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シンクホール




「名目上はハイルーク伯爵家の領地で、実権実務はリンデン子爵、具体的にはお隣の領地にいるマリアンヌ様とハルバード様が担うってこと?」

「そう、ですね。でも本当に他の貴族の手前の名目上ってだけで、この地がアイクラ国の治外法権である事は変わらないと思います」


それはそうだろう。《神聖契約》の契約者であるライズ村長抜きに決められた事に、この地を治める実行力などあるはずがない。


アオイは、1ヶ月ぶりに村に来た定期隊商を率いるアーサーがもたらした情報に違和感を覚えた。

ミルコはともかく、マークが知らないなんてことがあるだろうか。

チラリと視線を向けると、困惑顔のミルコの隣で、マークがあごに手を当て、なにやら考え込んでいる。

アオイは、荷下ろしを手伝いながら、アーサーに向かって質問した。


「ハイルーク家から、別の統治者が来るってことかしら?」

「それは流石に存じ上げませんが、このままマーク様が継続されるのでは?」

「え?」


マークが顔を上げてアーサーを見た。


「マーク様とミルコ様の功績は、王都では口さがない者の間でも、話題に上がっているのですよ?」

「え、俺も? マークだけじゃなく?」

「一体なんのことだ?」


「[塔]を完成させたじゃありませんか」

「っ!? いやっ、それは俺の功績じゃないよ!」

「ハイルーク家の三男が『奴隷を使役して完成させた』と、王都では、貴族の間でも市井の者までも、大喜びしていますよ?」

「いやいやいや、違うよ。俺はなにもっ!」


「良いではないか。これで名実共に、ここの最高階級位者である事には変わりないのだ」


アーサーからもたらされる賞賛を、マークは必死に固辞していたが、ハチが「これ幸いと思っておけ」と助言する。ハイルーク家の内情を知るミルコもハチに追従した。


「そうだよ! どうせハイルーク家にはもう派遣できる人材もいないし、ちょうどよかったじゃないか」

「そりゃぁ、父親は王都から離れられないし、兄らはそれぞれの生活があるけど、隣接する有望地だぞ?」

「だから、それはまだ俺たちだけしか知らないんだって」


ミルコの正論に、マークは「そう言えばそうだった」とハッとした顔をハチに向けた。


「うむ。知られる前に言質をとった方がいいかもな。いっちょ契約の一つでも結んでおいたらどうだ?」

「あ、それならライズ村長と直接契約するのはどうですか? 向こうも勝手に勝手な人事を組んでいるみたいですし、こちらは堂々と《神聖契約者》と契約書を作ればいいのでは?」


わざわざ《神聖契約》にしなくても、商業契約でも、業務委託契約でもなんでも良い。どうせ“名目上”の事なのだから。

アオイの提案に、セバスとアーサーも「うんうん」と大きく頷きながら契約を促す。


「商いの契約なら、我々がお力になれます」

「セバスは[鑑定]スキル持ちですからね、公証人の役目も果たせますよ」

「やったじゃん! ありがとうセバスさん!」


あれよあれよと決められていく新たな役職に、マークはミルコの顔を見て言った。


「実権実務はリンデン家じゃないか。勝手に決めて良いのか?」

「なに言ってんだよ。ウチの爺さんと婆さんの実務なんて、由緒正しい伯爵家のマークが思っているようなもんじゃないぞ?」


ミルコは、数日前に祖母のマリアンヌから届いた[カカポート]の内容を披露した。


可愛いミルコへ

新しいレースの売れ行きは絶好調。

次の[シルクスパイダー]の繁殖期には、多くのハンターが[デパート(ダンジョン)]へ向かうわ。十分に準備なさい。

マリアンヌ・リンデン


「これだけだぞ!? まるっきり商人じゃないか!」

「稼ぎ期ね! ホテルや宿屋を増やした方がいいかしら」


ミルコの呆れとアオイの商売っ気が重なって、みんなで思わず声を出して笑ってしまった。


「だからウチのことは気にするなよマーク」

「ミルコ・・・」


「あ、拝んじゃう。拝んでおこ。てぃてぃ」

「アオイ・・・皆が見ている。ほどほどにするのだ」

「また、アオイとハチにしかわかんない話してー!」


ナナが頬を膨らませて飛びついて来た。


あぁ、カワイイ。なんて楽しいんだ。これからもこの幸せが続けば万々歳。


アオイがニコニコしながらナナのケモ耳を揉みしだいていると、セバスとアーサーが売り掛けの価格表を持ち出して話しかけて来た。


「アオイ殿。それは後ほど。実は今回の[魔法師]死去による、王都での大規模災害の影響で、今後の商品の価格がー・・・」

「まって? なんて?」


アーサーは、ついでのように驚きの訃報をアオイに知らせた。


数日前、五大魔法師の1人である、〈土属性〉魔法の第一人者[ウルミシュ・クギョウタチバナ]が、魔法師達の自宅、通称[地下牢]で最後の時を迎え[魔力暴走]を起こし、周辺に巨大な穴をあけ、大規模な陥没事故を引き起こしたのだとか。


「真夜中だったので、地上の貴族地区どころか、城にも甚大な被害が出てね。いまだに瓦礫の中、生存者を捜索している悲惨な状態らしいですよ」

「それ、塔のみんなは、あ、私、知らせてきます!」


アオイは[魔法師の塔]にむかって、転げるように駆け出した。

一緒にいたナナも後を追って駆けていく。


「おそらくもう知っていると思いますがね」

「辺境地の俺らが知っているぐらいだからね」


荷馬車の積荷の上げ下ろしをしていたセバスとアーサーは、顔を見合わせて作業に戻った。


時刻は昼食が終わった頃で、魔法師たちは村での食事を終え、塔に帰って行ったばかり。

シンクは午睡の準備をして、クロガネは昼食時に仕入れた“物質の状態変化”の情報を資料にまとめているだろう。オリベは今、塔にいるだろうか。

数ヶ月前、塔に来た魔法師の3人は、すっかり村に馴染み、日々のルーチンも定まり、安定した生活を自分たちなりに楽しんでいる。やっと、やっと人間らしく穏やかに過ごしていたのに。


「アオイ! しっかり」


こけつまろびつ足が絡む。

転倒しかけたアオイの身体を、小さなナナが抑えてくれた。


「落ち着けアオイ」


襟巻きだったハチも、ドロンと元の姿に戻る。アオイは、勢いで2、3歩進んだ足を止めた。


「私が考えているより長い長い時間を、一緒に、過ごしてきた仲間が、死んでしまったなんて聞いたら・・・」


しかもこれからは貴族の目から離れ、新生活を共に過ごそうとしていたのに。


「後、ちょっとで、間に合わなかったなんて、知ったら・・・」


そんなの悲しすぎる。


アオイは、俯き バッ と両手を顔を覆った。

さめざめと無言で涙を流すアオイに、ナナとハチが身を擦り付ける。


私が泣いてはいけない。泣く関係性も筋合いもない。


だが、魔法師たちの境遇にすっかり同情してしまっているアオイは、その涙を止めることができなかった。


「どうした!?」


頭上から舞い降りた深緑色の髪の青年は、泣いている大人の女を間近でみたことが無かったので、ボタボタと大粒の涙をこぼすアオイの様子に狼狽した。


「どこか痛めたか!? 村へ、いや、人を呼んでくるっ」

「いいえ、オリベ様、違う、違います」


先の言葉を待ち、オロオロとするオリベだが、アオイは嗚咽をあげてズビズビと鼻をすするばかり。

ナナは、そんなアオイの背をゴシゴシと撫でるだけで、オリベを見もしなかった。


オリベの視線は自然にハチにむけられた。


「オマエらの同胞の訃報に、少々動揺しているようだ」

「え!?」


ハチの答えを聞き、驚いた声を上げたオリベに、アオイは涙を雑に拭いながら、必死にアーサーから聞いた話のあらましを話し聞かせた。


「あぁ、なんだ。その事か」

「は!?」

「ウルミシュはそうするって決めてたんだ。ヤツは成し遂げた」

「え、どうゆう・・・」

「死期を覚っていた。1番古い魔法師だから『もう疲れた』って、いつも言ってた」


オリベは一瞬遠い目をすると、目線を戻してアオイの顔を見る。

しばらくジッとみつめたあと、なんとも言えない表情のまま、ウルミシュの最後の想いを教えてくれた。


「ウルミシュは[塔]に来る気が無かったんだ。『どうせ死ぬなら我らを縛る彼らのためにもここで死ぬよ』と言っていた」


オリベは「だから、誰も泣かなくていいのだ」と、はっきりと告げる。それはつまり、この永遠の別れが“悲しい事だ”と、オリベは理解していると言う事だ。

ただの人工破壊兵器じゃない。やはり魔法師も、同じ感情を持っているという事だ。


アオイはさらに、ボタボタと涙をこぼす。

泣けないオリベの代わりとばかりに、無言で知らぬ魔法師の死を悼み、ただただ涙を流し続ける。


オリベは、そんなアオイの手を引いて、塔に向かって歩き出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「またオリベがなにかしたの?」

「何もしてない!」


塔についても涙が止まらないアオイに、シンクは連れてきたオリベを責めた。


「違うのよシンクちゃん。違うの。オリベ様は優しくしてくだっさっているだけよ」


アオイは鼻をズビズビ鳴らしながら、なんとか泣き止もうとするが、どうにも涙が止まらない。


「どうしたというんだアオイ」

「ごめん、ハチ、自分でもわからない。でも、なんていうか、間に合わなかったのが、悔しくて。ごめん、傲慢だわ。私、関係ないのに、なんでだろう? 何かもっと、できることがあったんじゃって、考えてしまう」


アオイの言葉に、シンクがキュッと握る手に力を入れた。


「人は死ぬ。我々はそれを幸いと思う。何故なら、我々もまた、同じ人として同じく在れると感ずることができるからだ」


いつもは言葉の少ないクロガネが、ゆっくりと言葉を綴る。


「それなのに、この地に来て、獣人と、村の人々との暮らしは、我々に“それだけではない”事を日々教えてくれている」

「私は毎日楽しいの。アオイ。明日はなにしようかって、ベットに入るたびに思う」


続くシンクの言葉に、アオイは益々涙を流した。


ここで暮らす魔法師たちが、それでも穏やかな日々を過ごせるのであればそれで良い。それだけで十分じゃないか。


「フグっ・・・」


言葉に詰まったアオイの鼻が鳴る。


「俺達は、長い間、大勢の人間を殺して来た。それほどの力を持ってしても、魂に刻まれている『この地を統べる王に逆らう事を禁ずる』って馬鹿げた契約に逆らえない。だから『死』が唯一の解放だと思っていたんだ。それなのに[塔]が建ったんだ。アオイ」

「アオイが[塔]を建ててくれた」

「アオイが禁呪に[穴]を開けてくれたんだ」


「ど、どうゆうこと?」


3人の魔法師の告白の意味がわからず、アオイが困惑の表情になるも、ナナが鼻の頭に、ハチはマズルにシワを寄せ、ふたりとも小さくウルルと唸り声をあげ始めた。


珍しく表情を露わにしたクロガネが、キラキラと瞳を輝かせ、両手を開いて嬉しげに言う。


「我らは王命によって正しくこの村に来た。もはや“愚かな王の命令の届かぬ地”に。晴れて自由の身になったって事なんだよ!」


どこに向けられているのか、視線を合わすことなく告げらる言葉に、アオイは思わず怯んで後ずさる。


「そ、それは、良い事、よね?」


「当たり前じゃないか!」

「もう誰の命令にも従わなくて良い!」

「もう誰も殺さなくて良いんだよ!」


「そ、そうね」


アオイは、ハチのマズルを撫で抑え、身を寄せたナナを抱きかかえた。


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