5 茶会 ~歌の月 緑曜日~ ③婚約者確定
一度もお会いしていないのに、そんな風に思っては失礼にあたる……。
心に広がった何かを払うように、セレンディーナは小さく頭を振った。
「セレンディーナ姫? 大丈夫?」
「えっ? ……あっ、はい」
いけない、茶会の最中に……。
茶会に集中するよう、居住まいを正したセレンディーナに、後ろからマルセイが小声でそっと耳打ちする。
「姫さま、御気分がすぐれないかと宰相夫人様が心配されております、気分転換にトゥルク殿に聞きそびれた、あのお話を宰相夫人にしてみてはいかがでしょう?」
「……そうね、してみるわ、ありがとうマルセイ」
後ろを振り返り、フォローしてくれる頼もしい自分の侍女に笑顔を見せて、前に向き直る。
「ミスティーナ様すみませんでした、体調は大丈夫です」
「そう、それなら良かったわ」
ホッとした後に見せた、ミスティーナの柔らかい笑顔が、少しだけフェルテス殿下に似ていると感じた。
「……実は、まだ見ぬ婚約者様にどのようにお話すれば良いか、少し思い悩んでしまいました」
「そうよね、初対面で結婚だもの緊張するわよね、大丈夫よ! アドルフィン兄さまは剣士としては凄いけれど、いつもは物静かで優しい偉丈夫だから」
物静かで優しい偉丈夫……。
セレンディーナの好きな物語などの話を、聞いてくれる人だろうか?
「あの、ミスティーナ様が婚約された当時のお話を、参考までに聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
意を決して、聞きたかったあのお話を、彼女に振ってみたら……。目の前で、なんとも言い難い表情で固まってしまっていた。
えっ? ……失敗した?
ミスティーナは目を見開いて、口をヘの字にしてコチラを見据えたまま、怒ったように? イヤ、我慢するように? 小刻みに震えている。
予想外の反応に、ガレジア側全員が狼狽えた。
「ミスティーナ、さま?」
前情報と違う? ……聞いては、いけない事だったのだろうか?
ガレジアの侍女二人は、緊張してチラリと宰相夫人の後ろに佇む侍女、マーサの顔色を読む。
無表情だったはずのベテラン侍女、穏やかに微笑む表情中で、目だけが笑っていなかったのに気付く。
一瞬で、危険を察知し背筋が凍ったように二人は直立した。
「マーサどうしましょう……? 聞かれてしまったわ! そうね、聞かれてしまったからには、お話をしなくてはいけないわよね? ディアも今日は自由にって言ってたし」
完全にわくわく顔を押さえ切れなくなってしまった宰相夫人ミスティーナは、チラッ、チラッ、とマーサを振り返り『いいよね?』『話しても大丈夫だよね?』と視線で確認を取っている。
どうやら、トゥルクの言った通りだったようだと、ホッと息を付く。
「……そうでございますね、では夕餉の準備を元のミスティーナ様のお部屋へ手配いたしますので、皇女殿下に失礼のないようお話しくださいませ」
夕餉の支度っ!?
不穏なワードに、侍女二人が再びマーサを見ると、「ヨクモ聞キヤガリマシタネ、夜マデ覚悟ナサイマセ」と読み取れてしまう笑顔で、こちらを見やる王国のベテラン侍女。
二人は思わず頭を横にブンブンと振りそうになるのをあわてて止めて「お手伝いいたします!」と申し出た。
「まぁ、素敵! セレンディーナ姫、これでゆっくりお話出来るわね」
「はい、楽しみです」
わくわくする気持ちとは裏腹に、昨日から入ってしまった予定が、ふとセレンディーナの頭をよぎった。
「あっ、けれど、……夕餉、ですか? 今日は五の鐘からキルディスのお勉強があったはずよね? マルセイ」
「そ、そうでございましたね」
助かったと言う安堵と、このまま五の鐘で逃げ切ってしまって大丈夫なのか? と言う不安が、マルセイの頭の中に同時に発生した。
「授業? あぁ、未来のお妃教育ね、それなら大丈夫よ! その時間キルディスに来てもらって、一緒に授業を受けるから」
「……ミスティーナ様も、ですか?」
元王女様と一緒に授業を受けるだなんて、なんて新鮮なのだろう。
今まで先生と一対一の授業しか経験していないセレンディーナにとって、一緒に授業を受けると言う言葉がとても魅力的に聞こえた。
「一緒ではイヤ? 文官が知らない面白い話をしてあげるわよ?」
「いいえ、誰かと一緒に授業を受けるのが初めてで……、ご一緒出来て嬉しいです」
「じゃあ決まり、マーサ、キルディスに今日の授業は、前のわたしの部屋でと伝えて頂戴」
「畏まりました」




