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オリベとクロガネ




イスに座ったオリベとクロガネの前に、アオイは当たり前のようにカレーライスと鉄板焼きの皿を並べた。

自分もイスに座って頬杖をつく。

食事はすでに終えた。

困惑顔ではあるが、実質的なこの土地の管理者の貴族家の子息であるマークとミルコ、事実上の土地の所有者であるライズ村長、そして同じ魔法師のシンクが、同じテーブルについている。


マークとミルコの後ろには[犯罪奴隷]のビアとアヴァリ、本日晴れて奴隷から解放された元商人のテオドラが立ち侍っている。この3人は人間の年長者達なので、村運営の助言にために残ってもらった。

ナナを含む他の住人達には家に帰ってもらった。

ナナは、シンクが残るのに不満顔だったが、もう夜だ。子供が夜更かししているのはろくなことがないので、ハチが「明日に備えて家でちゃんと睡眠をとる」よう言い含め渋々納得させた。


しばらく眺めていても、オリベもクロガネもカトラリーにてはかけない。

シンクは、不思議そうにじっとその様子を眺めて聞いた。


「食べないの?」

「なんで食わなきゃいけないんだ!?」


シンクにまで喧嘩腰に応えるオリベに、アオイは困ったものだと肩をすくめる。


「食べたくないものを無理やり勧めるのは悪い事よ」

「じゃあなんで出したの?」

「食べるかと思って」

「わかんないわ?」

「自分が食べる時は、勧めるものなのよ」

「食べたくないんだって」

「そうね。食べるのが怖いのよ」

「どうして?」

「どうしてかしらね? 未知のものに怖気付くのは人として当たり前の反応だわ」


「恐れてなどいない!!」


シンクとアオイの会話を、オリベが否定する。

クロガネは、ぼんやりとそのやりとりと見ているだけだ。


「そうかしら? 怖がっているように見えるわ」

「なんでこんなもんが怖いんだ!!」

「知らないからでしょ?」

「ふざけているのか!!?」


怒鳴るオリベに、ハチが目を細める。

相変わらずのアオイの()()に、ミルコがハラハラとした視線を向ける。

アオイは「ふ」と息を吐き、ライズ村長に視線を向けると、ライズ村長は小さく頷き小さく息を吸って立ち上がった。


「オリベ様、クロガネ様、改めましてお二人の移住を歓迎いたします」

「冷めると美味しいが減るよ?」


空気を読まずに、シンクが手のつけられることの無い料理をしょんぼりと指し示す。


「ぼ、私も作るの手伝った。美味しかったよ。本当よ」

「はぁ!? オマエが!? ウソをつくな!」

「ウソじゃないもん」


「私は〈絶対零度〉なる魔法の法則を聞きに来た。それだけ聞ければ塔に戻ろう」


シンクとオリベの言い合いに、クロガネも空気を読まずに自分の目的を告げる。

絵に描いたようなコミュ障達に、アオイは込み上げる笑いを必死に堪え、ハチに大きなため息をつかれた。


「はぁ、じゃあそちらから説明いたしましょうね」


アオイは「埒があかない」と、目配せしてライズ村長に座るように促した。

ついで立っているビア達にもイスに座るように声をかける。


「我々を奴隷と同じ卓に着かすつもりか!?」

「あ〜もうっ、そうゆうこと言うんだ。ガッカリよ。ガッカリだわオリベ様」

「なっ!?」


「あのねぇ、ここは治外法権、わかる? 王政とは違う独自の自治を許されている土地なの知ってるよね!? 自分達こそハイルーク様とリンデン様と同じ卓を囲んでいるくせに、そうゆうこと言うんだ? もうホント、どーゆー論理が成立して筋が通ると思ってんのか、いっかいとことん話し合いましょうか? あ、もうアレかな、バカには通用しない論理か? だとしたらこちらとしても時間の無駄なんですけど!?」


「アオイ殿!?」

「いっ、言い過ぎです!」


慌ててフォローするマークとミルコに、やけに演技がかったアオイが、これでもかと煽り立てる。


「いや、だっておかしいでしょ、こんなでかい声ではっきりと矛盾したこと言ってんのに気づかないなんて。甘やかすとつけあがるタイプのバカが1番たちが悪いんですよ!」


「キサマ! [魔法師]を愚弄するのもいい加減にしろ!!」

「それはこっちのセリフだバカがっ! その魔力ですらこちらが格上だとわからないのか!」


「気が短いっ!」

「アオイに言われたくないわっ! 面倒だっ!」


立ち上がったオリベに、ハチが対抗するように怒鳴り声をあげた。

ハチが叱ってしまうのは流石に可哀想。何せ相手は[赤ちゃん]なのだから。アオイは大袈裟に首を振って大きくため息を吐いた。


「んもぉぉっ! ハチ! 過保護もいい加減にしてっ! こいつらと違って私は大人なんだよ!」

「この世界には、わからせてやらねば、一生わからぬ者もいるのだアオイ!」

「私も『話せばわかる』なんて傲慢なこと思ってないってば!」


ハチが身に纏った青白い閃光と同じく、アオイの体も白むほどの閃光を放つ。

怯むオリベをよそに、シンクがキラキラと目を輝かせてピョンピョンと飛び上がり始めた。


「アオイが怒った!」


「あっ! ヤダっ! なにこれ! ハチ! なにこれ!?」

「“黒犬”が出かかっておる」

「ヤダ!? “待テ”っ! “待ーテ”っ! んもぉ!」


アオイが立ち上がって慌て始めると、クロガネがそっと手を伸ばして細い閃光の一本に触れた。


バチンッ!


「い゙っ!?」


「わっ!? クロガネ様!? なにしてんの!?」

「“痛い”」

「大丈夫!? 火傷した!?」

「火傷?」


クロガネは、自分の指先をマジマジとみながらその傷痕を確認する。

アオイは慌てて〈水の球〉を出し、その手指を水に浸した。


「・・・無詠唱」

「ちょっとぉ、マジで赤ちゃんかよ。燃えてる火に手を突っ込むレベルなのぉ?」

「美しい〈魔力水〉だ・・・」

「聞いてる?」


アオイが眉間にシワを寄せると、クロガネは パクリ と、指先の水を口に含んだ。


「ぎゃ! なにしてんの! ぺっしなさい! ぺっ!」

「不純物が、ない・・・純粋な魔力の水・・・」


アオイは「変態だ」と、ドン引きした。


「ねーアオイの魔法は魔素に近いのっ! 不思議! そのまま。なのよ!? ()()で練っていないのに、アオイの思う通りの放出をするの! クロガネ、どうして!?」

「どうして?」

「わからないの?」

「・・・わからない」


首を傾げあう魔法師2人に、アオイはハチに視線を向けた。見るとハチもドン引き表情(かお)を返す。そうだ。価値観が同じなので聞いてもしょうがなかった。と、アオイは手を引いてハチのシワのよったマズルを撫でさすった。


「とにかく、あ、オリベ様は興味ないかもしれないけど、まあ聞きなさい。[科学]とか[錬金術]って知識ある? 概念知ってる?」

「き、聞いたこともないっ」

「知らない」

「じゃあいくら説明してもわかんないとおもうわ」

「なっ、我々は魔法師だぞ! 我々に解らぬ魔法などあるものか!」


あるから聞きに来たんだろう。と言う言葉をアオイは飲み込んだ。話が進まない。


「だから料理を出したの。それをあなた達は『食べない』と言った。知る必要がない。と思っているからでしょ?」

「なぜ魔法と食べない事が同じなのだ?」

「錬金術は『台所から始まった』と、言われているからです」

「・・・っんん?」

「謀るつもりか!?」


首を捻るクロガネとは対照的に、ここまで来ても高圧的な態度を崩さないオリベに、アオイは大きくため息をついた。


「信用できない相手に答えを求めるのはやめて。オリベ様。あなたはここになにしに来たの?」


ドンっ!!


「死にに来たに決まっているだろうがっ!!」


アオイは、ギュっと眉間にシワを寄せると、卓を叩いたオリベの拳を両手で包んだ。


「無神経な質問をしました。ごめんなさい。オリベ様」

「はっ、はなせっ!!」

「でもどうか、その考えはお改めください。あなた達は、よりよく生きるようここにあるのです」


アオイは、力任せに振り払われた手を再び握る。


「大丈夫。ここなら聖霊獣様が、[塔]が誰も傷つけさせないわ。だから怯えて死を待つ必要はないの」


ワナワナと身体ごと震えさせて、オリベが目を見開いてアオイを見つめる。


こんな風に、誰かに触れられたことなど、この永遠とも思える時間の中、一瞬でもあっただろうか? 自分が他者から恐れられる存在であることは純然たる変えようもない事実。それなのに、一度は振り払われた手を、臆することなく再び握り返した存在に、オリベは心の底から屈服させられたような気になった。


「暖かい・・・」

「・・・ん?」


アオイは、オリベから漏れ出た呟きを聞き返す。が、応えはない。

アオイは嫌な予感と共に、そっとその手を引っ込めた。が、ガシッと掴まれた手に悪寒が走る。


「なぜ離した」

「え、待って」

「ずっと握っていたら良いじゃないか」

「童貞かっ!!?」


赤面して訳のわからぬことを口走るオリベに、アオイが下品なツッコミを入れると、ハチが極細の電撃を放ってその手を剥がす。


「この料理を食べたら〈絶対零度〉の法則がわかると言うことか」


それまで黙っていたクロガネが、やおらスプーンを握ってカレーの皿に突っ込んだ。

アオイが「そうゆうことではないっ」と、慌てて否定する。


「なんだこれはっ!!?」


一瞬目を離した隙に、オリベもカレーライスを食べている。


「美味しい。だよ。それが美味しい」


シンクが目を瞑って胸に両手を当て、祈りのポーズでしみじみとドヤ顔を披露している。カワイイ。いや、それどころではない。

アオイは、ハチと目を見合わせた。


「カオス!?」

「いや、素晴らしい飴と鞭だ」

「なめてた。魔法師はド変態だ」


予想の斜め上に着地したマウントの取り合いに勝利したアオイは、屈服させたふたりを鼻の頭にシワを寄せて眺め見る。

スプーンをグーで握って貪るようにカレーを食べるふたりの魔法師は、口も、その皿の周りもメチョメチョに汚してマナーもクソもあったものではない、まさに赤子の食事の様相だった。


まんまと[ヨモツイグサ]を食べさせることにこぎつけたアオイは、ようやくホッと息を吐いた。

もちろんおかしな物など何も入れてはいない。

住人達が食べたカレーと同じ鍋で作った、ただの美味しい美味しいおウチカレーだ。

だが、食べる必要がなかった人間にとって、五感を刺激する美味しい料理はもはや毒と変わらないだろう。それでも魔法師達には、自分が人であることを思い出してもらわなくてはならない。


──どんなに強い力を持っていても、人はひとりでは生きられないのだから。


これから先、シンクも含めてこの魔法師達は、何かを食べずにはいられなくなるのをアオイはわかっていた。

そしてそれに縛られる事になるのは火を見るより明らかなのも。

懸命に咀嚼する赤子のように、嬉々として頬張った食べ物を飲み下すふたりの青年から、アオイは思わず目を逸らす。


『飴、か。これは呪いよね。でもだって相手は[人工破壊兵器様]だもの。村人が対等に提供できる“力”は必要でしょ?』

『なに、コイツらが自炊できるようになればなんの問題も孕まぬ些細なことだ。皆、わかっているよ』


念話でハチと心を通わすと、アオイは眉を下げてふたりの魔法師に「ごめんね」と呟きを落とした。


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