4 教育 ~緑の月 星曜日~ ⑥火花
「では姫さま、わたしは交代で湯浴みに行ってまいりますから、マルセイの就寝の挨拶まで、ゆっくりベッドで本をお読みくださいませ」
「うん、ありがとうマユーラ」
「では、お休みなさいませセレンディーナさま、明日起こしにまいります」
「おやすみなさい、マユーラ」
いつものように湯浴み後にマユーラに髪を乾かしてもらい、就寝用に緩く髪を編んでもらう。
ベッドに入り、枕の下に隠した本を今日こそは読もうと開いて視線を落としてみる。
今日は、ドロップスを飲まなかったからか、身体も疲れが少なく調子がいい。久しぶりに活字を追い、物語に入り込む感覚に幸せを感じて読み進められた。
季節と気象を司る神親族さまの住まう国、リヒトナーザ王国――
森に囲まれた小さなお屋敷で育った幼い兄妹。兄ユリスと妹ロゼリ。実は、この国の王子さまと王女さま兄妹だった。
兄のユリスが成人になる一年前、二人は王都に呼ばれ、それぞれ季節を担うお仕事の見習いを始めることになる。
ドルディアに立つ前、セレンディーナはこの本をここまで読んでいた。そして……。
ロゼリはお城で、父と母である王様と王妃様に、もう一人の兄王子アルスとすでに自分が婚約していることを知らされ、衝撃を受ける。
同じ親の子である兄と結婚してもいいのかな? と不思議に思うロゼリ。一緒に育った兄ユリスともそうなる事も可能なのかな? と悩んでしまう。
ずっと世話をしてくれた乳母のにその疑問を投げてみると、実は『千年に一度地上に恵まれる神の子』が、自分だと真実を知らされる。
リヒトナーザ王国の王子と婚姻し、薄くなった神の血を授けるのが、彼女の使命だと明かされたのだった。
「はぁ、……凄い展開だわ、どうせならユリス兄さまとだったらと思ってしまう」
読みたい! ……けれど。これ以上は寝ずに読んでしまいそうだと、セレンディーナは、グッと堪えて本を閉じた。
すると、パチパチ……と小さな弾けるような音が、バルコニーの方でした気がした。
もしかしたら、先ほどからずっとしていたのかも知れない。本を読んでいて気付かなかっただけで。
「何かしら?」
天蓋の薄布を除けて、窓の外を見るとチカチカとバルコニーの中央で、何かが小さく光っていた。
それは花のようで、火のようで……。
「火花? ……とても綺麗、何かの合図かしら?」
ふと、この前偽りの名前を伝えてしまった声だけの騎士見習いを思い出す。
「行かない方がいいわね……」
なんとなく、ドレィンがこの火花を見せてくれているようで、セレンディーナは少し切なくなってしまった。
わたしが、本当に侍女だったなら、こんな風に出会った騎士見習いさんと仲良くなって、従者同士恋仲になる事もあったのかしら?
「夢のまた夢のような物語ね……」
前に読んだ侍女の恋物語を思い出し、つい笑ってしまう。
窓の向こうの美しい火花をぼんやりとしばらく見つめる。パチパチ……と微かだけれど、この部屋にいたらわかってしまうだろう。
さすがに誰かがいたらとは、思わないのだろうか? それとも、ディナが侍女だから、問題ないと合図を送っているのか?
行きたくない、けれどこのままば不味い。セレンディーナは落ち着かなくなった。
「止めさせないとダメだよね?」
他の騎士とは考えにくいし、こんなあからさまな魔法攻撃だったら、隣にいる騎士が気付かないわけないし……。
ドレィンだとしか思えない。けれど、彼とはもう会わない方がいい。
真っ直ぐに不器用な見習い騎士の彼に、いないはずの侍女と交流を持たせてはいけない。
セレンディーナ自身も、これ以上嘘を重ねなければならないのがイヤだった。
「……」
目の前の火花は、いまだにテラスの真ん中で小さく爆ぜては、美しい花を散らしている。
あと鐘半時、だろうか?
セレンディーナは仕方なく布をかぶり、火花を止めさせる為に、テラスへの窓の扉を急いで開けた。
「……綺麗な火花」
小さな声で辺りを見回して、それだけを言ってみる。ドレィンじゃなかった時は急いで中に入れるよう、窓の扉を持ったままにした。
「ディナ?」
「……っ」
やはりドレィンの声だった。良かったと、セレンディーナはホッと息をつく。
「ドレィン? もうこんな目立つ事は、しないでちょうだい、誰かに見られたら大変でしょう?」
無意識にマルセイの口調で言ってしまう。
「ごめん……イヤ、すみませんでした、昨日来なかったから気になって……しまって、つい……」
「毎日テラスには出ませんよ? それに、昨日は夜会でこの時間はいませんでしたし」
「夜会か……、そう……でしたね」
昨日いなくて気になるだなんて……。
偶然二回だけ、このテラスで話しただけだと言うのに。変に勘違いしてしまいそうだ。
「この綺麗な火花は、どう言うものなの?」
「あぁ、これはドルディアの騎士の伝言用の物で、森や戦地なんかで水場を知らせたり、足跡として数時残しておくものなんです」
「火事になったりしたら大変じゃない?」
「魔法具で出来たものなので、火事にはならないですよ、綺麗でしょう?」
「……っ、そうね」
気が付いたら、普通に話しをしてしまっている。とにかく注意は出来たし、もうこんな風にテラスには出ないと早く伝えて部屋へ戻らなければ……。
セレンディーナは最後に、気になっていることを聞いてから部屋に戻ろうと決めた。
「それにしても、今日もドレィンだなんて、まだ、騎士が足りないのですか?」
「えっ? ……はい、明後日には第三王子殿下の騎士達は戻られると伺いました」
「第一王子殿下は、ずっと戻られていないのですか?」
戦が終わって、まだ数月だけれど、翼竜を使えば二日とからない距離なのに。未だに戻れていない、……とは?
「……はい、そうなんです、情報がこちらまでは来ていなくて……」
「そうですか」
先にお会いできるのは、どうやら第三王子殿下のようだな。とぼんやり頭の中で思ってから、未だに小さく爆ぜている火花を見つめる。
このままでは、就寝の挨拶に来たマルセイに見つかってしまう。
「この火花は、どうやって消すのかしら?」
「手に挟み込むと、消えます」
「熱くない?」
「大丈夫ですよ?」
言われた通り、両手で火花を挟み込んで消してみる。熱くはなかったが、ふんわりとした温かさはあった。
「ドレィン」
「はい?」
心なしか嬉しそうな返事の声に、セレンディーナの胸が少し重くなる。
「……わたしは、もうこの時間にテラスへ出る事はなくなります、だからこんな風に話すのも今日が最後です」
「えっ?」
「見習いさんなのに、セレンディーナ姫の外の警護ありがとうございました、ドレィンが無事にセシルになれるようお祈りさせてもらいますね」
これで、ついてしまった偽りの侍女『ディナ』とさよなら出来る。ドレィンには悪いと思うけれど、どんなに探してもディナと言う侍女はいないのだ。
自分を姫だとは知らない、ドレィンと話す時間があって、気が紛れたのは確かだったから、心の中だけで感謝してみる。
ダメだと思うのに、ここに来てしまった理由がそれなのかも知れない。
「ディナ? 待って!」
「えっ?」
壁を越えて来そうな勢いを感じて、あわてて布を深くかぶり部屋の扉まで戻る。
「ディナ、ここで会えなくなるなら、他の場所で会えませんか?」
「……っ?」
「えっと……、騎士の演習場近くの中庭が、今は花が咲いて綺麗なんです」
セレンディーナは困惑した。
なぜドレィンは顔も知らない、たいして話もした事のない帝国の侍女を誘うのだろう?
もちろん会えるワケがない。
直ぐに断わってしまうと、また別の誘いや話が続いてしまうだろうか? 上手く断らなければ……。
「……花の咲く中庭は、素敵ね」
「では良かったら、その中庭で」
「し、仕事があるから、どうかしら? 見習いさんは、お勉強しなければいけないのでは?」
「四の鐘半時までは、座学と演習場で実技を学びますが、見習いなので五の鐘からは大丈夫です」
「そう……」
やはり、話していてもまともには断わらせてくれないようだ。仕方ない。
「ドレィン、やっぱり行けないわ、ごめんなさい……」
「えっ? ……ディナ?」
捨て台詞のように断わって、セレンディーナは素早く部屋の中に入った。
ドレィンもさすがにテラスの向こうの壁を超えることはなく、窓の向こうには誰もいない静かなテラスだけが残った。
もう侍女のディナとして、会うことはないだろう。
「……ごめんなさい、ドレィン」
重くなった自分の胸の奥を押さえて、セレンディーナはその暗闇につぶやくように謝った。




