5 茶会 ~歌の月 緑曜日~ ⑤初めての友人
「これはこれはミスティーナ宰相夫人、お部屋を提供くださり感謝いたします、セレンディーナ皇女殿下、ご足労頂き申し訳ございません」
案内された元ミスティーナ王女の部屋には、彼女の兄上の筆頭文官キルディスが、なんとも表現のしようがない凶悪な笑顔で迎えてくれた。
「お久しぶりねキルディス、今日はあなたの授業楽しみにしているわ」
「お手柔らかにお願いいたしますよ、元王女殿下」
諦めたような、苦い虫を食べてしまったような顔で、第一王子筆頭文官は、恭しくミスティーナに礼をとる。
「……それよりキルディス、わたしの友達に言わなければならない事があるのではなくて? これ以上の非礼は許しませんよ?」
「……っ」
すれ違いざまに低い声ですごまれて、キルディスは直立し、更に苦い顔をミスティーナに向けた。
「貴女の夫君の命です」
「そう? ディアにも苦情を言っておくわ、貴方はあなたで早くなさい」
そのまま用意された席に向かうミスティーナに「畏まりました」と小さく答え、セレンディーナに真っ直ぐ向き直る。
そのままゆっくりと膝を折り、キルディスは、最大級の礼をとる。
「皇女殿下、お待たせ致しました事、大変申し訳ございませんでした、我が主である王太子、アドルフィン・ロ・ガング・ドルディア殿下が貴女の婚約者に決定しております」
「……っ」
先ほどミスティーナから聞かされていた事もあるので、驚くことはなかったが、こんな風に畏まられて報告されても、なんと答えていいのかわからず困ってしまう。
セレンディーナは、後ろに控えたマルセイを振り返り助けを求めた。
筆頭侍女らしく頷いて、一歩前に出たマルセイが、代わりに口を開く。
「承りました、それで、婚約者であるアドルフィン王太子殿下とは、いつ頃お目通りが叶うのでしょうか?」
「……っ、はい、……確認して明日には知らせに参ります」
「宜しくお願い致します」
お相手は本当にアドルフィン殿下だった。しかも、すでに王太子でいらっしゃる。次代の国王は、決まっていたのだ。
ドルディア王国は何故、婚約者を伏せる必要があったのだろうか?
深々と頭を垂れるキルディスをセレンディーナは何処か他人事のように、ぼんやりと見下していた。
「お話は、終わったかしら?」
微妙な空気を一瞬で払うような、優しく凛とした声が室内に響いた。
ミスティーナの明るい笑顔に、ホッと息を付く。
「はい」
「では、キルディス授業を進めて頂戴、早く終わってくれないと、わたしとディアの恋物語の続き、今日中に終わらなくなってしまうわ」
「畏まりました」
***
その日の授業も、お勉強と言うにはほど遠いものになってしまった。
今日の授業内容『ドルディア城内の建物・部屋の名前と由来・施設の名前と由来・城下町について……』だったからかも知れないが。
「ここの屋上の夕陽の眺めが素敵なのよ」
「このテラスで文官達が情報交換してるのよね、キルディス」
などと、一つ教える度にミスティーナが建物にまつわる面白い話をしたり、裏情報を教えたり自分の思い出話を語り始める始末で……。
「良くご存知ですね」
諦めたキルディスも脱線に参加し、楽しい雑談授業となってしまった。
故に局地的に詳しくは知れたけれど、数ある施設や城下町の説明をする前に、七の鐘が鳴り夕餉の時間を迎えてしまった。
「皇女殿下・ミスティーナ様、夕餉の支度が整いました」
控えめだが有無を言わさない侍女、マーサが三人の前に立つ。
「あら、もう夕餉の時間だわ、キルディスのせいで鐘一つ分も多く授業に費やして、せっかくのわたしのお話が鐘半時もなくなってしまったではないの」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたします、お陰で今日の授業は半分しか進んでません」
元王女のミスティーナに負けずに言い返すキルディス、やはり色んな意味で強者だった。
「あらそう? じゃあ仕方ないから次もキルディスの授業に参加しようかしら?」
「……っ、申し訳ございませんが、ご勘弁願います」
両手を挙げ降参した彼の顔が、なんとも情けなく面白い。食えない文官キルディスも、この元王女様には弱いようだ。
夕餉の給仕の準備をしつつマルセイとマユーラはその様子を見て笑みを漏らした。
「それでは皇女殿下、この続きはまた後日宜しくお願い致します」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
初めて直接返事をもらえた事に、一瞬目を見張ったキルディスが、嬉しそうに微笑み最大級の礼をとる。
「では御前を失礼致します、宰相夫人と楽しい夕餉の一時を、宰相夫人本日は、お部屋をお借りしまして、ありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったわ、ありがとう」
キルディスの退出を見送って、用意された夕餉の席についた。
夕餉と共に、ミスティーナのディアロア攻略作戦③から⑤までを楽しく聞いた。
マーサの強制終了で、本日の長い茶会と言う名の、ほぼ食事会がお開きになった。
「名残惜しいですね」
「式が終わったらまた茶会をしましょうね」
「はい、楽しみにしています」
セレンディーナは、この地に来て得た初めての友達に、最高の笑顔で答えた。




