狩りゲーでよくあったな、この手の運搬クエスト。女友達を運ぶのはさすがに記憶にないが。
苦手だったんだよな、あれ。雑魚にも反撃できないから、すぐに卵を落として……。
厄介なことに、クリアしないとストーリーが進まなかったりするから、ずっと苦労してた。
他のゲームの話はいいや。カズハに集中しよう。
できるだけ揺らさないように、ゆっくりと歩く。
足元が見えないのは思ったより怖い。走れないな、これ。
「……んー」
カズハが小さなうめき声を発し、反射的に足が止まる。
大丈夫だまだ起きてない。
「……ゲン……」
寝言で人を呼ぶな。思わず返事しそうになったじゃないか。
まだ寝てるよな、これ。狸寝入りとかしてないよな。
それはないか。意識があったらお姫様抱っこの時点で大騒ぎしてる。
少し早足でもいいんじゃないか。そう思い始めた頃、背後から追ってくる足跡が聞こえた。
敵だろうか。しかしこのままでは両手が使えない。とはいえカズハを地面に下ろすのもまずいだろう。
振り向けば、林道をこちらにやってくる5匹のネズミの姿があった。
【サーベルラット】 動物 Lv.3
またこいつらか。
以前も戦った、長い牙を持つネズミ。通常フィールドにたくさんいる、いわゆる序盤雑魚のようなモンスターだろう。
あのムカデはいないようなので、なんとかなりそうだ。
駆け寄ってくるネズミを、タイミングを計って右足で蹴り飛ばす。
『ブギュ』
足にはデフォルトの靴。伐採作業があったので鎧は着ていない。
――8ポイントのダメージ!――
ネズミのHPバーは半分弱消えた。
足に武器も金属鎧も付けていないので、さすがに攻撃力は低い。
あと、少なくとも2撃入れないといけないのだが、警戒したのか近づいてこなくなった。
目の前のネズミの出方をうかがっている間、他の4匹が追い付いてきた。
そいつらは俺の横を迂回し、俺たちを取り囲む。
このネズミ、やっぱり知能高いんじゃ……。
お姫様抱っこの体勢からカズハを持ち上げ、うつぶせになった彼女を肩に担ぐ形になった。
これもネット動画で見ただけで、実際やるのは初めてだが。
これで足元が見える。
後ろから攻撃される前に、さっきHPを減らした個体に向け走る。
もう一度、蹴る!
――6ポイントのダメージ!――
やっぱり倒しきれない。
お姫様抱っこから切り替えたとはいえ、やっぱり両手は使えない。
蹴り用のスキルなんて持っていないので、地道にダメージを蓄積するしかない。
攻撃の隙を狙うように、背後からネズミが迫る音がした。
振り向いてそれを確認するより先に、横に跳んで回避する。
すれ違いざまに蹴ってやろうかと思ったが、空振りに終わる。命中率も低い。
近くにある大きめの木を選び、それを背にした。
ひとまず360度囲まれないように。
背後こそ取られなかったものの、半円状に展開したネズミたちがじりじりと迫る。
回避に専念して本拠地に走るか、カウンター狙いで少しずつ削るか。それを決めかねていた時、小さな声が聞こえた。
「……ん……」
あ、しまった!
「……あれ? わたし、寝て……た……?」
カズハが起きた!
「……えっ、何でゲンがそんなところに?」
「今戦闘中だからちょっとじっとしてて」
寝起きで頭が回っていないようだ。
「……な、何でこんな荷物みたいに!?」
「これはファイアーマンズキャリーって言って、自衛隊とかも使う救助法だぞ」
「……こういうプロレス技なかった?」
「このまま後ろに倒れ込まなければ大丈夫!」
「……お、お姫様抱っこ! お姫様抱っこを所望します!」
まだ覚醒してないのかもしれないが……や、やっぱりそうなるか。
「足元見えないから危ないだろ、あれ」
「……えっ待って。何でそんなこと知ってるの? 誰を抱いたの!?」
「いや言い方! そっちはあとでログを確認しろ!」
「……え、え、もしかして」
「戦闘中はじっとしててくれ!」
俺はカズハを担いだまま、って待てよ。
「そうだ。起きたんならもう担ぐ必要ないな」
「……えーっ!?」
しぶしぶといった感じでカズハは俺の上から下り、俺たちはそれぞれの得物、エノキの石槍とウォーハンマーを抜く。
こうなると流石に、低レベルモンスターは敵ではない。
ネズミ3匹を倒すと、後の2匹は逃げ出した。
一時はどうなることかと思ったが、なんとか戦闘終了だ。




