第40話 雨上がりの空に
「……ちょっとデー……散歩でもしよ?」
「雨の時しかできないことって、それ?」
何かデーとか言った?
デート……いやいや、何で一番にそんな単語が出てくる? 恋人どころか友達になったばかりなのにそれはないだろう。データ収集か何かだな、多分。
「……雨の時だけ出てくるレアモンスターなんかもいる、よ」
よく考えたら雨限定のモンスターって、カエルとかナメクジとか、湿度の高そうなところにいるやつが連想される。海に近く塩分の飛んできそうなこの場所とは相性悪いような気がするんだが。
そういうのが実際出るまで、余計なことは言わないことにするか。
「傘とか作ったり買ったりしなくていいの?」
「……今、用意する」
そういうとカズハは、武器を呼び出すときのように、左手を掲げる。
「……雨に踊れ。【相合傘】」
そして現れたのは、かなり大きめの1本の傘。
「まさかそれ、ハンマー扱い?」
「……鈍器の一部は形が変わっててもハンマー扱いされるものがある」
まあ、他のVRじゃないゲームでも、ネタ武器は色々あったけど。
釘バットとか人形とか、巨大な魚や野菜の形をしたものとか。
「……行こ。雨が止む前に」
ちゃんと傘としての機能はあるようで、カズハはそれを開いて雨の中に踏み込む。
「ええと、一本だけ?」
「……?」
振りむいたカズハは、状況を理解できないような表情で首をかしげる。
確かに、ひとり用としてはかなり大きめの傘ではある。ふたり並んで入っても十分なサイズだが、もともとどういう用途を想定されているんだろう。
これ以上問答しても仕方がないので、ふたりで一本の傘の下、海辺を歩く。
「なあ、その傘、俺が持とうか?」
「……ありがと。でも、今この傘はわたしの装備だから、たとえゲンでも渡せないの」
「普通の傘とかないの……?」
「……わたしは持ってない。もし気になるんなら、今度は現実世界の方でゲンが傘持ってね」
「ああ」
………………………………ああ!?
な、なんか今、ムードか何かに流されて妙な約束した気が……。
高校から見て、俺たちの家はほぼ反対方向だからなあ。
部活が終わり、他にアルバイトなどの用件もなく、学校帰りに雨が降って、傘が一本しかなくて。
イベントの発生条件、ゲームより厳しくない?
しかしこれ、普通に歩くより難しい気がするな。
普段考え事をしてて、カズハより先に行ってしまうなんてことがあるが、さらに気を使わないと。
まあ、傘には多少余裕があるが。
「冷たっ!? 今この傘小さくならなかった!?」
「……目の錯覚です」
「いや目の錯覚で肩が濡れたりしないだろ」
「……肩の錯覚です」
「聞いたことのない錯覚!」
「……もう少し、こっちに来ないと濡れるよ?」
「わ、わかったわかった」
なんかさっきデーとか言ってたの、やっぱりデー……。
でも、それを言うならこのゲーム始まってからかなりの間、今と同じようにふたりだけでいたような気がする。
いやいや異性とバイトのシフトが被るのはデートと言わん。
◆
結局今回は、レアモンスターどころかただのモンスターも見つからず。しばらく雨の中を相合傘で散歩しただけに終わった。
雲も俺たちの頭上を通り過ぎ、そして離れてゆく。
そして雨は上がり、西の空から光がさし始めた。
あれ? 夕立、そして雨上がりということは……。
振り向いて、東の空に視線をやる。
「あ……」
「……? あ、虹」
しばらく、暑さも忘れてふたり黙ったまま、雲の消えた青空に浮かぶ鮮やかな円弧を眺めていた。
やがてそれは少しずつ薄まり、夏の夕方の空に溶けて消える。
「……きれい、だった、ね」
「ああ」
現実世界でも何度か見たが、それよりもずっと美しく思えた。もしかしたら、いやたぶんゲームのグラフィックの問題かもしれないが、さすがにそんな野暮なことは言わない。
さて、もう日が暮れそうだが、今日中に錬金釜の用意でも……。
――ユニークミッション【48の夏イベント:雨宿り】をクリアした!――
――ユニークミッション【48の夏イベント:相合傘】をクリアした!――
――ユニークミッション【48の夏イベント:虹】をクリアした!――
だから何なのこれ。
「……ゲン、ちょっと準備するから、四阿で待ってて」
準備って、なんの?
俺に質問する隙も与えず、カズハは四阿から離れる。
いつしかセミの声も消え、遠くから聞こえる波の音だけが繰り返し四阿に届いた。
錬金釜は、明日でもいいか。
48の何かしらは確か4つぐらいしか終わってなかったと思う。夏休み中に終わるもんだろうか。
やがて、すっかり日も落ち、辺りの景色も闇の中に沈んだころ。
「……ゲン、こっちこっち」
カズハの呼ぶ声は、いつもよりずっと低いところから聞こえた気がした。
ゲーム的な処理なのだろうか。地面を濡らしたはずの雨の痕跡もいつの間にか消えている。
「うおっ!?」
ガイドフォンのライトを付けると、俺の足元、思いの外に近くに仰向けに横たわり、こちらを見上げるカズハと目が合う。
その下には、青いレジャーシートのようなものが敷かれていた。
「なんでそんなところに寝っ転がってるんだよ。うっかり踏むところだったぞ」
「……大丈夫。フレンドリーファイアーはオフにしてるからダメージはない」
「いやそういう問題じゃ……」
「……それより……上」
上?
仰向けのまま真上を指差すカズハ。
それにつられるかのように視線を上げる。
「ああ……」
そこで俺はガイドフォンのライトを消した。
俺達の頭上、夜空に浮かび上がったのは、満天の星々。そして――。




