儂のひみつ道具
緊張しておる。
闘技場、選手控え室から歩みを進め。戦いの舞台のゲート目前まで来た。
脅えが儂の心を縛り付ける。
コロッセオの扉が開く。
儂、トイレ行ったかのう。やはりもう一度行くべきか。
だが、それは叶わず闘技場の運営スタッフに止められる。
あぁ〜、緊張するのぅ。
儂ってば魔物と直接戦ったこと無いんじゃよなぁ。勿論負ける気など無いし怖い訳でも無い。
だが頭にある戦闘経験は全部ゲーム由来の物。この世界ではトレーニングと黒魔術に没頭してたから実践経験は全く無い。
闇の魔法使いとして大成した時には、自分で戦う必要が無かったしのぅ。だいたい脅かして大技撃ってただけで実戦とは程遠い何か……。
「大丈夫、儂は最強の闇の賢者。儂こそがヴォルディガーン、名を呼ぶのも恐れられた男」
自分に言い聞かせる。
既にコロッセオは歓声に包まれている。
大きな声の実況が聞こえてくる。
「なんと次なる挑戦者! 若干十才の天才少年! 冒険者になった当日に、ギルドで暴れる大男を病院送りにした驚異のFランクゥ!! 彼はゴブリンの軍勢にどう立ち向かうのか? 冒険者ぁぁ、クゥロスゥゥーーッ!!」
駄目じゃ、突っ込んどる余裕が無い。
手足を同時に出さない様にするので精一杯じゃ。何より観衆の前と言うのがやりづらい。
人前は苦手じゃ。せめて魔術団時代のマスクでも持ってくるべきじゃった。
周囲から可哀想だの小さい子だの、見てられないだのと聞こえてくる。
嘘じゃな。可哀想だと思うなら帰れば良い。
期待しておるんじゃろ? 儂が血みどろの惨殺される姿を。
そんな事を考えていると気持ちが落ち着いてくる。
そうじゃ、ココにいる奴らは皆等しくゴミッ……! クズの様な奴ら……! それは参加者である儂も変わらない……! じゃが、少しだけマシッ……!
「ククク……、カカッ……キキッ! 昂ぶって来たわい」
そうじゃ儂はこういう事がしたくて、苦労して若返ったんじゃ。決して偶然では無い。
儂の潜在意識が、儂の持つ記憶の断片がそうさせた。
全ては、この瞬間の為……!
「ギルドからの情報によると、冒険者クロスはモンク、格闘家との事です」
「なんとおお! 己の拳のみを武器とする愚かな職業、モンク! そんな人間がいる事も驚きだが、この舞台に上がるほどの愚かしさ! 感動すら覚えるゥーーッ!!」
やかましいわ。モンクええじゃろモンク。
何故この世界ではそんなに蔑まれておるんじゃ。やはり、ゲームでも不遇職だったからかのう? クソ運営が……! そしてゴミ実況が……!
そんな事を言う間にもゴブリンが投入される柵が少しずつ開いていく。
闘技場の広さは四方50メートル程の円形。半径2、30メートルかのう。
そして八つのゲート。
一つは儂ら挑戦者用、反対側のもう一つは対戦相手用。そして残りの六つから魔物が投入される。
その一つが開こうとしている。
最初は一匹からじゃ。そして徐々にその数を増やしていき、最終的に六つのゲート全てが開く。
だいたいの挑戦者は四つ開く頃には体力が尽き、その頃合いを見てゲート全てが開き挑戦者が蹂躙される。
その後運営スタッフが鎮静剤を巻いてゴブリンを片付ける。
一体どれほどのゴブリンがいるのか。地下施設でもあるのか? この国の闇じゃのう。
「さぁー! ついにゲートが開き、ゴブリンが投入されるーっ!! 果たして挑戦者は生き残る事が出来るのか!?」
開戦の声。大砲の爆発音が鳴り響き、歓声と混じり合う。
ゲートから現れる棍棒を手にしたゴブリンの姿。
最初は様子見。挑戦者の力を見せてから、後からゴブリンが優勢になり嬲られる様を楽しむ工夫。
ゴブリンの背は低い。若返って縮んだ儂よりも、更に一回り小さい。
肌の色は薄汚れた緑、不潔そうな身体が触れる事に嫌悪感を与えてくる。
だが走るスピードは速く、儂目掛けてダッシュで襲い掛かる。
形式上の事とは言え舐められたもんじゃな。
儂は嘆息し、全身に気を漲らせる。
左手を前、右手を顔の横に。戦闘の構えを取り、拳を撃ち出す準備をする。
ゴブリンが近付き、間合いに入る刹那。
儂に走る悪寒。
儂は体を横に逸らす。棍棒の一撃を回避し、距離を取る。
「おっとぉ、チャレンジャー臆したかぁ!? ゴブリンを迎え撃つ事無く、攻撃を躱したぁ!!」
ゴブリンを見つめる。
奴の顔……。ヒビ割れた肌、皺の寄った表情。その全てが儂の脳へと伝えてくる感覚。
グロいっ……! 触りたく、無いっ……! 何としてでも直接触れるのは、いやっ……!!
くっ、こんな事なら手甲の一つや二つケチらんで買っておくべきじゃった。
ゴブリンは向かってくる。
儂はそれを避け続け、観客席から非難の声が飛び交う。
そしてそこにいる筈のエイラを見ると、彼女が不安げな表情を浮かべている。
まずい……!
だがそんな事を考える余裕は無い。
「どうしたどうしたチャレンジャー! 逃げてばかりでは戦いにならなぁい! ここで後続のゴブリンも投入されるう!」
ブーイングを聞いた運営が盛り上げる為、次々とゴブリンを投入してくる。
十数匹のゴブリンの群れ。それら全てが儂を取り囲み、狙い、武器を振るう。
速いと言っても見切れない程ではない。それを紙一重で躱していくが、奴らの放つ臭気。
その不潔な臭いが儂の心を抉ってくる。
「やってられんのぉ……」
儂は大きく溜息をつく。そしておもむろに右手を伸ばす。
空間魔術で作り出した倉庫へと右腕を突っ込み、中から一つのアイテムを取り出す。
「クリーニング手袋じゃあぁ!!」
魔道具の名を呼び、手元に引き寄せる。
「なんとおぉ!! 冒険者クロス! Fランクのルーキーでありながら空間倉庫を使っている!? これは前代未聞だあ!」
「本来ならば、魔術師で無ければ使えない魔法。それもCランク以上の上位の者で無ければ、使えないものですね。
彼はモンクと聞いていましたが……」
驚愕の歓声が鳴り響く。
儂は前後左右に攻撃を避けつつ、手袋を嵌めていく。
体内に気を滾らせ、巡らせる。同時に闇の魔力を拳に宿らせていく。
儂は前方のゴブリン四匹を見据え、その渦中へと駆け抜ける。
それと同時に軽く叩き込む拳。駆け抜け、振り返り、壁を背にする。
攻撃を受け、倒れる魔物たち。
生命吸収の魔術、そして肉体強化による高速移動。
そして儂の手は汚れる事なく、ピカピカっ……!!
黒魔術の儀式に使っとった解剖用の魔道具が、まさかこんな形で役立つとはの。
「さぁ。反撃開始じゃあ!!」
儂は咆哮し、拳を天に突き上げた。




