[たこ焼き]改め[ラジオ焼き]改め
「これから作るのは、タコヤ、うーん、[ラジオ焼き]です」
「ラジオ焼き?」
タコが入っていないのに[タコ焼き]は拙かろう。いや、ここ、豊かな海に面した[魔塔の村]でなら蛸は獲り放題だろうが、蛸が獲れない場所でも流行って欲しいのであえて名前を変えておく。
アオイは元々タコ焼きに無限の可能性を感じていたが、ネーミングが悪いと思っていた。
家で作って食べるときは、もっぱら[ちくわ]か[ウインナー]を小さく刻んで入れていた。
本来たこ焼きは何を入れても美味い。それなのに、[タコ焼き]というネーミングのせいでその可能性を狭めていた。
家で突発的に食べたくなっても、蛸やソースが無いと気軽に食べられないのでは、素晴らしい料理なのに不憫がすぎる。
具材はともかく、そもそもソースの手持ちが無い上に、作り方に至ってはさっぱりわからない。
メモを手にしたクロガネにピッタリと付きまとわれて、朝食の[ブイヤベース]と言う名の潮汁を作っているリリーとマリーが、困惑顔でコチラに助けを求めているが、見なかった事にする。
アオイは、バーベキューコンロの上で加熱しておいた[タコ焼き用鉄板]に手をかざして温度を確認した。
生地は小麦粉を出汁と卵で溶いたシンプルな仕様。
[小麦粉]も[味道楽の里・白][料理用清酒]もダンジョンからのドロップ品だ。
アオイの持ち込んだ異世界の食材は全て、すでにダンジョンでの養殖を成功させた。
村の住人達は、近所の百貨店に買い物に行く感覚で、ダンジョンの秘密の部屋から食材を入手できる状態になっている。
ダンジョンの名称も[デパート]と、意味もわからず定着してしまっている始末。
もっとも獣人達にはダンジョンの2階層など脅威でもないらしいので、そのままにしているが、リリーが単独で「あら、買い忘れていたわ」的に、いたって気軽に[うずらの卵]を回収してきたときはアオイも肝を冷やした。
それでも、孤児のナナが寝泊まりしていた場所でもあるし、今まで生活の足しになるような役にや立つドロップ品が無かったことを考えれば『役に立てた』と、無理にでも口角を上げて認識し直しておく事にする。
村に新たにできた[鍛冶屋]特製の[タコ焼き用鉄板]に、出汁の効いた生地を流し入れる。
ジュワッと音を立てた鉄板から、途端に美味しそうな香りが立ち上がった。
「なぁなぁ、これはなに味? カレーの匂いがしない。カレーはつくらないのか?」
「ハイハイ、カレーソースも良いかもね。でもこれはシンプルに塩味だけ。まずは試食だからね」
アオイの背後から腹に手を回し、肩に顎をのせて覗き込むオリベの額を ペチリ と叩いて引っ込めさせる。
困ったことに、手を握った一件から、オリベがアオイにやたらとペタペタするようになってしまった。
ナナやシンクの真似をしているのだろうが、こちらは齢数百年を王侯貴族に囚われて生きた、見た目はれっきとした成人男性だ。25〜30歳だろうか? 非常に絵面が悪い。
パチン!
「イダッ!」
「離れろオリベ。アオイにやたらと触るんじゃないと何度言ったらわかるんだ!」
「なんだよっ! いつもハチ様だって触っているじゃないかっ」
「異性にやたらと触ってはいけませんって言われているでしょ」
「シンクも、ナナだっていぃっつも抱きついているじゃないか。ズルいぞ!」
「オリベなんかクロガネに抱きついてろよ」
「コイツなんか硬いんだ。全然違うんだよ」
いつのまにかそばに来ていたクロガネに抱きついて文句を言うオリベだったが、さわさわと撫で回す手にも、無言のクロガネは棒立ちでされるがままになっている。
なんだろう。2人とも大変お美しいのに全然可愛くない。
ゆでた[うずらの卵]の殻を剥きながら、注意したシンクと鼻の頭にシワをよせ歯を剥き出しにするナナなどどこ吹く風のオリベは、そうは言っても既婚者のリリーやマリーに抱きつくような暴挙はしないようなので、アオイは「はいはーいケンカしなーい」とだけ軽く宥めておいた。他人との距離の取り方はゆっくり学んでくれれば良い。今はただ、皆に恐れられることのない[人工破壊兵器]を目指せば良い。
「でもハチ様は良い。とても、良いモフモフ」
今度は、電撃しっぺを繰り出したハチ本人に抱きつくオリベだったが、ハチは「うへぇ」という顔をするも、撫でる手はそのまま、なんだかんだと接触を許している。
あっという間に瓦解した魔法師達の懐き様に、アオイは目を細めて笑みを向ける。
昨日までの殺伐とした態度がウソのよう。やはり精神年齢が幼いだけなのだろう。
アオイはオリベの頭をグリグリと撫で、「火を使っているときは危ないので離れているように」と、以前シンクに言ったように注意して、オリベをイスに座らせうずらの卵の殻剥きを手伝うよう指示する。
「これはこれでしまいなのか? 何も入れない?」
「半分はね。こっちの半分にはコレ」
アオイは、適切な距離をとり鉄板の前に残ったクロガネに半分に切った[ミニトマト]と殻を剥いた[エビ]をを見せた。
「これをこうやって一個一個のくぼみに入れて〜、生バジルの葉っぱとチーズも入れちゃう」
クロガネは、しきりにメモを取りながら料理の様子を眺める。
料理ができるようになれば、魔法の真髄が解る。──と誤解しているのだが、あえてその考えのままにしておく。あながち間違ってるわけでもないし。
「ほんで、さらにこっちには、小さく切ったウインナーとうずらの卵を入れて〜」
アオイは「さぁ、ここからが腕の見せどころ」と、汁鍋を一段落させて近くに来たリリーとマリーに[錐]を手渡して肩を回わした。
「この、平なとこの生地をね、こう、くぼみに寄せるようにして詰め詰めしながら、クルっと!」
「わぁ!」
「まぁ!」
キレイに丸まる生地に、リリーとマリーが感嘆の声をあげる。
アオイは「焼け具合さえ気をつければ誰でもできる。少々形が崩れても、焼き上がっていくうちに丸くなるからあまり気にしない」と助言して、一緒に生地をまとめていく。
元来器用な猫獣人だ。素晴らしい錐さばきで、ふたりはあっという間に任せた生地を丸くまとめ始めた。
「良いね、良いね〜。こりゃ思ってたより良い感じで量産できそう〜」
あえて、ネギや紅生姜など定番の香りの強いものは加えず、生地の美味しさで勝負だ。
生地を水っぽくする事で、焼き時間はかかるが、揚げ玉を入れなくても中身がトロトロになるよう出汁多めにした。
アオイは、焼きをリリーとマリーに完全に任せて、付け合わせの[だし汁]の調理に移る。
パック出汁からとっただし汁に[酒][味道楽の里・黒][味道楽の里・白]を入れて[煮きり出汁]を作り、さらにそれにカレールーを入れた[カレー出汁]を用意する。いわゆるカレーうどんの汁だ。
「カレーだ! カレーの匂いがする!」
「そうね。これはオリベ様の発案で作ったから試してみて」
「俺の、発案で・・・」
目を輝かせたオリベを見たハチが『甘やかしおって』と念話を飛ばされ、アオイが「フフ」と眉を下げて笑むと、ハチはしゅるりと身を縮めて首に巻きついた。
アオイは、襟巻きになったハチを毛並みに合わせてそっと撫でる。
何も知らぬ幼児を騙しているようで胸は痛む。が、わかっていてくれる者がひとりでもいればそれで良い。
匂いに釣られて村の住人達も集まってきた。
朝の警邏をしていた兵士たちも、ぞくぞくと浜辺に集まる。
いつのまにか、皆でこんなふうに朝食を食べるのが定番になってしまっている。
今はまだ通貨の流通がされてない[善意の朝食会]だが、それに違を唱えるものはもうここには居ないだろう。
──それで良い。今はそれで。今はみんなで仲良くしよう。そうゆうフェーズ。
いずれ流通する金銭のやり取りについて口火を切るのは、自分が必ずしっかり責任を持ってしよう。アオイがそう思ったとき、首元の襟巻きが尾を伸ばしてしゅるりと頬を撫でた。
暖かいハチの体温を、アオイは目を閉じて堪能する。
「さぁ! 食べよう!」
[ラジオ焼き]をのせた[ふな皿]は、木こりの仕事をしてくれているダン達渾身の出来だ。
木材から切り出した薄い経木は、組形を変えて様々な形状に形成され多くの利用価値を生み出すだろう。使い捨てのできる簡易な器はこの世界にはまだない物だったし、屋台、ストリートフードの文化があった王都でも、他の地でも十分に需要がある、恒久的な収入源にもなりうるだろう。
[ブイヤベース]と[ラジオ焼き]を一通り皆に配り終わった後、アオイは「物凄く熱いから、絶対に、絶対に! しばらく待ってから食べるように!!」と厳重に注意した。が、厳しく注意したのに、オリベとクロガネはすでに口に含んで、先にも進めず後にも引けぬ事態に文字通り身悶えていた。
ナナとシンクが「「ギャハー!」」と涙目になりながら指を刺し腹を抱えて笑いだし、猫獣人の子供達も「「「ビャハハ!」」」と声を上げている。
──子供って残酷。酷い。でも似てきたなこのふたり。
アオイは若干心配になり、眉を八の字に下げると、マークとミルコは目を泳がせて動揺しているが、村の大人の獣人達が子供達に釣られて笑い出すと、プルプル震えていたビア達大人組まで「「「バフーッ!!」」」と吹き出し笑い出してしまう。
「ハフ、ヘフ、おい、美味しい」
「ハーッ、フゥゥー死ぬかと思った」
涙目のオリベも、頭から水を被ったクロガネも、笑われたことに腹を立てる様子はなかった。
「こんなふうになるから、慎重にね。でも、熱い方が美味しいのよ」
アオイは、箸で器用に[ラジオ焼き]を割り開き、フーフーと息を吹いて十分に冷まして口に含んだ。
「は、ハフ、おいし、美味しい、ハフ、大成功、ハフ、2人とも、よく食えたなこれ、ハフ、マジか、ハフッ」
ナナとシンクも真似して「フーフー」と必死に冷ましている。大笑いしていた獣人の子供達も追従するように頬を膨らませている。可愛い。可愛いしかない。
「カレーに、はひ、浸しても、ハフフ、美味しい、美味しい」
「熱い方が美味しいですね。何故ですか?」
「あ、クロガネ様、どうやって冷ましました? それ〈絶対零度〉に一歩近づきましたよ」
「・・・なんと・・・!」
アオイの首元で、ハチがフルフルと震えて笑っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これ、村の名物になれば。と思って提案したんだけど、危険かしら?」
「手渡すさいに十分に注意すれば問題ないですよ」
「火傷したってイチャモンつけられないかしら?」
「熱いもの食って火傷するのは当然だろって笑ってやったら良いんですよ」
普段から調理を担当している獣人のご婦人方と[ラジオ焼き]の販売にあたってのブリーフィングを詰める。
「[ラジオ焼き]は熱い方が美味い」とは満場一致の見解だった。そう言えばこの村の住人は猫獣人なのに猫舌じゃない。
とは言え、販売の際は『作り置き』か『焼きたて』か選べるように提案すると、テオドラとビアが「どうせ客のほとんどは冒険者なのですよ」「普段から日銭を酒に変えて飲んだくれている連中だ」とフォローしてくれたので、アオイはぐっと気持ちが軽くなった。
「何を入れても良いのが良いですね」
「牡蠣の燻製も美味しそうです」
「鮑もよさそうだな」
「それはコストが、あそっか、貝類はこの辺では獲り放題か。良いね。今度試そう」
具の入っていない生地だけの[ラジオ焼き]を食べながら、ビアやアヴァリ達、元冒険者がウキウキで酒飲みの好みを反映させてくる。
客層を分け、ぼったく、、、価格差をつけて売り出すのも良いかもしれない。
ダンジョン目当てで冒険者を含む、様々な職種の人の大量流入は見越しているので、宿屋や飲食店の“ハコ”はすでにできている。
人の住まう《聖領域》でのダンジョン発生は、現代日本で温泉の源泉が湧くのと同じだ。
目指すビジネスモデルは温泉街。後はもう少し、ダンジョン管理の取り決めも煮詰めなければ。
「いっそ名前を『そうゆうもんだ』とわかりやすい物に変えてはどうでしょう?」
アオイの不安を晴らすべく、元商人のテオドラが提案した。
「食べると火傷する料理。火炎やファイヤーボール、うん[爆弾焼き]とかどうかな?」
「騎士様ったら! 爆弾を食べるの!?」
「あら、じゃあいっそのこと[ボムス]なんてどう? カワイイ響きだわ」
「[ボムス]良い! キャッチーでわかりやすい!」
マークの思いつきに、リリーが便乗した[ボムス]がしっくりきたアオイは、即座に大賛成した。
何を以前の名前にこだわっていたのか。今までにない商品なのだから、名前も新しくしちゃってももっともだ。
「[ボムス]良いな」
「爆弾を食って口の中を火傷する。間違いない」
「良いと思う! 熱い方が美味しいんだ。絶対に熱いまま食べたい奴の方が多いよ」
村人立ち自ら自発的に湧き上がった新たな商品の命名に、アオイは目を細めてほくそ笑む。
──そうそう。こんな感じで村が発展していくのがステキなんだもの。
同じ卓を囲む住人達に、ワクワクとした感情が溢れ、それぞれが意見を出し合う。「アレを入れよう」「これを試そう」と、アオイが考えてもいなかった食材が、ご婦人方から次々提案され、ミルコが「じゅるり」とヨダレをすすった音が響いて皆で笑い合った。
眩しいものを見るように、アオイが襟巻きに手をやり話しかける。
「次の定期隊商が、アーサー様達が来るのが楽しみだね」
漏れ出たアオイの言葉には、この場にいる全員が笑顔で頷き返した。




