5 茶会 ~歌の月 緑曜日~ ②気さくな元王女さま
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「お初にお目にかかります、ガレジア帝国第七皇女、セレンディーナ・リ・ガレジアと申します、本日はお招き頂き嬉しく存じます」
「ようこそお越しくださいました、はじめまして、ドルディア王国宰相、ディアロア・フェローの妻、ミスティーナ・フェローです、こちらこそ突然の招待を受けて下さってありがとう存じます」
茶会のテーブルの前に立つ、ミスティーナ・フェロー宰相夫人は、緑の瞳を細め気さくな笑顔で迎えてくれた。
艶のある美しい金色の髪を複雑に編み結い上げ、ピンク色の石の付いた髪飾りで留めた髪型は凛として。清楚な淡い薄紫色のドレスに、髪飾りと同じ色の耳飾りとペンダントを付けた姿は気品に溢れていた。
話に聞いていた、お転婆元王女さまとは思えない淑女っぷりだった。
お互いに軽めの礼を取り、昨夜リラに聞いた茶会の作法である『茶会の主にお礼の贈り物』を手渡す。今日朝餉の終わりに、あわててハンカチに侍女二人が刺繍をした事はもちろん内緒である。
「まぁ、誰かに聞いたのね? ドルディアの作法だから贈り物は良かったのに」
「そう言う訳にはまいりません」
「確かにそうね、同じ立場なら必死にわたしも覚えるしね、さぁ座って頂戴、わたし、ずっとあなたと話したくてうずうずしていたの!」
堅苦しい挨拶はもう終わりとばかりに、砕けた口調で席を進めるミスティーナに沿い、用意された席へ向かう。
マルセイに席を引いて座らせてもらい。前もって先方と打ち合わせをしたマユーラが茶器を準備し給仕する。主が席に着く時間に合わせてポットから茶を注いだ。
茶会を開いた主が最初に茶を飲み菓子を一口食べてから初めて招待された側が茶と菓子を口にする。
形式的な茶会の作法としての毒味を終えると、ミスティーナは人懐っこい笑顔でセレンディーナを見た。
「こちらに来て五日ほど経つけれど、ドルディアでの生活はどうかしら? 不自由していない?」
「はい、こちらの皆さまには良くして頂いております」
「直ぐにお会いしたかったのに、謁見は夫に出るなと言われて、夜会でお話しようとしたら、向こうのお義母様に用事を頼まれてしまって、夜会までに戻れずジリジリしたわ」
本当に気さくな人柄なのだろう、明るく飾らずにセレンディーナに向かう好意が心地よいと感じた。
「そうだったのですか? わたしもこうしてこの場でミスティーナさまとお話出来て嬉しいです」
セレンディーナのはにかんだ笑顔に、ミスティーナは目を見開いた。
「まぁぁ! なんて可愛らしい、わたし、兄弟が武骨な男ばかりでしょ? まぁ一人は、わたしより美人で聡い病弱なのがいるけどね、だからずっと可愛い妹が欲しかったの」
「……っ!」
美人で聡い病弱な兄弟とは、……フェルテス殿下の事だろうか? 言い方が……。
「わ、わたしも、お姉さんが出来たようで嬉しいです」
可愛らしいと言われて、頬を熱くしながらも、照れ隠しに焼き菓子を口にする。
美味しい……。
ほんのりと甘いココ芋を生地に混ぜて焼いた菓子に、思わす笑顔になる。
「……まぁ実際は、わたしのお義姉さんになって仕舞うのだけれど、一応元王女として、困った時には相談にのるから、何でも言って頂戴」
「はい、ありがとぅ、……えっ? ……お義姉さん、ですか?」
ありがとうございます。と言いたかったけれど、聞き捨ててはならないその言葉に、セレンディーナは秒で真顔になった。
「ミスティーナさま、あの……、それは、もしかして?」
「……えっ?」
「わたしの婚約相手の王子殿下は、アドルフィン殿下なのですか?」
「えっ? えぇっ? ……ちょっと待って? セレンディーナ姫、知らなかったの?」
セレンディーナの反応に、逆に驚いたミスティーナは、自分の侍女の顔を確認する為、チラリと後ろを見た。
「……マーサ、もしかして、わたし、やらかしちゃった?」
無表情の妙齢の侍女マーサは、特に動じる様子もなくいい放つ。
「はい、安定の大やらかしでごさいますが、問題ありません」
「イヤ、どっちなのよそれは?」
「本日のキルディスの授業後に、正式に知らせる予定だと伺っておりました」
ミスティーナの突っ込みにも動じないベテラン侍女マーサは、淡々とした口調で返す。
「何で先に言ってくれないのよ?」
「ディアロア宰相閣下の命でごさいます」
拗ねて頬を膨らませるミスティーナにも慣れているらしく、顔色ひとつ変えないマーサ。侍女と言うより、まるで乳母のようだ。
「……っ、今日は自由にしていいって、ディアは言っていたのに、どう言う事?」
「それも含めて問題ないと、宰相閣下の命でございます」
「……っ、それって、今みたいにわたしが知らなくてペロっと言っちゃったら、相手は驚きの大炎上になるじゃないの! わたしのやらかしが増えちゃうじゃない」
「大丈夫でごさいます、一つや二つ増えても減っても、ミスティーナ様の伝説に支障はございません」
「大丈夫じゃないから!」
埒があかない。
「あぁ~、もう! ごめんなさいね、セレンディーナ姫」
マーサへの苦情は取りあえず横に置いて、宰相夫人としてセレンディーナに頭を下げる。
このタイミングで明かされる真実にガレジア側は固まるばかり。
どうやら、ディアロア宰相の手の平で、ミスティーナも自分たちも踊らされているようだった。
「……」
マルセイとマユーラは、主の後ろで笑顔を張り付けたまま一瞬だけ視線を交わし合う。
宰相ディアロア・フェローが、婚約者である王子殿下を意図的に教えないでいた事がわかった。けれど、……それは何のために?
「本当に、ごめんなさい」
もう一度謝ってくれたミスティーナに、あわてて固まっていた頭をフル稼働させて言葉を探す。
「あっ……、いえ! 逆にミスティーナさま、ありがとうございます、お陰で婚約者である王子殿下を今、知る事が叶いました」
「……けれど、今日の今まで知らなかったのでしょう? 普通ならありえない事だわ、だいたいねぇ、うちの男どもは…――」
自分よりも怒っている人を見ると冷静になるとは良く言ったものだ。
目の前で、今日までの自分たちが感じて来た事を代弁して怒ってくれているミスティーナを見て、セレンディーナも侍女達も溜飲が下がる思いがした。
婚約者は、第一王子アドルフィン殿下――
あんなに知りたかった婚約者の王子殿下だったのに。何故かセレンディーナの心には重い何かが広がってゆく気がした。




