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カレーライス




無事奴隷解放のミッションをこなし、「宴会しよう」「美味しいもん食べよう」と村に帰ってきた一同を迎えたのは、なんとも言えない表情のマークとライズ村長だった。


王都土産をテーブルの上に広げながら「なんだ」「どうした」と事情を伺うも、マークからは歯切れの悪いしどろもどろとした言い訳じみた要領を得ない物だった。


「アオイ殿達が出かけてすぐに、塔に魔法師様方が到着されまして」

「オリベ様と、クロガネ様です」


「なんか知らんが怒っている、と?」


マークらも獣人らも、深夜にも関わらず丁寧に出迎えた。との事だが、なにが気に障ったのか不興を買って、塔に引きこもっておられる。と。

アオイは「どうゆうことかね」とシンクの顔を覗き込む。

シンクはその意味を介せず「なにを作るの? なに食べるの?」と、相変わらず他の魔法師には興味もないようだ。同じく困惑顔のマリーとリリーに王都で食べたクレープがいかに美味しかったのかを、ナナと共に一生懸命説明している。


「シンク様のご帰還を告げに、人をやっていますが」

「とりつく島もないと言いますか」


朝食も昼食も声をかけたが、返事は無く塔の外から叫ぶ声にはなしの礫だそうで。


「そっかぁインターフォン的な機能をつけてなかったなぁ。必要よね」


アオイが返す明後日な返答に、ライズは苦笑いを返す。そうゆうことではないのだろう。


「おっけおっけ。良いんじゃない? 好きにして良いんだから」

「しかし・・・」

「大丈夫よ。ハチも帰って来たのだから」

「いえ、決してそうゆう訳では・・・」


この土地(むら)で一番の特権階級は魔法師ではなく、伯爵家のマークだ。

そしてその下は《神聖契約》の正当な契約者であるライズ村長。この世界でも間違いない階級的ルールだ。

それに従わない傲慢さはその力ゆえの当然な物としても、こちらから歩み寄っても無視されるなら“それまで”と割り切って捨てても仕方がなかろう。


アオイは「気にしなくて良いよ」と笑った。


「それが自由ってもんよ。おいおい思い知るでしょう」

「ですが、魔法師様は、基本飲食なさらないのでしょう?」

「一生引きこもって塔からお出にならないということも・・・」

「フフッ、2人とも優しいね」


アオイは笑って傍のシンクの頭を撫でる。いかな恐ろしい魔法の力を持つ魔法師とて、今では柔らかな赤い髪をモリモリとしても、シンクはその笑みをアオイに向けるだけだ。


「こっちには聖霊獣ハチ様がいるし、天岩戸を開くよりちょろいちょろい」

「アマノ? イワ?」

「なにが良いかな。匂いの強い料理がいいね。ニンニクか? どんな香辛料にしてやろうか?」


勝利を確信するアオイの微笑みに、住人達はわけがわからぬまま浜辺の宴会場に移動した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これはカレーライスです!」

「カレーライス!」


蓋を開けたバカでかい大鍋の乗った釜戸の前に立つアオイとシンクの横で、ナナが歓喜の声を上げる。ハチが「やれやれ」とナナを身体ごとすりなでると、アオイは「ウヒヒ」と笑みを向けた。


釜戸の両脇では、リリー達獣人のご婦人達が、ジュウジュウと音を立てて牛肉のステーキと、貝やエビを鉄板で焼いている。

宣言通りにニンニクと香辛料を効かせ、暴力的な香りを放ちまくってもなお、蓋を開けたその大鍋は、えもいわれぬ耐え難く食欲を刺激し、直接脳を揺らすような芳醇な香りを漂わせていた。

こんな匂い誰も嗅いだことかない。

ミルコがジュルリと生唾をすする。

赤ワインをドボドボと注ぎ入れて再び鍋に蓋をしたアオイは、キラキラと目を輝かせるシンクに言った。


「さぁ、塔にこもっている魔法師様達にも匂いを嗅がせてあげましょう? 誘っておいで」

「わかった!」


シンクが風を纏って塔に駆けていく。

コトコトと音を立てる鍋の前で「仕上げはハチの魔力でいいか」と、アオイはそのご威光を遺憾なく示せと、その存在を解放するようにハチに言った。


ニヤリと口角を上げた聖霊獣ハチ様は空に向け在らん限りの魔力を放つ。

浜辺の夜空に、甲高い音と共に、一閃のイカヅチが走った。


「うむ、はやはり日本の花火のようにはいかんな」

「6秒だっけ? 稲妻だと一瞬だものね」


ハチとアオイ、ふたりだけが知っている異世界の話でウインクする。

花火も魔法でなんとかなるなる。宴の始まりの合図に稲妻とはこの村らしくていいじゃないか。

アオイは少々悔しそうなハチのマズルをグリグリ撫でさすって号令の声を上げた。


「さぁみんな食べよう! 今夜は新たな住人を招く歓迎の宴だよ!」

「「「わぁぁ!」」」


LEDライトで飾られた宴会場に、住人達が歓声を上げて応える。


テーブルとイスは用意したが、みな立食で木皿の上に思い思いの料理を載せていた。

猫獣人の子供達だけが、ちゃんとイスに座って大きな皿に挑んでいる。みんな行儀が良い。素晴らしい。


「うみゃいうみゃい!」

「なんだこれ! 飲める! 飲むように食える!」


「はい! 『うみゃい』いただきましたー! 大成功〜!」


口の周りを汚して一心にカレーライスを頬張る猫獣人の子供達に、アオイはそれだけで勝利を確信してガッツポーズとばかりにお玉を持った両手を空に突き上げた。

カレーライスが嫌いな子供はいない。その確信は間違いなく子供達の心をガッチリつかみあげた。

さらにその上にニンニクが効いたステーキやシーフードを盛り付ける。酒飲みの大人達にも大好評! 大人も子供も夢中になってスプーンを口運んでいる。


ここにいる誰もが笑顔だ。


アオイは目を弧に細めてハチを見た。

ハチは、その満足げな視線に身体を擦り付けて応える。

たとえ魔法師達が塔から出てこなくても良いのだ。ここはこれからそれが許される場所になる。

みんなで笑って美味しいものを食べる。それだけでアオイは満足なのだから。


やがて間もなく、シンクが2人の魔法師を連れて浜辺に戻った。

オリベの眉間には深いシワが刻まれているのが見て取れる。

アオイは気にせず隣に座るナナをなで、傍に寝そべるハチと目線を交わすとそのまま食事を続けた。


自分は他の住人と同じく、いち村人に過ぎない。

マークやライズ村長はすでに挨拶を済ませている。ここで住人の全てが一人一人挨拶するならまだしも、アオイがわざわざ挨拶を交わす必要などないのだ。


「あー! もう食べてる!」

「早く座らないとシンクの分も食べちゃうからな!」


ナナと軽口を交わし合ったシンクは、当たり前のようにアオイの隣のイスに座った。

アオイは、シンクの前にカレーライスと鉄板焼きを盛り付けた皿を並べる。


さらに眉間のシワを深くしたオリベと、不思議そうに首を傾けるクロガネが所在なく佇んでいる。

仕方がないなぁ。と、アオイは2人に声をかけた。


「食べます?」

「いらん!!」

「そう。美味しいのに」


ナナとシンクが「「ねー」」と言い合いスプーンを口に運び、忙しげに咀嚼する。


「なに食ってるんだシンク!」

「カレーライスだって! 美味しい」

「大人には辛いお肉を乗せると良いんだって。俺どっちも食べれる! 食べなよ! 美味しいよ!」


オリベの問いに即答するシンクに、ナナが追従した。


「誰がそんなもん食うかっそんな事より、さっきの魔力はなんだ!」

「ハチ様だよ?」

「さっきの魔法はなんだと聞いている!」

「だから、ハチだってば」


シンクとナナがスプーンで指し示した先には、見たこともない魔獣が横たわっていた。

その気配を感じられなかったオリベが、咄嗟に杖を取り出し腰を落とす。


笑いで溢れていた宴会場は、シン と、水を打ったように静まり返った。


微動だにしないハチは、片眼だけ開けチラリと2人の魔法師をみると、「フ」と鼻息で笑って再び目を閉じた。


「あっ! スプーンで! 2人とも行儀悪いよ!」


アオイの注意に2人は「はーい」と、食事に集中するべく姿勢を正して視線を皿に戻す。

マークとミルコがハラハラとその動向を注視する中、オリベがワナワナと震え出した。


「なにやってるんだと聞いているっ!」

「相変わらず見てわかることを。食事ですよ。奴隷解放を祝う宴の最中です。せっかく来たのですからお座りになったら?」


アオイは、立ち上がってグラスにダンジョン産のワインをそそぐと、シンクの隣に設えていたイスの前に並べ置いた。


「ささやかですが、()()()()お二人の歓迎も兼ねておりますので、どうぞ?」


続けて料理を盛り付けた皿を置く。


「ふざけるな!」


オリベが杖を振り上げると、ハチがその身にパリパリと音を立てて青白い閃光を纏って立ち上がった。


「座れ」

「ハチ。気が短い。やめて」


アオイがハチを諌めると、どこかぼんやりとしていたクロガネが目を見張った。


「テイムモンスター?」

「違うわ。私達は家族です」


ムッとしたアオイが、ハチのシワのよったマズルを伸ばしながら即答する。

シンクがモグモグと口を動かしながら、「私とナナも」と追従した。ナナが顎をあげてフンと鼻息を吐く。カワイイ。

アオイは、シンクとナナの頭も撫でさすった。


「お食事なさらないならどうぞ、塔に戻って。宴の最中です。お話を聞きたいのはそちらの方でしょう? いくらでもお待ちになれば良いわ」


アオイは「こっちからは行かねぇけど」とせせら笑った。

ミルコが「ヒッ」と小さく悲鳴をあげる。


ハチが、細い閃光を飛ばしてオリベの振り上げていた杖を飛ばすと、驚愕の表情を向けた魔法師達にアオイが「もうっハチ!」とため息をつきつつイスをひいた。


「まあ座りなさいな」


有無を言わせぬ物言いに、折れた魔法師達はようやくイスに座った。


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