2 謁見 ~緑の月 風曜日~ ③国王の謎かけ
五の鐘が鳴った――
ドルディア城中央の青の間。その重厚な扉が開く。中には煌びやかな勲章を胸に下げ、正装に身を包んだ貴族がずらりと玉座までの道のりに並ぶのが見えた。
いまだかつてない緊張に、口から心臓が飛び出してしまうほどの状態で一人立つ。セレンディーナは、震える足が赤い絨毯に引っかかって転ばないよう注意深く足を進めた。
国王、ウォルフ・ガングが贈った青いグラデーションのドレスに身を包んだセレンディーナを見た者は、一様に息を飲み彼女の姿にくぎ付けになった。
キラリと艶のあるドルディアの青に映える、蜂蜜色の長いウェーブに青く輝く宝石、セキをふんだんに使用した髪飾りが揺れる。色白の肌に凛と光を宿した青緑色の瞳。
粛々と玉座へと向かうガレジア帝国第七皇女の、気品を纏ったその姿に、一同は三度目を奪われる事となった。
「此度は、国王ウォルフ・ガング・ドルディア様への拝謁が叶い、大変嬉しく存じます」
最大級の礼をとる為、セレンディーナはゆっくりと膝を折り、玉座に座る国王を笑顔で見上げた。
「ガレジア帝国第七皇女、セレンディーナ・リ・ガレジア、我が国に花の歌を届ける為、遠路遥々良く来てくれた、青きこの大地より光と影の祝福があらんことを」
「光と影の祝福により、多くの花の歌が舞わんことをお祈り申し上げます」
花の歌を届けるとは、婚姻により花嫁が花婿の家に入ることを意味する高貴な人々の使う隠語。国王の言葉を受け、セレンディーナは、お決まりの隠語で返答をした。
「亡き光より受けし青のドレス、良く似合っている」
「遠き想いの品を頂き、大変恐縮しております」
「光を受けし三つの青もまた懐かしくそれを語るだろう」
「その物語を伺いたく存じます」
「物語は祝福に任せよう、夜会での装いも期待している」
「御心のままに」
粛々と交わす隠語を交えた言葉のやり取りを終え、再び最大級の礼をとり謁見の間を退出する。
多くの人々の見守る中、無事、打ち合わせ通りに謁見を終えることが出来たが、セレンディーナは国王が最後に告げた言葉に、少し引っかかりを覚えていた。
『夜会での装いも期待している』ドレスと言わず、装い……? 気のせいかしら? それともこのドレスには何か、他に仕掛けがあるのかしら?
***
「姫さま、謁見はつつがなく?」
外で控えていたマルセイが、青の間から出て来たセレンディーナを見て駆け寄った。
「とても素晴らしい受け答えでしたよ」
「大変、ご立派でございました」
護衛の為に共に青の間に入ったアレイナとトゥルクが、興奮したように同時に語り出し、驚いた様にお互いの顔を見合せた。
「ふふ……、良かった、問題なかったみたい」
緊張が少しとけたセレンディーナは、いつものおっとりした口調に戻る。
「はい、そのようで、安心致しました」
護衛二人の興奮具合と主の様子を確認し、マルセイはホッと笑顔をみせた。
部屋へ戻る道を進む中、頭の中で先ほどの国王とのやり取りが反芻される。やはり、セレンディーナは、最後の言葉が気になっていた。
「マルセイ、リラは今どこにいるかしら?」
「リラなら、ドレスのおめしかえの為に、まだ部屋におりますけど? どうかなさいましたか?」
「このドレスについて聞きたい事があるの」
部屋までの道をセレンディーナは、心なしか急ぎ目に歩いた。国王から受けた謎かけを解きたいと言う気持ちが逸る。
「リラはいるかしら?」
「はい、こちらに……」
部屋に入るなり、リラを探すセレンディーナに、マユーラは驚いて後ろにいるマルセイを見た。部屋の奥で控えていたリラが、あわてて前に進み出た。
「リラ、このドレスには別の着方とか、装いか方があるのかしら?」
「……装い方、ですか?」
きょとんとした表情の後、リラは何かを思い出すように目を閉じる。
「セレンディーナ様、ドレスの着方だなんて、どうされたのですか?」
戻って来たばかりの主がワクワク顔をして、頂いたドレスにご執心だったので、マユーラは取りあえず休ませる為、姫をテーブルへ座るよう椅子を引いた。
後ろにいたはずの姉は、マユーラに話を任せて、早々にお茶の用意を始めていた。
さらさらと揺れて艶めくドレスの裾を寄せて、セレンディーナが優雅に席に着く。今日のドロップスの効果は、就寝の九の鐘まで残っているのである意味安心だった。
「謁見で、国王様に着て行ったドレスを褒められたの」
「それはようございました」
王様から頂いたドレスなのだから、社交辞令でも触れてもらわなければこちらが困る。茶器を並べながら話を聞いていたマルセイは、黙ってそう思った。マユーラも同じ思いだった。
「けれど、それ以外に何か特別な事でもあったのですか?」
「実はね…―――」
セレンディーナは、謁見での国王とのやり取りの全てを、部屋にいる皆に聞かせた。
「まぁ! それでは王子様は、三人いらっしゃるのですね?」
「光を受けし三つの青は、そうと読むのが正しそうね、リラ、合っているかしら?」
侍女姉妹は、セレンディーナの会話の中で、そちらの方に注目した。
戦時中の情報規制のお陰で、第一王子以外の王子の数さえ、明かされいなかったガレジアの現状。王妃の死さえ、わかったのは最近になってからだった。
「はいマルセイさん『光を受けし三つの青』と言う言葉は良く分かりませんが、ドルディアには三人の王子殿下がおりますよ?」
確認されたリラが、不思議に思いながらも素直に答えてくれた。
情報規制の事にも気付いていない侍女のリラ。マルセイは後で色々聞き出す為、仲良くしようと彼女にもお茶を入れた。
「それで姫さまは、夜会でのドレスではなく、装いと言われた事に、引っ掛かっていらっしゃるのですね?」
「そうなのマユーラ、何故か気になってしまって……、リラ、何か知らないかしら?」
リラは先ほどから思いあたるエピソードを一つだけ頭の中に見出だしていた。
「はい、確かこの着付けを教わった時に、侍女長メルテンから、亡き王妃さまの意志を聞かされました」
「レチアーノ王妃様の意志?」
「はい、レチアーノ王妃様は夜会でも、同じドレスを着たそうですが……」
リラは、ハッとしてセレンディーナやマルセイ達の顔を見た。
「すぐに、メルテンを呼んで参ります、セレンディーナ様しばしお待ちくださいませ!」
リラの勢いに、一同は目を見張った。
「……何か、わかったのなら嬉しいわ」
心なしかワクワクした顔のリラを見て、セレンディーナも嬉しくなり期待した。
「はい、なるべく早く戻って参ります」
リラは退室の礼をとり部屋を後にした。それを見送ってから、目の前のテーブルに視線を落とすと、いつの間にかお茶と菓子がセッティングされていた。
「姫さま、お疲れ様でございました」
「ふふ……、無事終えられて良かったわ」
マルセイが用意したお茶を一口飲んで、乾いた喉を潤し。セレンディーナはやっと息を付いた。
「リラは、すぐに戻って来るかしら?」
「そうですね、せっかくマルセイがお茶を入れたのに、ですね……」
マユーラは、姉の思惑に気付いてニヤリと笑う。マルセイはわかりやすく目を一度細めて妹を見やり『冷めたら入れ直せばいいだけですよ』とすまし顔で言ってフイッと横を向いた。




