2 謁見 ~緑の月 風曜日~ ①食えない文官
三の鐘半時過ぎ――
「謁見の打ち合わせに参りました、第一王子筆頭文官のキルディスと申します、宜しくお願いします」
「キルディス殿、申し訳ございません、皇女殿下の体調が思わしくなく、私どもが代わりに打ち合わせ内容を確認いたしますので」
昨夜のドルディア城の筆頭文官、ガスピエスの知らせた時間通りに、部屋へ訪れたのは、なんと第一王子の筆頭文官だった。
マルセイは、姫を休ませようと話した打ち合わせ通りに、セレンディーナに布を被せてベッドにいてもらい、天蓋の薄布の前に衝立を置いた状態で彼を迎えた。
謁見の説明をするのが第一王子の筆頭文官だった事に、セレンディーナは驚いていた。昨日の騎士見習いの言った噂が本当なのではないかと、ベッドの上で一人緊張する。
「かまいません、ガスピエスから伺っております、不調が続くようなら謁見のスケジュールも変更いたしますので言ってください」
「お心遣い感謝いたしますが、それには及びません、昨日の疲れが出ただけでしょう、午後には回復するかと……」
黒に近い深緑の髪。背が高く、ハキハキと通る声でにこやかに笑う文官キルディス。マルセイは挨拶しながら、彼は食えないタイプの人間だ認定を、頭の中で下していた。チラリとマユーラを見やり、同じ事を思ったであろう彼女と目を合わせて頷き合う。
どうやら一瞬の隙も気が抜けないようだ。
「では、本日五の鐘より、ドルディア城中央の青の間で謁見を行います」
机に座るマユーラが、紙に言われたスケジュールを漏れのないように、羽ペンで書き留める。
「それに伴い、早めの昼餉を四の鐘前に運ばせますので、お取りください」
「早めの、昼餉ですか?」
予想外の予定にマルセイが口をはさんだ。ドロップスを飲ませる時間を色々考慮していたのだ。
「はい、四の鐘半時に謁見用のドレスをお持ち致しますので、そちらに着替えていただきたい」
「謁見用のドレス、……ですか?」
マルセイの胸がざわついた。ドロップスを飲ませる時間が難しくなった。昼餉前に飲まなくては、ドルディアからの謁見用のドレスの着付けが間に合わない。
「ガレジアで用意したドレスでは、ダメなのでしょうか?」
同じく時間について考えていたマユーラが、羽ペンを持つ手を上げて質問した。キルディスは優雅に頷き、マユーラに微笑んだ。
「そうですね、国王から皇女殿下への、歓迎の証の贈り物と言う形になりますので」
「……」
「謁見では、国の要人が集まっております、出来れば我が国に嫁いだとわかりやすく見せたい為、用意したドレスを着て頂きたい」
予定が狂ってしまう事にマルセイは焦りを感じた。国王からの歓迎の贈り物となれば、もちろん断ることなど出来かねる。それに、おそらく聞かなくてもドルディアの国旗と同じ青いドレスだろう。
ドルディアの用意したドレスとなれば、ドルディアの侍女の助けを受けなければ着付けも出来ない。考えることが山積みだ。
「わかりました」
マルセイの了承を確認して、キルディスは謁見の流れを説明し始める。謁見の流れはあらかじめ書簡で届いていた内容と変わりがなく、滞りなく予定の確認は終わった。
「では、特に質問がないようでしたら、これで失礼させて頂きます、四の鐘少し前まで、ゆっくりとお過ごしください」
「キルディス殿、少しよろしいですか?」
退室の礼をとろうとしたキルディスに、マルセイは小さい声で彼を引き留めた。
「何でしょう?」
「大変申し上げにくいのですが、皇女殿下のお相手の方を、伺っても?」
不安げに見上げて来るマルセイの表情に、始終張り付けていたキルディスの笑顔がスッと消えた。
「―――夜会のあと? 発表になるかと」
口に片手をあてて思案するように答えるキルディスに、マルセイはまだ教えてもらえないのかと驚愕した。明日の夜会の後とはほぼ翌日で、二日後のことになる。
「キルディス殿! それでは、あんまりでございます」
一つ間違えば、ガレジアへの軽視につながる。せっかく終結させた戦が、偽りに転じてしまう。
「大変申し訳ございません、わたしがお答え出来る所ではないのです」
「……っ」
重い顔つきで深々と礼をとり、謝罪の形にするキルディスを、茫然と見返すマルセイとマユーラ。
確かに、第一王子の筆頭文官とは言っても、国で決めた何かしらを軽々と口に出来ないのはわかっている。けれど、釈然としない思いばかりが募る。
「こちらこそ失礼致しました、四の鐘前の昼餉まで、ゆっくりさせて頂きます」
「わかりました、侍女長メルテンに伝えておきます、では、皇女殿下の具合が早く良くなりますように……」
深々と膝を折り、マルセイは表向きに謝る形をとった。退室の礼をとるキルディスを見送り、ドアが閉まって少しした後、マルセイは盛大なため息をついて近くの椅子に座り込んだ。
「食えない文官様だねぇ~、アタシらにまで恭しくて始終笑顔であの言い回し! お姉ちゃんよく我慢したね」
笑うしかない状況に、マユーラは羽根ペンを持ったまま、大きく伸びをして天井を仰いだ。
食えない文官の主である第一王子は、もっと食えないのではないかと心配になる。その方がセレンディーナのお相手の可能性もあるだけに、心労は絶えない。
「マユーラ、仕事中ですよ? お姉ちゃんは控えなさい」
「は~い、マルセイ」
妹をたしなめつつも、厳しい顔でマルセイは頭をフル回転させ、これからの事を考えていた。
「マルセイ、姫のあれの時間ですが、どうしましょうか?」
内ドアの前で困惑した表情のアレイナが、ドロップスの時間を気にしてくれている。鐘半時はかかる変身を考えると、あまり時間は残されていなかった。
「そうね、昼餉前になってしまうけれど、準備をしなくてはね、マユーラ姫さまにお茶をお願い」
「畏まりました」




