2 謁見 ~緑の月 風曜日~ ⑤城下町の旗
マルセイは、そのままアレイナを呼んで事情を説明した。彼女と交代でトゥルクを室内に招き入れる。
「トゥルク殿、セレンディーナ様がバルコニーでお茶を飲みたいとおっしゃっているのですが、護衛的には問題ないでしょうか?」
「そうですね、……護衛的には問題はありませんが、今は花に向かう緑の月の終わり頃ですので、少々寒いかと思われます……」
確かに、高地だからなおさら涼しく感じてしまう。それに日も大きく傾いていてそろそろ六の鐘が鳴ってもおかしくない頃合いだった。
「明日の昼餉くらいの時間でしたら、日当たりも良いし問題ないかと」
「そうですか、……セレンディーナ様、では明日の昼餉の時間にバルコニーで食べらえるように致しましょう」
「マルセイ、明日の昼餉は嬉しいけど、今少しだけ、外の風に当たって来てもいいかしら?」
外の空気を吸いたいのも本当だったが、明るい時間に、外の景色を見たかったのもあるようだ。
「……まぁ、少しでしたら……」
頭の中で色々と考えながら、マルセイは承諾する。ドロップスの効果はまだまだ十分だし、護衛的に問題なければ、けれど……。
言いながらも、マルセイの表情は曇ったまま。
「マルセイ殿が心配でしたら、わたしが護衛として、ご一緒しましょう」
「それでしたら……」
トゥルクの申し出に、やっとマルセイが笑顔で頷いた。
「やったわ、ありがとうトゥルク」
「勿体ないお言葉、恐縮致します」
「ふふ……、ねぇトゥルク、そろそろその堅苦しい挨拶をやめにしない?」
「……っ?」
公式ではないセレンディーナの真っ直ぐな笑顔を受けて、トゥルクが目を見開いて固まってしまった。
「姫さま? 何をおっしゃっているんですか?」
「だって、わたし付きの護衛だもの、もう少し仲良くなりたいわ、ねぇトゥルク」
「はっ! 勿体なきお言葉、大変恐縮です」
どうやらトゥルクは、クソ真面目な性格のようだ。
それを見たマユーラは、少し砕けた話をするのも時間がかかりそうだな。と、笑いを嚙み殺した。
ドルディア側の護衛がつくなら安全性は問題ないだろう。一応魔法攻撃対策に妹を置いておくか……。マルセイは目を細めて妹を見た。
「マユーラ、あなたも姫さまと一緒に行ってちょうだい」
「畏まりました」
ただバルコニーに出ると言うだけなのに、大げさな事だと思う。けれど……。
両国の和平の為、成婚の儀が行われるまでは、皇女セレンディーナを失うわけにはいかないのだ。
「皇女殿下、こちらからどうぞ」
まるでエスコートするように、差しのべられたトゥルクの手に、セレンディーナは自分の手を重ねる。
「風が気持ちいいわ」
外に出ると、緑の月の風だと言うのに、冷やりと頬を撫でる空気は、ガレジア帝国のものよりも体感が冷たかった。
テラスの手摺りまで歩くと、眼下には石垣が均等に並べられた城壁が続く。城壁の内側に、昨日見た篝火の台が置かれてあるのに気付く。
そして……。その城壁の向こうに小さく、街のような色とりどりの屋根が見えた。
「トゥルク、あれは何?」
「はい? あぁ……、あれは城下町のシエロです」
セレンディーナの指した場所を確認して、トゥルクが微笑む。
城下町。物語で若い王様がお忍びで街へ行き、民の悩みを聞いたり、繁華街で美味しい食べ物を食べているシーンがあったのを、セレンディーナは思い出していた。
「セレンディーナ様、風が冷たいので、こちらを羽織ってくださいませ」
マユーラが、見たことのないコートを肩からかけてくれ、セレンディーナは暖かさに包まれるのを感じた。
「ありがとうマユーラ、初めて見るコートね」
「少し寒かったので、リラが用意してくれたんです」
「ふふ……、リラは本当に良い侍女ね」
ドルディア城に使える人々は、とても親切だ。元敵国の皇女を相手にしているとは思えないほどだった。
帝国にいるより居心地が良いとは言わないが、陛下に結婚を告げられた時のような恐怖はない。
「皇女殿下、あちらの旗が見えますか?」
「旗?」
トゥルクの指す城下町をもう一度見ると、色とりどりの屋根のまわりに、赤と青の旗が並んで揺れているのが見えた。
小さくてよく見ないと見落としてしまうくらいだが、屋根一つ一つに対のように赤と青の旗が並ぶ。街全体にそれは飾られているようだった。
「赤と青の旗?」
「そうです、ドルディアの民の歓迎の証です」
「……っ?」
目を凝らして見ると、ガレジアの赤い国旗とドルディアの青い国旗…―――
トゥルクの言葉通り、歓迎してくれているのがわかる。けれど……。
たくさんの同胞が、この長い戦の中で失われたと言うのに? 複雑な思いで、セレンディーナはトゥルクを見上げる。
「……歓迎、なの?」
「もちろんでございます、皇女殿下は三百年間続いた不毛な戦いから、我が国に和平をもたらしてくれた御方なのですから」
遠い文献を紐解かないと先祖の誰が始めたのかもわからないこの戦い。
明日の食料も、騎士や民の疲弊も省みず続いた戦に、戦う理由を見出せないまま、和平への道を模索し続けたのが、ドルディアの国王ウォルフ・ガング・ドルディアだった。
トゥルクの言葉に、嬉しそうにはにかむ主を、後ろでマユーラは見守っていた。
和平のためのイメージアップ作戦なのだろう。敵側であった帝国の皇女を和平の女神と祀り上げ、民の不安を安心にすり替えて、祝福と歓喜に押し上げて……。
「なかなかの狸でいらっしゃる」
広域の魔法攻撃を警戒しつつ、マユーラは思う。婚約した王子殿下を知らされないのは、ドルディア側にわたし達が、イヤ、セレンディーナ様が試されているのではないだろうか?
成婚まで今日を入れてあと九日…―――
そう思わければ、やっていられないくらい納得しがたい今の状況なのだった。




