1 入城 ~緑の月 雨曜日~ ④ドロップスの時間
微かに、翼竜に乗る騎士の持つ魔石の灯りが、夜目に映るばかりだった。
こうして、ガレジア帝国皇女一行は、七の鐘が鳴る少し手前に、ドルディア王国への入城を果たした。
***
「皇女殿下、ようこそおいでくださいました、ドルディア城筆頭文官のガスピエスと申します、ドルディア城におわす国王より一同、この日を待ちわびておりました」
「出迎え、感謝致します」
マルセイが代表して謝辞を述べる。
翼竜の籠から降りた時には、すっかり空は闇を纏っていた。
翼竜の発着場になっている広いテラスの庭の奥の重厚な扉が開き。筆頭文官ガスピエスの後ろに、侍女と従者が廊下にずらりと並び、全員が王国式の礼をとっているのが見えた。
「まもなく七の鐘、侍女長メルテンに夕食と湯浴みの用意をさせておりますので、今夜はゆっくりとお休みください」
「お心遣い感謝します」
二度目のマルセイの謝辞に優雅に頷くと、筆頭文官ガスピエスは、後ろに控えた壮年の侍女を視線で呼ぶ。
「明日謁見の打ち合わせを三の鐘半時過ぎに行いますので、それまではご案内致しますお部屋でおくつろぎくださいますよう」
ガスピエスが礼をとり、一歩下がると、呼ばれた壮年の侍女が一歩前に出て礼をとった。
「皇女殿下、ようこそお越しくださいました、侍女長メルテンと申します、お部屋へご案内致します、どうぞこちらに」
前を歩くメルテンに挨拶をしながらもマルセイは焦っていた。そろそろ姫のドロップスの魔法の効力が切れてしまいそうだからだ。
念のため鞄に持参したベール代わりの布をセレンディーナに被せてはいるものの心配でならない。早く部屋に着いて欲しい。
「メルテンさま、本日の給仕は時間も時間ですから、こちらで行いますので」
「わかりました、ではすぐにお部屋の方へ夕食を運ばせます、リラお願い」
「はい、すぐに運ばせます」
リラと呼ばれた若い侍女が、急いで厨房へ向かったようだ。
「こちらのお部屋でごさいます」
案内された部屋は、質素ながらも造りの良い木製の扉や家具、調度品が置かれていて、細かい彫り細工の美しさに好感が持てた。
「ただいま夕食を運ばせますので、お待ちください」
メルテンがドアを閉めて下がると、息をつく暇もなく、侍女二人が忙しなくテーブルをセットし始める。
「セレンディーナさまこちらへ、布はまだ取らないでくださいませ」
湯浴み時に使用する衝立で、姫の座る席を入り口から隠すように配置した。これでドルディアの侍女に気付かれることはないだろう。
「……マルセイ、身体が……痛くなって来た、…わ」
「姫さま、もう少しの辛抱です」
「……ぅ、んっ」
セレンディーナは、俯いて自分を支えるように身体を抱きしめた。その華奢な身体が震え出す。
「失礼いたします、お食事をお持ちしました」
「マユーラ、ワゴンを受け取って頂戴」
「かしこまりました」
ドア口で挨拶の後ワゴンを部屋へ押し入れようとした侍女の隣に、スッと立ち騎士の礼をとったアレイナがニコリと笑いかける。
「お食事ありがとうございます、後は私共が致しますので、どうぞ自分の夕食をとって下さい」
女騎士が珍しいのか、ドルディアの侍女は頬を赤らめてアレイナの顔に見入ってしまった。時間がない、あせったマユーラが前に出て、止まったままのワゴンの取っ手をつかみ、侍女の顔を覗き込む。
「リラさんでしょうか?」
「え? ……あっ、はい?」
「給仕はこちらで致しますので……」
「あっ、あぁ、そうでしたね」
あわててワゴンから手を放し、リラは一堂に礼をとった。
「では、よろしくお願いいたします」
「ワゴンと食べ終えた食器はどうすれば?」
「明日一の鐘半時に、朝食と共に交換で取りに伺いますのでドアの前において下さいませ」
「わかりました、明日厨房など決まりなど教えてくださいませ」
「はい、朝餉の後、メルテンより説明があります」
「ありがとうございます」
マユーラの言葉に頷いて、リラは『では明日』と一礼してその場を後にした。
「では、わたしはトゥルク殿と交代で夕食をとるので、ドア口で警備にあたります」
アレイナがそのままドアを閉め、室内がやっと自国のみになりマルセイは、ホッと息をついた。間に合った、だろうか?
「姫さま、体調はいかがですか?」
衝立の位置を確認して、セレンディーナに被せた布をゆっくりととる。と同時に、パチンと魔法がとける音がして。先ほどより少しだけ幼くなった主が顔を上げた。
「……うん、いま、魔法がとけたから痛みはなくなったわ」
弱々しくも笑顔をみせた姫にホッとして、マルセイは、マユーラがワゴンに置かれた食事を注意深くテーブルに並べているのを見守った。
「マルセイ、……いま食欲は、ないのだけれど?」
長時間の変身魔法の後は無理もない、しかし昼餉もほとんど食べられていなかったのをマルセイは思い出す。
「少しは食べないといけません、明日の謁見に響きます」
「そうですよ姫さま、スープだけでも頂きましょう、いま毒見を致しますのでお待ちください」
「……、わかりました」
二人の侍女のダメ出しに、仕方なく息をついてセレンディーナは頷いた。
食事を並べ終えたマユーラが、毒見探知の魔法をかけ、光るものがないのを確認してから皿のものを一口ずつ口に入れていく。
「姫さま、このココ芋をすりつぶしたスープ、甘くて美味しいですよ?」
「あら、さすが高地ね、ココ芋があるなんて」
朝餉より、ほとんど食べていないようなものだったセレンディーナは、マユーラの言葉で、帝国では中々食べられなかったココ芋の味を思い出し、へこんでいる胃のあたりを押さえた。
「……甘いココ芋なら、食べられそうかも」
「この白パンも軟らかくて食べやすいですよ?」
カトラリーを手にして、お勧めされたココ芋のスープを口にしてみる。ふんわりとした素朴な甘さのスープに、セレンディーナはやっと安心出来たように息をついた。
「甘くて、美味しい……」
「姫さま、白パンも少しだけ頂きましょう」
「うん」
毒味済みのパンの方を一口大にちぎって口にする。帝国にはない柔らかい弾力と口に広がる芳醇な味わいに目を見張る。
「とても美味しいわ」
セレンディーナは改めてテーブルに並んだ料理を確認した。バスケットに入った白パン、切り分ける前の赤肉料理の隣には三種類のソース。初めて見る野菜達の瑞々しいサラダ。たくさんの種類の果実の盛り合わせ。
高地で小さな国なのに、豊富な食材が並んでいた。
戦で食糧庫が底をつくかも知れないと、次の交易の日まで節約していた事を思い出す。停戦からたった数月で、ドルディアにはこんなにも食糧があるのか?
「ドルディアは豊かなのかしら?」
「どうでしょう? 貴賓だから用意して下さったのかもしれません」
「……そうね」
「姫さま、せっかくだから赤肉のローストも切り分けましょうか?」
マユーラが嬉しそうにナイフを持ち上げた。
「いいえ、スープとパンで充分です、後は皆で食べてちょうだい」
三種のソースもあり美味しそうだけれど、さすがに魔法酔いもあり、これ以上は無理そうだった。
「かしこまりました、マユーラは赤肉を切り分けておいて頂戴、わたしは湯殿を確認して来ます」
「かしこまりました、トゥルク殿の分もこちらでしょかね?」
「そうね、ついでにアレイナに確認してくるわ」
ココ芋のスープの素朴な甘さにホッとしなから、遠くで七の鐘が鳴るのを耳にした。
城の外はどうなっているんだろうか? と、セレンディーナは昼間に聞いた要塞と言う言葉を思い出して、窓辺をぼんやりと見つめた。




