5 茶会 ~歌の月 緑曜日~ ①茶会までの道で
三の鐘が鳴った――
「姫さま、そろそろ出ませんと」
「マルセイ、このドレスで大丈夫かしら?」
ガレジアから謁見用に用意していた若草色のドレスを纏ったセレンディーナは、鏡の前で何度も自分の姿を確認していた。
「問題ありません、とても良くお似合いですよ?」
「そうじゃなくて、入城した時の赤のドレスが良かったなぁって……」
珍しく着たドレスがお気に召さない様子で鏡を見直している。淡さを出す為に重ねられたレースの生地が髪色に馴染んでいるのが気になるのだろう。
「マルセイがこの色にしたのは、フェロー宰相夫人の封筒が若草色だったからですよ、姫さま」
「うん……、それはなんとなく分かるんだけど……」
マユーラのフォローにも浮かない様子だ。
今まで着ていた赤や青は、セレンディーナの存在感をクッキリと出す色合いだったので、物足りなく感じたのかも知れない。
「元王女さまから招待頂いたお茶会ですので、ガレジアの赤は控えさせて頂きました」
「それに、今日から花の季節ですから、季節の色の髪飾りと宝石に良く似合うドレスに致しましたよ?」
「……うん」
若草色のドレスに、淡いピンク色石の髪飾りとピンクのレースの手袋。胸元のピンク色石のペンダントも控えめだ。
年上の女性である元王女のフェロー宰相夫人に好印象を持たれるように。
全体的にやわらかく優しい印象を持ってもらえるようなドレスコーデだった。
これ以上は時間も許さないし。仕方ないと、マルセイは奥の手に出てみる。
「アレイナ」
「はい」
「姫さまの今日のドレスはどうかしら?」
「そうですね……、まるで花の季節の女神さまのように可愛らしいですね」
「……えっ?」
部屋の内扉で警護しているアレイナに、真っ直ぐにドレス姿を観察され、にっこりと笑顔で言わた。
その破壊力に、セレンディーナは思わず赤面する。
「花の季節の女神さま……?」
それは、以前マルセイに言われた褒め言葉だったが、カッコいい女騎士のアレイナに言われると、更に嬉しくも恥ずかしさが増した。
「本当に、シャルローゼンデリさまのように素敵ですよ」
追い討ちにマユーラまで言い出した。湯気が出そうなほど赤くなった顔を押さえて、セレンディーナは部屋の扉へ向かう。
「このドレスにします、もう時間が過ぎてしまいますから行きましょう!」
「ふふ……、そうですねフォロー夫人をお待たせしてはなりませんから」
***
青の中庭に向かう道中、カンカンカンッ、と小気味の良い音と掛け声のような会話が複数右手前方から聞こえてきた。
「トゥルク、あそこは何かしら?」
「はい、騎士の演習場でございます」
前を先導しながら警護するトゥルクは、セレンディーナの指す方を確認して笑顔で答える。
「トゥルクもあそこを使うの?」
「はい、腕が訛らないように、朝餉の前に」
ふと、ガレジアから来たアレイナの事が心配になり、後ろを向く。
「アレイナは、どうしているの?」
「はい、トゥルク殿に紹介頂いて、あそこで手合わせなどしてもらっております」
「……よかったわ」
剣を交えた事のある騎士同士、複雑な思いもあるだろうに……。
ドルディア城の従者達は、本当に帝国の皇女一行に不快な思いをさせないよう気を使ってくれている。
「皇女殿下、もう少し歩くと、今は見習いの者たちが手合わせを行っている所を見ることが出来ますよ?」
「見習い?」
トゥルクの言葉に、ドキッとして彼の指した演習場を見る。昨夜、断ち切るように部屋へ逃れ別れた、ドレィンを思い出した。
「はい、四の鐘半時までは見習いの演習時間なんです」
「……そう」
昨夜、そんな事を聞いた気がする。花の咲く中庭が近いとも。今から向かう青の庭の事だったのか。
少し歩くと、カンカンカンッ、と言う音が大きくなった。見ると、複数人が一対一で手合わせを行っているようだった。
「見習いはまだ慣れないので木刀を使うのです」
「木刀のうちに剣筋や型を練習します」
前からトゥルクが、後ろからアレイナが教えてくれる。ひと手合わせ終わった見習いの談笑が、木刀を打つ音の合間に聞こえて来るくらい近づいていた。
「ずりぃぞ! ドレィン」
「このくらい普通だろ? 実践だったら待ってくれないぞ?」
知っている名前の方へ視線を向けると、明るい茶色の髪を無造作に束ねた少年が、木刀を地面に突き立て、目の前の見習い騎士に手を差し出しながら二ッと笑うのが見えた。
あれが、ドレィン……。
相手を引っ張り上げて笑い合う、あどけない少年の顔がとてもキラキラとセレンディーナの目に映った。
「本当に同じくらいの年の、男の子だったんだわ」
誰にも聞こえないくらいの声で、セレンディーナはつぶやいた。
ふと、こちらに気付いた何人かの見習いの少年達が、ざわつき始める。ドレィンと目が合った気がした。
「姫さま、お顔を隠して下さいまし」
アレイナの後ろから、あわてたマルセイの声。今日は薄布をかぶっていない。セレンディーナは目を細めてからゆっくりと扇子を開いた。
「皇女殿下、こちらを曲がると青の中庭です」
「ありがとう、トゥルク」
羨ましいと思ってしまったのは、きっと。同じくらいの年の彼が、とても自由に見えたからかも知れない。




