2 謁見 ~緑の月 風曜日~ ④王妃のドレス
「セレンディーナ様、こちらをお召しくださませ」
ほどなくして、リラが侍女長メルテンを連れて戻って来た。メルテンは手に持ったドレスをセレンディーナに差し出した。
マルセイが受け取り広げてみると、それはV字に大き目の切り込みの入った緑のワンピーズドレスだった。
「緑色のドレス?」
「はい、レチアーノ様は、夜会ではこのドレスを下に来て、布を重ねてお召しでした」
メルテンも加わり、緑のワンピースドレスの大きくあいた胸元に、淡い水色の布をあて、V字の緑の部分から、水色の布を少しずつ重ねて着付けていく。袖の下には緑のロング手袋をつけた。
「まぁ、これはセレンディーナさまの瞳の色のような、鮮やかな青緑のドレスですね」
マユーラが嬉しそうにセレンディーナを見つめて、感嘆のため息をもらした。
「でも、なぜ青緑色なのでしょうか?」
首を傾げるマルセイに、セレンディーナは嬉しそうな笑顔を見せた。
「国王陛下の瞳の色が、わたしと同じ青緑色だったの」
「まぁ、……それは珍しいですね?」
遺伝子的に近いはずのガレジア帝国内でも、見る事はほとんどない色合いだったからだ。
まさか三百年間争い、交友のなかった国の王様が持つとは不思議なものだとマルセイは思った。
「はい、国王陛下の瞳の色でございます、そして胸元に宛てた水色はレチアーノ王妃の瞳の色なのです」
「まぁ素敵、もしかしてレチアーノ王妃は『ユストレーニアの水鏡』をなさったのですか?」
「ふふ……、はい、そうでごさいます」
侍女長メルテンは、セレンディーナの言葉に、少女のような笑みを見せて頷いた。
「セレンディーナさま『ユストレーニアの水鏡』とは、なんでございましょう?」
「もちろん、ユストレーニアさまが、恋の縁を繋ぐ女神さまのお名前なのは知っていますよ?」
マルセイとマユーラは、同じように首を傾げて主に問う。
「わたしの大好きな本の一つに、ブランシェ王国の恋物語があるの、その中にあった、おまじないの名前なのよ」
「……まぁ?」
「おまじないで、ごさいますか?」
嬉しそうに話すセレンディーナをボンヤリと見やる顔は、さすがは姉妹、全く同じ表情だった。
「主人公のお姫様が、会ったことのない若い王様に嫁ぐため隣国に向かうの、政略結婚だけど恋を諦め切れないお姫様が『ユストレーニアの水鏡』をしてね、出会ってから王様に恋をして、頑張って幸せになるお話なのよ」
「……?」
「……?」
興奮しすぎて内容をハショリ過ぎである。現実主義らしい侍女姉妹には、何一つ響いてないようだった。
恋物語好きのセレンディーナの、脳内お花畑が咲き乱れ始めてしまった。侍女長メルテンもいると言うのに、これ以上行くと見た目淑女が台無しになってしまう。
どう落ち着かせようか? 侍女二人はこっそりとアイコンタクトして頷き合った。
「まぁ、それはそれは……」
「その『ユストレーニアの水鏡』と言うおまじないをレチアーノ王妃はなさって、現国王様に恋を?」
二人は、話をそらすように侍女長メルテンへ視線を移した。
「そうですね、……恋かどうかは知り得ませんが、ドルディア王国に、そして当時王太子であったウォルフ様に添い遂げる意志を『ユストレーニアの水鏡』でしめしたのでしょう」
メルテンは、セレンディーナが着た青緑のドレスを見つめ、懐かしそうに目を細めて語ってくれた。
「具体的には、どんなおまじないなのでしょうか?」
「そのままでございます、相手の持つ瞳や髪の色と自分の瞳の色か髪の色の物を身に着けて、水鏡に映し恋の女神ユストレーニアさまに祈りを捧げるのです」
なんと非現実的な。と思うも、この国の王妃だった方の行ったおまじないだ、変なリアクションをとるわけにはいかない。マルセイもマユーラも神妙な顔付きで頷いた。
「当時、大変流行りのまじないでしたから、ウォルフ様も人づてにレチアーノ様の想いを受け取られたとか……」
おまじない、添い遂げる意志。相手が誰かも知れないセレンディーナには、真似出来ない事だった。けれど……。
「素敵ね! 王子殿下が三人と言う事は、国王様は側室を持たれていなかったのかしら?」
「左様でございます」
どうやら恋物語を地で行くお二人のようだった。セレンディーナの喜ぶ脳内が手に取るように分かってしまう。
「決めたわ、明日の夜会はこの装いで向かいます」
神に祈りを捧げるような手のまま、セレンディーナは侍女二人を見て言った。元より、反対する気はない二人だったが、お相手もわからないまま、国王と王妃の思い出の為にこのドレスを着ると言うのがイマイチ気が進まない。けれど……。
「……セレンディーナ様の御心のままに」
反対するほどの何かを、持っている訳でもなかった。主が幸せならそれて良いし、ドルディア側には好印象間違いないのだから。
「ふふ……、夜会が楽しみだわ」
「では、着付けのお手伝いをリラと共に私も致しましょう」
「えぇ、当時のレチアーノさまと同じ装いでお願いするわ」
「畏まりました」
ドレスを着替えさせてもらい、メルテンとリラが退出すると、疲れたのかセレンディーナは、壁際に置かれた長椅子に身を投げ出すように座って息を付いた。
「姫さま、お疲れ様でございました」
「やっぱり謁見での緊張は特別でしたか?」
「うん、公式の場は初めてだったし、歩くのも緊張して躓きそうで怖かったし、もの凄い数の視線で見られて刺されるかと思ったわ」
成人していない十三歳のセレンディーナが、公式の場が初めてなのは無理もない。ましてドロップスで慣れない成長した身体で歩いたのだから更に緊張しただろう。
本当だったら十五歳の成人の祝いで、皇帝陛下への挨拶の時に初めて公式の場に出るのが、ガレジアでは普通からだ。
ドロップスで十六歳の身体にし、無理やりこの婚姻と言う停戦の政略を受けなければならないほど、今のガレジア帝国には、該当する皇女がいなかったのだ。
「果実の蜂蜜漬けはいかがですか?」
「……うん、一つ頂くわ」
力なく微笑む主の為に、マユーラは急いで果実の蜂蜜漬けの瓶を取りに行った。
「姫さま、このまま少し休まれますか?」
「……ん、……外の空気を吸いたいのだけど、バルコニーに出てもいいかしら?」
ガレジア帝国ではよく、そこでお茶をしたり大好きな本を読んだのだった。
「……そうですね、ではトゥルク殿に聞いてみましょう」




