儂の呼び声
儂は走る。風を切って走る。
気持ちいいのう。風を切って走る快感なぞすっかり忘れておったわい。
毎朝のジョギングはペースを乱さんよう気を使っておったからの。全力で走るなんぞ久しぶりじゃ。
ひとしきり走り、草原に寝転がる。
あぁ、いい気分じゃ。前世で引きこもってた頃には到底味わえない景色。心臓が気持ち良く脈打ち、血液が巡る。
「健康、最高」
思わず口をついて出る言葉。
だがいつまでも寝そべってはおれん。儂は逃亡の身じゃ。それに走るのにも限界はある。
「おーいメフィスト、メフィストはおるかー?」
儂は悪魔の名を呼ぶ。すると何処からともなく煙の様に現れる女。
真紅の長髪を靡かせる美しい女の姿。その服装は黒で統一された扇情的な衣装。
まあ見慣れておるから特に何も思わないんじゃが。
「ジジイ! 私をその名で呼ぶなと言っている、だ……ろ……?」
「おぉメフィスト、頼みがあるんじゃ」
女、メフィストは儂をジロジロと眺める。失礼な奴じゃ。
「お前、ヴォルディガーンか……?」
例え姿が変わろうとも儂は儂じゃと言うのに。これだから低級悪魔は……。
「そうじゃ。禁術を完成させて若返った」
あっけらかんと言い放つ。
「貴様!! ……神をも恐れん男だな。頼みとは何だ?」
何か言いたげじゃが諦めたか。肩を落とし地面を見つめている。
「いや、ちょっとな。儂、若返ったじゃろ? それでな、冒険者になりたいんじゃ。だから故郷までお主にチョチョイっと送って欲しいんじゃが」
そう、儂の故郷は冒険者の聖地。始まりの街。勇者も誕生したと言われる伝説の地じゃ。
そこで儂は冒険者クロス、かつて無い技量と才能を誇る漆黒の拳闘士として生まれ変わるのじゃ!
「貴様、そんな事の為にこの私を……!」
ギリギリと歯を鳴らし怒りに震えてるが、少しも怖くないわい。
悪魔にとって契約とは絶対じゃからの。
「何じゃ、良いのか? 契約を破ればお主は消滅するんじゃぞ?」
「……良いだろう。これで三つ目の願いは終了だな」
勝ち誇った笑みを浮かべる悪魔。そんなに三つ目の願いが嬉しいのかのぅ。
やれやれ、面倒な女じゃ。
「ジジイ! 今面倒な女と思っただろ! 言っておくがコレで貴様の願いは後9997回だ! その時は貴様の魂を頂戴するからな!」
「お主の様な低級悪魔にそんなに頼み事をするとは思えんのじゃがのう」
メフィストを召喚したのは数年前。ホントならその時既に若返ってる筈だったんじゃが、こいつが余りにも出来る事が少なくて諦めた。
その時もこんな調子の遣り取りをして、勝負をする事になった。そうして賭けをする内に願いの数が増えてったんじゃが……。
「役に立たんのう……」
「クソジジイ、絶対に残り全部願わせてやる……!!」
おっと、声に出てたかのぅ。一人暮らしが長いとつい独り言が多くなるわい。
ほほ、悪魔がギリギリと歯軋りしておる。愉快じゃのう。
そうじゃ、そんなに願わせたいなら。
「のう、儂に着いてこんか? 儂は子供の体じゃ、不自由する事もあろう。それを手伝う内に残りの願いの回数を減らせるかも知れんぞい?」
提案、百パーセントの慈悲から生まれる提案。
「ジジイ貴様、私に介護しろと言うのか?」
「何じゃ、無理なのかの? 所詮は低級悪魔か。低級しか呼べん儂の力に問題あったんじゃな……。あーぁー残念じゃなー。
もう良い。子供の世話も出来ん貴様には、何も期待するまい」
儂は目を閉じガッカリ、と言った表情をする。
「良いだろう! ジジイ! そこまで言うなら貴様の身辺の世話、面倒ごとは私が引き受けよう!」
胸に手を当て、高らかに宣言する悪魔メフィスト。
「ほいじゃ願い成立じゃの。今後身の回り一切の世話、面倒ごとは貴様に任せる、中途半端な事や儂が嫌がる事は許さん。
良かったの。これで残りの願いは9996じゃ。おっと目的地までの転送もあったの、一つ減ったわい」
儂はニッコリと、肩を震わせる悪魔を見やる。
「ジィ……。この! クソジジイがああぁぁぁ!!」
澄み切った快晴の空の下、悪魔が絶叫した。
「ほほ、愉快な奴じゃわい。あ、それと儂の事はクロス君と呼ぶんじゃぞ。これはさっきの面倒ごとを任せる、儂の嫌がる事に含んで貰うぞ」
まあ通らなくても良いがの。
儂が空を見上げ気持ちの良い風を浴びる中、悪魔の嘆きは続いた。




